第2話 街道での遭遇

 氷から解き放たれたスノウは自分と仲間達を裏切った者達に復讐するため、まずは自らが置かれている状況について確認することにした。

 どれくらいの期間、氷の中に閉じこめられていたのか?

 暗殺を命じた王は、国はどうなっているのだろうか?


(情報を集めるために、まずは人と会わなくちゃいけないな)


 森から出たスノウは街道に出ようとする。

 あまり人目に付くようなことはしたくなかったが……おそらく、王国の連中はスノウが死んだと思っているはず。

 そこまで過敏に警戒することもないだろう。


「……ん?」


 頭の中に残っている地図を頼りにして、森の近くにある街道までやってきたスノウであったが……すぐに怪訝そうな顔になる。


「この街道……やけに荒れているな。まるで手入れがされていないじゃないか」


 スノウがやってきた街道は、王国の人間から『黄金街道』などと呼ばれていた道である。

 王国を縦断するように伸びた街道は、北部にある穀倉地帯から小麦を運搬するために築かれた輸送路だ。黄金色に実った麦になぞらえてそんな名前が付けられていた。

 かつては多くの人が行き来していたエラデリア王国の大動脈であるが……現在は雑草がビッシリと生えており、無残な有様になっている。


「……この道は定期的に整備されていたはず。ここまで荒れることなんてあり得るのか?」


 まるで何十年も放置されていたかのようではないか。

 土の上には雑草に紛れて車輪の痕が無数に付いている。まだこの街道が使われているのかどうかは読み取れない。


(もしかして……俺が予想しているよりも長い年月が経っているのか?)


 スノウが自分もろとも敵と森を氷漬けにして、肉体の修復が終わって魔法が解除されるまで。長くとも三年くらいだと思っていたのだが……もしかすると、予想以上の時間が経過しているかもしれない。


(国王が代替わりしている可能性もあるな……俺に復讐されるまで、生きていてもらわなくちゃ困るんだが……)


 などと考えていたところで、街道の北側から馬車がやってきた。

 どうやら、この街道はまだ使われているようである。


(王国の兵士……ではなさそうだな)


 遠目に馬車を観察するが……薄汚れた幌付きの馬車だった。王国に仕えている正規の兵士が使うものではないだろう。

 ちょうど良いところに来たものだ。声をかけて情報収集をさせてもらおうと、スノウは馬車がこちらに来るのを待った。


「あ……?」


 しかし、すぐにその考えを改めることになった。

 荷台に乗って、馬車を操作していた人物……それが『人間』ではないと気がついたからだ。


 赤い鱗に覆われた身体。

 髪の毛の生えていない頭部。蛇のように流線型を描いている顔。ギョロリとした大きな眼球。

 スノウは知っていた。

 それは『リザードマン』と呼ばれる種族。

 人類を滅ぼそうとして、スノウ達に討たれた魔王の配下……『魔族』と呼ばれる者達の一部族であることを。


「どうして、魔族が馬車に乗って街道を……?」


 スノウは混乱した。

 この国において、魔族は見つけたら即殺害が常識である。

 スノウが氷の中に閉ざされているうちに、魔族を奴隷として扱うように法律が改正されたというのだろうか。


「おい、人間だ! 人間がいるぞ!」


 リザードマンの方もスノウに気が付いたらしい。

 馬車を止めて、御者台から降りてくる。


「こんなところに人間がいるとはな。首輪を付けていないようだが、まさか野良の人間かあ?」


 リザードマンが外見とは裏腹に、流暢な口調で話しかけてきた。

 魔族は人間と同等の知能と言語を有した魔物の総称である。しゃべったこと自体は不思議なことでも何でもない。

 問題は……そのリザードマンが話していた言葉の内容である。


(首輪? 野良? このトカゲは何を言っているんだ……?)


