第5話 氷の魔法

「【氷襲こおりがさね】」


 オークが幌馬車の内側に顔を出した瞬間、スノウが魔法を発動させる。


「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 幌馬車の中から無数の氷の針が飛び出して、戸を開いたでっぷりとした巨体を貫く。

 ずんぐりむっくりとした体躯、緑色の肌を有したその怪物の名前はオーク。

 魔族の一部族であり、二本足で立つ巨大な豚のような容姿をした怪物だった。


「ああ、やっぱりオークか。久しぶりに会ったな」


 邪魔者がいなくなり、ゆっくりとした足取りでスノウが幌馬車から出る。

 地面に視線を落とすと、戸を開けたオークがいくつもの氷の針に貫かれて倒れている。

 氷の魔法を受けたのは一匹だけではない。その背後には、同じく針を被弾したオークが数体ほどいた。


「何だあ! 貴様あ!」


「人間があ、よくも仲間を殺ってくれたなあ!?」


「……静かにしてくれ。お前らの声は頭に響くんだよ」


 スノウが鬱陶しそうに言う。

 どこまでも冷たい瞳は目の前にいる敵に一切の情けを抱いていなかった。


 それもそのはず。

 オークは魔族の中でも特に醜悪な生態を持っており、女を襲って孕ませるのだ。

 スノウは過去にオークに犯されて無理やりに子供を産まされ、心を壊してしまった被害者を何人も見てきた。


(おそらくだが……リザードマンに捕まったアルティラが運ばれていたのも、母体としてオークに引き渡されるためだったんだろうな……)


 魔法を得意としているエルフはオークにとって上質な雌。オーク・マジシャンという魔法を使うオークを生み出す苗床になる。

 魔法が失われた今の世界にオーク・マジシャンがいるのかは知らないが、女であれば何でもいいというのがオークだ。

 もしもスノウが助けていなければ、アルティラは良いように弄ばれていたに違いない。


「死ねえエエエエエエエエッ! 人間ガアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 オークが棍棒を片手に襲いかかってくる。

 スノウは極寒の瞳のまま、振り下ろされた棍棒をヒラリと躱す。そして、オークの肩に掌で触れた。


五月蠅うるさい」


「ガッ……」


 その瞬間、触られたオークが一瞬で白い霜に覆われる。巨体が芯まで凍りついて、完全な氷像へと姿を変えた。


「ナアッ!」


「魔法だと!? どうして、人間が魔法を使えるう!?」


 他のオーク達が動揺の叫びを上げる。

 彼らの反応からして……人間が魔法を失ったというのは事実であるらしい。


(どうして、俺だけが使えるのか……氷で封印されていたことで邪神の力が届かなかったのか?)


「……どうでもいいか」


 少しだけ考えて、すぐに思考を放棄する。

 理由なんてどうでもいい。

 重要なのは、目の前に殺すべき敵がいるということ。

 そして、自分の手に奴らを殺すことができる力があるということだ。


「おい! 王に報告するぞお!」


「魔法を使える人間がいるなんて聞いてねえ! やってられるかあ!」


「逃がすわけがないだろうが。お花畑かよ、豚頭」


 動揺しているオークめがけて、スノウが容赦なく魔法を発動させる。


「【頞部陀あぶだ】」


「ガッ……」


 スノウの手から極寒の風が放たれて、オーク達に襲いかかった。数体のオークがまとめて氷像に変えられる。

 凍りついたのはオークだけではない。

 スノウを頂点として扇形に氷の世界が広がっており、地面の草木までもが白く凍っていた。


「うん、やはり魔法は問題ないな」


 改めて、自分の魔法に陰りがないことを確認する。

 奪われた魔力は完璧に戻っているし、出力にも問題はなかった。

 仲間達と一緒に魔族と戦って、魔王を倒したときのままである。


「すごい……これが『凍星』の氷結魔法……」


 スノウの後ろで、アルティラが感嘆の声を漏らす。

 先ほどまでは半信半疑だったのだが……ようやく、スノウが魔王殺しの英雄であると信じてくれたらしい。


「ああ、俺が『新星の騎士団』のメンバーだってわかったか?」


「は、はい。もちろんです……こんなものを見せられたら、信じないわけにはいきませんよ……」


 振り返ったスノウに、アルティラが畏怖を込めた目を向けてきた。口調も敬語になっている。

 そして……何を思ったのだろう。アルティラが唐突に膝と両手を地面についた。


「お願いします……『凍星』様。どうか、私に力を貸してください!」


「……何だよ、藪から棒に」


「私の仲間があそこに……オークの都に捕まっています! その中には私の姉もいるんです……どうか、みんなを救い出すのを手伝ってください!」


 アルティラが必死な様子で頭を下げて、訴えてくる。

 地面に額を擦りつける姿はあまりにも哀れさを誘うもので、無碍にするのを躊躇わせるものだった。


「あー、マジで……?」


 土下座をしている美少女を前にして……スノウが困ったように頭を掻いた。

 誰かに助けを求められるのは初めてではない。魔王軍と戦っていた頃には日常茶飯事だった。


(とはいえ……この状況では本気で怠いな。こっちもわけがわからない状況で右往左往したい気分だっていうのに、人を助ける余裕があるかよ……)


「まあ……とりあえず、話を聞こうか?」


 とはいえ……土下座する少女を無視して去るのは躊躇われる。

 スノウは面倒臭そうに頭を掻きながらも、アルティラから詳細な話を聞き出すことにした。

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