第3話 エルフの少女

「おいおい……これは何の冗談だよ」


 幌馬車の中、拘束されているエルフの姿を見て……スノウは心の底から呆れ返った。


「エルフがリザードマンに捕まるって……ありえないだろうが」


 馬鹿にしたわけでもなく、本気の疑問を口にする。

 エルフは人間と友好関係にある亜人種族の一つ。『大樹の国』という森に囲まれた国を本拠地にしていた。

 人間よりもずっと強い魔力を持ったエルフは大人・子供を問わず、誰もが優れた魔法使いである。

 生まれて間もない赤ん坊ならばまだしも……リザードマンに負けるエルフはいない。

 成人したエルフがリザードマンに捕まるだなんて、自分で自分に鎖を巻きつけて道に転がりでもしない限り、あり得ないことである。


「このエルフがよほどの間抜けか雑魚か、それとも魔族に蹂躙されるのが趣味の変態という可能性も……」


「ちょっと! ブツブツ言ってないで解いてよっ!」


 エルフの少女が拘束されたまま身体をよじって訴えてくる。

 少女とはいったものの、相手は長寿のエルフなので年上という可能性も十分にあるが。


「フン……」


 顔も名前も知らぬ他人だ。

 無視してしまっても良いのだが……エルフは人間と友好関係のある種族である。

 見捨てるというのも忍びないし、拘束を解いてやることにした。


「まったく……魔法を使えば、こんな物は簡単に千切れるだろうに……」


 スノウが生み出した氷柱が飛んでいき、エルフの少女を拘束している鎖を断ち切った。

 拘束を解かれたエルフの少女は起き上がって、安堵した様子で大きく息を吐く。


「た、助かった……まさか、人間に助けられるなんて……」


「悪かったな。助けてやったのが俺みたいな人間で」


 スノウが肩をすくめた。

 エルフと人間は友好関係にあるものの、彼らが人間を見下しているのは昔からである。

 魔法至上主義を掲げているエルフにとって、人間という生き物は『魔法の真似事を覚えた猿』でしかないのだ。


「そ、そういう意味じゃないけど……えっと、ありがとう。助かったわ」


 エルフの少女は少しだけバツが悪そうな顔をして、頭を下げてきた。

 人間を下に見てはいるが、助けられたことに関しては礼を示す……そういうことだろう。


「私の名前はアルティラ。大樹の国のアルティラよ。本当に助かったわ……この御礼は必ずさせてもらうから」


「誠実で結構……それで、お前はどうしてリザードマンごときに捕まっていたんだ?」


「どうしてって……戦争で捕虜になって、オークの都まで連行されていたのよ」


「オークの都……?」


 どこだ、それは。

 オークというのは魔族の一部族だったが、彼らが町や都を持っているなどという話は聞いたことがなかった。


「知らないでここにいたの? この街道の先にある都よ。オークロードに率いられたオークが支配している都があるんだけど……?」


「この先の都……まさか、『エラデリアブルク』のことじゃないだろうな?」


 スノウの生まれ故郷であり、裏切って騙し討ちをしてきた仇敵。

 その国がエラデリア王国。首都の名前はエラデリアブルクである。


「エラデリアブルクって……随分と古い呼び方をしているのね。あの国が滅んだのは百年も前じゃないの」


「はあ……エラデリアが滅んだって?」


「長老エルフだって、もうエラデリアなんて名前は使っていないわよ? ここは魔族の支配地の一つ……オーク王国でしょう?」


「…………!」


 エルフの少女……アルティラの言葉にスノウは息を呑んだ。


(魔族の支配地……しかも、オーク王国だと? 俺が住んでいた国がまさかオークに乗っ取られたっていうのか!?)


 エラデリア王国はスノウを裏切り、仲間達のことも殺した仇敵である。

 それでも……自分が生まれ育った故郷には違いない。


(俺の故郷が……ガキの頃を過ごした村が、魔法を学んだ町が、仲間達と出会って一緒に酒盛りをした王都が、オークごとき下等な魔族の支配地になっているだと……!)


「……おい、エルフ」


「ちょ……エルフじゃなくてアルティラよ! さっき、名乗ったでしょう?」


「どっちでもいい……そんなことよりも、俺の質問に答えろ……!」


「…………!」


 アルティラが大きく目を見開いて、出しかけていた言葉を飲み込む。

 スノウの言葉の中に含まれた底冷えするような怒りに気がついたのだろう。


「『新星の騎士団』が魔王を倒してから今日まで、いったい何があった? 時系列に沿って説明しろ!」


「わ、わかったわよ……話す、話すから……!」


「……ああ、悪いな」


 ガタガタと震えているアルティラの姿に、スノウは無意識に魔法を発動させていることに気がついた。

 幌馬車の床が、側面が、天井が……すっかり霜に覆われている。

 スノウが魔法を解除すると、白い霜が一瞬で消えて無くなった。


「や、やっぱり、魔法が使えるのね……すごいじゃない、人間なのに……」


「馬鹿にしているのか? 人間だって、魔法くらいは使えるさ」


「使えないはずよ……百年前から、そうなったから」


「…………?」


「そんな怖い顔をしなくても話すわ、貴方が知りたいことについて。『新星の騎士団』が魔王を倒したところから話せばいいのよね?」


 アルティラがスノウの要望通り、魔王討伐から今日に至るまでの経緯について話してくれた。

 その内容はスノウにとって寝耳に水なもの。

 話を聞き終わると……あまりにも予想外な情報に唖然とさせられてしまった。

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