第6話 魔法契約

「まあ……とりあえず、話を聞こうか」


 土下座をしているアルティラの前に胡坐をかいて座り、スノウはとりあえず詳細な事情を聞いてみることにした。


「はい……エルフが住んでいる『大樹の国』はリザードマンの王国と国境を面していて、何十年も戦いを繰り広げています」


 スノウに促されて、アルティラが自分の置かれている事情を話し始める。


「二百年前の大戦期であれば、魔法に卓越したエルフにとってリザードマンは敵ではありません……しかし、邪神によって魔法の力が大幅に制限された状態では難敵です」


「……それは、そうだろうな」


 魔法を使わないエルフなんて貧弱なだけだ。

 容姿だけはやたらと整っているので、よりタチが悪いだろう。


「そして……先日、エルフが持っていた砦の一つがリザードマンによって落とされました。そこにいたエルフのうち男性は殺され、女性は捕虜にされました。捕虜となった者達はオークの王国に運ばれたようなのです」


「…………」


 捕虜の女がオークに引き渡される。

 それが何を意味しているのか、わからないスノウではなかった。

 おそらく……女に生まれたことを後悔するような醜悪な目に遭っているに違いない。


「私も砦に詰めていたのですが、仲間達のおかげで逃げ出すことができました……それでも、最終的にはリザードマンに見つかって捕まってしまったのですけど……」


 そして、オークの国に運ばれていたというわけである。スノウに助けられなければ、慰み者の苗床として扱われていたに違いない。


「オークとリザードマンは同盟関係にあります。リザードマンは食料を提供してもらうことと引き換えにして、捕らえたエルフを売り飛ばしているのです」


「なるほどな……それで君がここにいるわけか」


「はい……お願いです、魔王殺しの英雄。救世の勇者の一人であらせられる『凍星』様。仲間を救うために力を貸してください……!」


 アルティラが地面に額を擦りつけて、必死に訴えかけてくる。

 仲間のために。家族のために……プライドを捨てて全力で土下座をしていた。


「フン……」


 ドライな話であるが……スノウがアルティラを助けなくてはいけない理由はない。

 エルフという種族に貸し借りや思い入れがあるわけではないし、アルティラとも初対面である。

 魔王殺しの英雄などともてはやされたとしても、そのせいで裏切られて殺されることになったのだから皮肉な呼称でしかなかった。


「いいぜ、乗った」


 しかし、それでもスノウは了承していた。

 転がっているオークの氷漬けを踏み砕きながら。シニカルな笑みを中性的な美貌に貼りつけて。


「ほ、本当ですか!? 本当に……仲間のために力を貸してくれるんですかっ!?」


「ただし、条件がある」


 アルティラが望外の了承に喜び湧いているが……すぐさま、冷や水を浴びせかけた。


「お前は俺に助けられた。豚頭の苗床にされるところを救われて、その上で頼みごとを了承してやった……これがどういう意味だかわかるな?」


「ッ……わ、わかっています」


 冷たく、淡々とした言葉にアルティラが真剣な顔になる。


「私の命は今より、『凍星』の魔法使い……貴方の物です。好きなように使い潰してくれて構いません……」


「結構」


 スノウは冷笑する。

 信じていた祖国の人間に裏切られ、仲間もろとも殺されそうになったのだ。

 同じ轍は踏まない。スノウが見知らぬ他人を無条件で信用することは永遠に無いだろう。

 スノウがしゃがんで、土下座をしているアルティラと目線を合わせる。

 そして……右手を伸ばして、美貌のエルフの左胸に触れた。


「ンッ……!」


「もしも契約を違えれば、お前の心臓は永遠に凍りつくだろう。これが魔法契約であることを忘れるなよ?」


 スノウが五指を動かして、アルティラの胸を弄びながら説明する。

 魔法契約とは、魔法使い同士によって結ばれる『破ることのできない約束』のことだ。

 もしも契約を踏み倒すようなことがあれば、事前に定めていたペナルティに襲われることになる。

 お互いの了承がなければ、どれほど魔法を極めた賢者であっても破れない……命と魂をかけた約定だった。


「わ、わかりました……約束する。魔法契約を受け入れます……!」


「よろしい」


「アンッ……!」


 指の力を強めて、アルティラの胸に指を食いこませる。

 布一枚ごしに食い込む掌の感触をアルティラが唇を噛んで耐えている。

 同時に……スノウの魔力がアルティラの体内に打ち込まれた。

 肉眼では見ることができないが……アルティラの心臓には呪いの刻印が刻まれている。

 もはや、スノウの意思に反することは不可能。そういう契約を結んだ。


「魔法契約は成立した……オーク共に捕まったエルフを救い出すため、全力を尽くすことを誓ってやる」


「…………」


 スノウが微笑んだ。

 男性とは思えないほど、妖艶で美しい笑みを浮かべる。


「あ、あなたは……本当に人間なのでしょうか……?」


「あ? どういう意味だ?」


「い、いえ……何でもありません……」


 神か。それとも悪魔か。

 人外の何かと禁断の契約を交わしてしまった心境になり、アルティラは背徳的な胸の痛みにブルリと背筋を震わせたのであった。

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