「どうせ主人のところから逃げ出してきたんだろう。捕まえて売っぱらっちまおうぜ!」


 幌馬車の中から、二体目、三体目のリザードマンが現れた。

 彼らはトカゲの顔にニタニタと醜悪な笑みを浮かべて、値踏みするようにスノウのことを見つめてくる。


「おお。首輪を付けていない野良だったら、好きにしても良いんだったなあ」


「売ってもいいが……ちょっと小腹が空いてきたな。切り刻んで喰っちまうのはどうだ?」


「やせっぽっちで肉が少ねえ野郎だな。喰うのは無しだろ」


「…………」


 三匹のリザードマンが口々に言って、ナイフやロープを取り出した。

 彼らが何を言っているのかはよくわからないが……ハッキリとしていることが一つある。


「……不愉快だな」


 それは目の前の連中がとんでもなく不快な存在であるということだ。

 スノウのことをまるで家畜か何かのように話しているリザードマン達は、目の前でしゃべっているだけで神経を逆撫でしてくる。

 情報収集のためには生かしておくべきなのだろうが……そんな理性的な考えすらも吹き飛んでしまいそうだ。


「……情報収集はよそでやるとしよう。殺すよ、お前達は」


 魔王と戦うだけあって、スノウは魔族が嫌いである。

 種族差別がどうのという問題ではない。人間と魔族は決して相容れない……それは己の目で見てきた事実だった。


「あ? テメエ、いまなん……」


 リザードマンが恫喝しようとするが……最後まで言い切ることはできなかった。

 先頭にいたリザードマンの胸に太く尖った氷柱が刺さっており、背中まで貫通していたのである。


「魔法だと!?」


「馬鹿な! 人間が魔法を使うことができるなんて……」


五月蠅うるさい」


 残った二体のリザードマンが叫ぶが……スノウが右手を一閃させる。

 右手に握られた黒い短剣……そこから伸びた刃渡り一メートルほどの氷の刃がリザードマン二体の首から上を切断した。

 三体のリザードマンが断末魔の悲鳴を上げる暇もなく地面に倒れて、赤い水溜まりを作る。


「いつもながら不思議に思うが……魔族も人間も血の色は一緒なんだよな」


 スノウが皮肉そうに吐き捨てる。

 魔力を封じられたらこうはいかなかっただろうが、魔法を使える状態ならばこんなものである。

 リザードマンは魔族の中でも下位の存在。たとえ千匹集まったとしても、魔王の足元にも及ばない雑魚なのだから。


「それにしても……気になるな。コイツら、どうして驚いていた?」


 スノウが魔法を使っているのを見て、リザードマンはやけに驚いていた。

 魔族のように鋭い牙も爪もなく、固い鱗や力強い尾も持ちえない人間にとって、魔法というのは魔族に立ち向かうことができる武器のはずだった。

 人間が魔法を使うことは自然なこと。何も驚くべきことではない。


「今さらだが……殺すのが早過ぎたか?」


 頭に血が上っていたようだが、尋問なり拷問なりして情報を引き出しておいた方が良かったかもしれない。

 自分で思っていた以上にスノウは鬱憤が溜まっていたようである。


(まあ、仕方がない。味方だと思っていた連中に裏切られて、仲間も殺された……そんな状態で魔族にケンカ売られたらブチ切れもするか)


「……熱くなり過ぎだ。冷やせ冷やせ」


 スノウがこめかみを指で叩いて気分を落ち着かせ……これからのことを思案する。


「よし……とりあえず、奪える物を奪っておくか」


 終わってしまったことは諦めるとして、リザードマンから戦利品を回収することにしよう。

 スノウはリザードマンの死体をまたいで越えて、幌馬車の中を覗き込んだ。


「食料、それに金目の物でもあれば良いんだが…………あ?」


「え……?」


 幌馬車の内部を覗き込んで……そして、目が合った。


「あ、貴方……人間なの?」


「……そういうお前は、エルフかよ」


 そこにいたのは耳の長い緑髪の少女だった。

 ボロキレのような布を纏っただけの美しい女性。

 耳と髪色から、彼女がエルフという種族であることがわかった。


「その鎖……まさか、捕虜か奴隷なのか?」


 首輪を付けられ、鎖で縛られたエルフの少女に……スノウは思わずそんなことを口にしていたのである。

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