第4話 終わっていた復讐

 アルティラの話によると……スノウが氷の中で眠りについてから、すでに二百年の歳月が経っているらしい。

 その間に魔王を倒されて瓦解しつつあった魔族が勢力を立て直して、人間やエルフをはじめとした人類は滅亡の危機に瀕しているそうだ。


「おいおい……どうやったら、あの状況から負けることができるんだよ……」


 スノウと仲間達によって、魔王と幹部クラスの魔族は軒並み倒されている。

 残っていたのはオークやリザードマンなどの下級魔族だけ。これだけ圧倒的優位な状況で負ける方が難しいだろう。


「人間同士で争いが起こったのよ。魔王を討伐した英雄……『新星の騎士団』が殺されたことが切っ掛けでね」


「!」


 そこで自分達の名前が出てくるのか……スノウが息を呑んだ。


「魔王を打倒した『新星の騎士団』をエラデリア王国の王族が暗殺したという情報が世界各国に出回ったのよ。彼らによって魔族を退けられ、救われた国は少なくない。様々な国がエラデリアに抗議して戦争まで起こったわ」


「…………」


「エラデリアを中心に起こった戦争は無関係な国々にまで飛び火した。混乱を利用して、領土欲から他国に攻め込む国が現れたの。魔王を倒すために結束していた人間やエルフ、ドワーフは分断されて、あわや世界大戦に発展するんじゃないかというくらいまで悲惨な有様だったわ」


「……そんなに酷かったのか」


「当時、私は子供だったから戦争には参加していないわ。だけど、大人のエルフが大勢死んだのは覚えている……とても悲しかった」


 アルティラが目を伏せて、辛そうな顔になる。


「そして……そんな隙を魔族の残党に突かれた。彼らは戦争を隠れ蓑にして多くの人間を誘拐し、生贄にすることで邪神を召喚したのよ」


「邪神……」


「その邪神の名前はナイアーラトテップ……名前以外に一切情報は入っていないわ。エルフの長老も聞いたことがない未知の邪神よ」


「ナイアーラトテップ……」


 聞いたことがない邪神である。

 この世界の伝説や神話には邪神と呼ばれる存在がいくつも登場するが、その中にナイアーラトテップというものはいない。

 少なくとも……スノウは聞いたことがなかった。


「詳しいことはわからないけど、魔族はその邪神に願ったのよ……『人類から魔法を取り上げてください』ってね」


「まさか……その願いが聞き届けられたっていうのか!? 本当に!?」


「ええ、そのまさかよ。邪神の力によって人類の大多数は魔法が使えなくなった……私達、エルフはまだ少しだけ使えるけど、威力はお粗末なものになってしまったわ」


 アルティラが人差し指を立てると、そこにマッチの火のようにか弱い光が灯った。

 スノウが知るエルフがその気になれば、森を焼くような炎を出すことだって容易かったはずなのに。


「戦争によって弱体化した人類は魔法を失い、すっかり牙を無くしてしまった。そこに魔族の残党が攻め込んできて、エラデリア王国を含めたいくつもの国々が魔族の手に落ちてしまったわ。エルフが住んでいる『大樹の国』はどうにか抵抗しているけれど、私が捕虜となったことからわかるように善戦できているとは言えないわね……」


「…………」


 人間やエルフが魔族に対して優位に立つことができたのは、魔法を使うことができたからである。

 魔法を失ってしまえば、屈強な肉体を持ったオークやリザードマンにとって格好の獲物であることだろう。


「なるほどな……よくわかったよ」


 つまり、スノウ達を殺した報いをエラデリア王国は受けたわけだ。

 エラデリアだけではなく、無関係な国々まで巻き込まれてしまったのは不本意なことだが……眠っているうちに勝手に復讐が終わっていたらしい。


(正直、不完全燃焼が極まれりだな……あまりにもあっけなくて、冷めきっちまったぜ)


 それにしても……二百年も眠っていたとは思わなかった。

 最後の氷の魔法で森を凍らせる際、スノウは「自分の怪我が自己修復されるまで」と魔法の解除条件を付けていた。

 氷の中で兵士達から受けた傷を癒していたわけだが……思いのほかに、そのダメージが大きかったようである。


(魔法の発動に生命力を使ってしまったからか……それとも、俺の胸を貫いた剣に特殊な呪いでもかかっていたのかもしれないな)


