第7話 変わり果てた王都
「さて……それじゃあ、オークが住んでいるという都に行くとしようか」
「い、今からなの……!?」
スノウの言葉に、アルティラが目を剥いて驚愕した。
口調は敬語ではなく、先ほどと同じような気安いものになっている。
スノウがしゃべりやすい方にするように命令したのだ。
「え、えっと……オークの都にはどれほどの敵がいるかもわからないわ。いくら『新星の騎士団』の一人とはいえ、もっと準備をしてからの方が良いんじゃ……」
「準備ねえ……いったい、何の準備をすれば良いんだ?」
「な、何のって……えっと、戦力を集めたりとか?」
「雑魚をいくら集めても無駄だろう……昔から、そうだった」
スノウはかつて家族を魔族に殺されて、義勇軍の一兵卒として戦いに参加した。
義勇軍には志を同じくする仲間が大勢いたが……その多くは苛烈化する戦いについてこられなくなり戦死している。
魔族との戦いにおいて必要なのは選ばれたマイノリティーの戦力だけ。
数が多いだけのその他大勢を連れていったとしても、必要な墓石の数が増えるだけなのである。
「いくら兵隊を集めたところで、死ぬ奴は死ぬだけだ。少数精鋭でいった方が結果として勝率は高くなる……魔王との戦いもそうだった」
『新星の騎士団』はたった四人で敵の本拠地に飛び込んで魔王を撃破した。
実際に少数精鋭での大金星を挙げている男の言葉は重い。アルティラは言い返す言葉もなかった。
「……『凍星』の指示に従うわ」
「スノウでいい。『凍星』は言いづらいだろう」
「わかったわ、スノウ」
「それじゃあ、俺にとっては第二の故郷、今はオークの拠点になっているエラデリアブルクに行くとしようか……俺を裏切った国の末路がどんなふうになっているか楽しみだよ」
「……ええ」
スノウが振り返る。もう一度、幌馬車を確認すると……いつの間にか、馬が逃げてしまっていた。
あれだけ派手に魔法を使って戦っていたのだ。無理もないだろう。
「えっと……歩いていきましょう。大丈夫、私は全然……」
「【
「わっ!」
スノウが手をかざすと、白い雪が渦を巻く。
雪が徐々に固まって形を成し、現れたのは体長三メートルほどの氷の巨鳥である。
「それは……召喚魔法も使えたの!?」
「いや、違う。召喚ではなく、魔法で作った人形みたいなものだ」
氷を固めて鳥のように見せかけているだけである。
ただし……人を乗せて飛ぶこともできるし、体当たりや嘴で攻撃することもできるのだが。
「これに乗っていくぞ。魔力の消費が大きいから長距離飛行はできないが……ここから王都まではそれほどの距離はない」
「う、うん……それじゃあ、失礼します?」
スノウに続いて、アルティラが氷鳥に乗り込んだ。
氷鳥は大きな翼を広げて大空へと飛び立った。
「と、飛んでるっ……!?」
「飛ぶだろ。鳥なんだから」
何を当たり前のことを言っているのだろう。
スノウはしがみついてくるアルティラに鬱陶しそうに眉をひそめる。
「そもそも、エルフだったら飛行魔法くらい珍しくもないだろう。風を操る魔法はお前達のお家芸だ」
「ひ、飛行魔法を使えるエルフなんて何人もいないわよ……子供の頃はいっぱいいたし、私も飛べたけど……」
「……飛行魔法も使えなくなるほど、弱体化しているってわけか。そりゃあ、リザードマンにも捕まるか」
スノウが嘆かわしそうに首を振って、空から地表を見下ろした。
「……変わったな。随分と」
山や丘、川といった地形はスノウが知っているのと大差ない。変わったのは人間が築き上げてきた物である。
街道は荒れ果てて雑草に覆われており、村があった場所は木々が生い茂って森に呑み込まれていた。辛うじて、建物の残骸らしきものが残っているくらいだ。
「……滅ぼされたというのは本当らしいな。魔法が使えなくなったとはいえ、情けない話だ」
スノウはさりげなくブーメランを投げた。
魔法が使えなくなってやられた……それはスノウ自身に起こったこととほぼ同じである。
「オークに攻め込まれた際、エラデリア王国は周辺の国々に助けを求めたそうよ。しかし……救世の英雄である『新星の騎士団』を殺した彼らを各国は見捨てて、その結果として国は滅んだ」
スノウの背中にしがみつきながら、アルティラが説明をする。
「エルフの国も同じ。救いを求めるエラデリア王国を自業自得だと、手を振り払ったわ。だけど……そのせいで魔族の勢力が広がってしまい、私達も追い詰められる結果となってしまった。当時、私は子供だったけど……大人がした決断は間違っていたと思っているわ。遺恨を捨ててでも、私達は共通の脅威のために手を取り合うべきだったのよ」
「……まあ、人間は愚かだからな。エルフも似たようなものだったんだろ」
魔王を倒した英雄をもう必要ないからと殺して、そのせいで国が滅びることになって。
結果として、魔族の中では雑魚扱いをされていたオークによって支配されている。
何という間抜けな話だろう。
もしも目の前にエラデリアの王族がいたのであれば、指をさして笑ってやったものを。
(過去の遺恨は捨てるべき……あるいは、これは俺自身にも言えるのかもしれないな)
正直、魔王なんて倒すべきではなかったと思っている自分がいる。
魔族によって国が滅ぼうが、人が死のうが……知ったことねえよ。勝手にしろと心のどこかで考えてしまっていた。
(とはいえ……別に全人類に裏切られたわけでもないしな。あまり、終わったことを気にすることはしない方が良いのかも……)
「お?」
「あ……」
そんな考え事をしていると……かつて、エラデリア王国の王都であったはずの町が見えてきた。
「へえ……ここも随分と変わったものだな」
スノウが思わず、つぶやいた。
空から見下ろした王都は基本的な町の形状については変わっていない。
都の中心に王城があり、周囲を城壁に囲まれている。
しかし……建物はあちこち倒壊しており、城壁は緑の蔦に覆われていた。
さらに、城壁の周りには木製のボロ小屋が無数に建てられていて、強引に町が拡張されている。
「これが……俺達を裏切った国の末路かよ」
思った以上に……笑えない。
スノウはどこか哀切の込められた瞳で、かつて仲間達と出会った都……エラデリアブルクを見つめていたのであった。
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