第8話 突入

「こ、ここがオークの都……」


 氷鳥の背中にて。

 アルティラがスノウの背中にしがみつき、震える声で言う。

 眼下にはオークに支配された都の街並みが広がっている。

 あちこちにオークの姿も見られるが、空を飛んでいるためか二人の接近に気がついた様子はなかった。


「何だよ、お前も初めて見るのか?」


「当たり前でしょう! オークの国になんて来たことなんてないわよ!」


 アルティラが当然だと断言する。

 捕虜としてこの場所に連れてこられなければ、エルフであるアルティラがオークの国にやってくることはない。


「それにしても……聞いていた通り、すっかりのオークの国になっているじゃないか。諸行無常、驕れる者は久しからずってやつか?」


 スノウが忌々しそうに顔をしかめる。

 かつて、エラデリアブルクと呼ばれていた都は完全にオークの支配下に置かれていた。

 見下ろした町の中にはずんぐりむっくりとした豚頭の巨体がのっしのっしと我が物顔で闊歩している。

 獣の肉を食い散らかし、骨などの食いカスを道に捨てて。

 糞尿をその辺りに垂れ流し、公園だった場所は汚物の山となり。

 町中だというのに首輪を付けた人間の女を犯している。犯された女性は悲鳴を上げることすらなく、人形のようにされるがままになっていた。


「……不愉快だな」


 自分を裏切った国。

 仲間達を殺した国。

 恨みは多い。いくら罵倒しても尽きないほどに。

 それでも……そこはスノウにとって思い出深い場所だった。

 仲間と過ごした思い出の地が見るも無残に踏みにじられ、荒らされている。

 見ているだけでムクムクと不快な感情が湧き上がってきた。

 許されるならば……今すぐにでも、この都を氷の中に閉ざしてしまいたいほどである。


「クッ……みんな……!」


 スノウの後ろで、アルティラが悔しそうに唇を噛んだ。

 町中で襲われている女性の中にはエルフもいた。

 リザードマンとの戦いで捕虜になり、オークに引き渡された者達だろう。

 エルフの中にはまだ反抗心を残していて、手足を振って抵抗している者もいるが……オークによって殴られて地面を転がされていた。


「クソ……オーク共め、よくも仲間を……!」


「危ないから飛び降りるなよ……お前の仲間、特に姉を助けるという話だったが、何から始めれば良いんだろうな? 片っ端から皆殺しにするか?」


 怒っているアルティラを見たおかげで、少しだけ頭が冷えた。

 このまま全てを凍らせてしまえば、捕虜となっている人間やエルフも死んでしまう。

 スノウが冷たい眼差しで言うと……アルティラが後ろから王都の中央にある城を指差した。


「た、たぶん……あの城。あそこに捕まった姉がいるはずよ……」


「王城に? どうして、それがわかるんだ?」


「姉はエルフの戦士の中でも特に力が強かったから。オークの国の王であるオークロードに引き渡されているはず。『強い牝は強い牡のもの』……それが連中の行動方針だから」


「なるほどねえ……」


 かつて、エラデリアの王族が鎮座した場所。

 スノウと仲間達を殺すという決断をした国王の城。スノウにとっては憎悪と復讐心の象徴といっても良い場所だ。


「すでにあのゴミ王はいないってわかっているが……城に攻め込むのはちょっとだけ、愉快な気分だな」


「攻め込むって……す、スノウ? もしかして……?」


「しっかりと捕まっていろ。落ちても俺は知らん」


「ヒエッ……!」


 二人が乗っている氷鳥がスピードを増した。

 一切、速度を緩めることなく王城めがけて突進していく。


「ヒ……キャアアアアアアアアアアアアッ!」


 アルティラがスノウの背中に抱き着いて、絹を裂くような悲鳴を上げた。

 ツタに覆われた王城の壁がグングンと接近してきて……そのまま、氷鳥の頭がぶち抜いた。


「【雪隠ゆきがくれ】」


 壁に衝突する寸前、スノウが魔法を発動させた。

 真っ白な雪がスノウとアルティラを包み込む。柔らかくも不思議な強靭さを兼ねた雪によって、衝突によるダメージが吸収された。

 たかが雪ではあるものの、それはスノウの魔法によって生み出されたものである。衝撃を十分に吸収できるだけの防御力を兼ね備えていた。


「よし……侵入成功。魔王城に乗り込んだ時を思い出すな」


「こ、こんなやり方で突入したのお、嘘でしょお……」


 雪が崩れて、二人の姿が現れた。

 スノウは平然としていたが、アルティラは恐怖のあまり泣きが入っている。


「さて……無事に侵入したが、ここは……」


「何だあ、貴様らアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


「……お?」


 野太い絶叫が二人に叩きつけられる。

 狙ってそこに乗り込んだわけでもないだろうが……スノウ達が入ったのはかつて国王が鎮座した場所。玉座の間だった。

 しかし……かつてそこに置かれていた王の椅子はもはやない。

 玉座は消えて、代わりに獣の毛皮が敷かれており……そこに天井に届くような巨体が胡坐をかいて座っている。


「ああ……お前がオークロードか」


 真っ赤な体毛をした赤いオーク。

 エラデリアを滅亡させ、新たな主人となった魔族の将。

 豚頭の王オークロードと呼ばれている怪物がそこにいたのである。

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