「ねえ……私も聞いても良いかしら?」


 スノウが考え込んでいると、アルティラが真剣な表情で訊ねてくる。

 エルフは顔立ちが整っているため、その表情は不思議なほど迫力があった。


「構わんが……何だよ」


「魔族が邪神に願ったせいで人間は魔法を使えなくなっている。エルフや他の種族も大幅に制限されてしまった」


「…………」


「それなのに……どうして、貴方は普通に魔法が使えているのかしら?」


「…………」


(さて……何と説明したものかな……?)


 アルティラに問われたスノウは、ほんの少しだけ迷った。

 自分の正体を明かすべきだろうか。それとも……隠しておくべきだろうか。

 正体をさらすことで余計なトラブルが舞い込みかねないが、いちいち嘘を考えるのは面倒である。


「……まあ、いいか」


 スノウは考えるのをやめた。

 咄嗟に言い訳は思いつかなかったし、あえて嘘をつくデメリットもそれほどないだろう。

 あれから二百年も経っているのだ……どうせ、当時のスノウを知っている者のほとんどはこの世に残っていない。

 最大の敵であるエラデリア王国も存在しない以上、今さら命を狙われることもないはずだ。


「俺の名前はスノウ・アイスマン。君達も知っている、『新星の騎士団』の一人だよ」


 スノウは隠すことなく、その素性を明かした。

 エラデリア王国に裏切られて騎士を刺客として送り込まれたことについて。

 魔力を封じられたことで追い詰められたが、生命力を代償にして騎士ごと自分を氷漬けにしたこと。

 復活したら、エラデリア王国がこんな有様になっていたことについて。


 包み隠さずに全てを話すと……アルティラが呆然とした表情で目を丸くさせる。


「まさか……本当に、『新星の騎士団』のスノウなの? あの邪竜将軍を一騎討ちで倒したという『凍星』の魔法使い?」


「あー……そんなこともあったな」


 よく覚えているものだ。

 邪竜将軍……魔王の側近であった『八極魔将マスターズ・エイト』の一角であり、空軍を率いていた大魔族。

 氷の属性を苦手としていたため、仲間達が配下の軍勢を引き離したうえでスノウが一騎討ちで撃破したのだ。


「ほ、本当に生きて……いや、でも……偽物という可能性も……だけど、さっきは氷の魔法を使っていたし……」


 アルティラが混乱した様子で目をグルグルと回している。

 エルフにしてみれば二百年ぽっち、大した時間でもないと思うのだが……幽霊が現れたような気分なのかもしれない。


「別に無理に信じなくても良いぞ。俺が本物であろうと偽物であろうと、別にお前に関係は……」


「何だあ!? リザードマンが死んでいるじゃねえかあ!」


 会話の途中で、幌馬車の外から怒号の声が響いてきた。


「えっ……!」


「静かにしろ」


 アルティラの口を塞いで小声で忠告する。

 そのまま耳を澄ませていると……野太い濁声での会話が聞こえてきた。


「コイツら、リザードマンの兵士じゃねえか!」


「オークの国に用事だったのか? 誰に襲われたあ!?」


「人間の仕業かあ! ぶっ殺してやるぞお!」


「……どうやら、オークのようだな」


 スノウがつぶやいた。

 アルティラの話によると、この国はすでにオークのものになっているらしい。

 ならば、オークの兵士が巡回していたとしても不思議はなかった。


「気配からして、数は十以上……オーク臭さが鼻に突きやがる」


「え、えっと……どうしようか?」


「問題ない」


 アルティラが不安そうに身を震わせるが……所詮はオーク。スノウにとって敵ではない。


「すぐに済む。心配するな」


 スノウが立ち上がって、アルティラを置いて幌馬車の外に出ようとする。


「おい! 誰かいやがるのかあ!?」


 スノウが外に出るよりも先に幌馬車の戸が開かれる。

 幌馬車の内側に顔を出したのは予想通りオークの兵士だった。


「【氷襲こおりがさね】」


 その瞬間、スノウが魔法を発動させる。

 右手から無数の氷の針が放たれ、オークの全身を貫いた。

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