第11話 嫉妬という名の鎖に囚われて

「あっ!兄様、姉様、お帰りなさい。もうお話は終わったのですか?」



千紗達が再び藤壺殿に戻ったのは、日がすっかり沈んだ頃。千紗の帰りを待ちわびたとばかりに無邪気に成明が駆け寄って来た。


だが、そんな弟の無邪気さに、朱雀帝は荒々しく言い放つ。



「成明、今日の遊びは終いだ。悪いがここから出ていってくれ」


「えぇ? ですが、先ほどまた後でと」


「いいから! 出ていけ!」


「ひっ……」



兄の怒りに肩を竦めて驚く成明。



「キヨ、ヒナ、悪いが主らもだ。それから今宵は誰もここへは近付けるな。分かったな!」


「…………帝の……仰せのままに」



キヨは朱雀帝の真意を悟って、ヒナと成明を部屋から出るように促す。

朱雀帝と千紗に一礼すると、静かに部屋を後にした。


誰もいなくなった部屋の中、一人泣きじゃくる千紗を朱雀帝は乱暴に押し倒す。



「何故……そんなに泣いているのですか? 何がそんなに悲しいのですか?」


「………………」




朱雀帝の問いに、千紗はただただ悲しげに泣くばかり。

そんな彼女の姿に耐えきれなくなって、朱雀帝は乱暴に彼女の唇を奪った。



「いやっ! やめっ……」




千紗は必死に抵抗を示した。

だが、彼女の抵抗に朱雀帝の顔は更なる怒りに歪む。



「何故……何故あなたの目には、あの二人の姿しか映らない? 今一番、あなたの側にいるのはこの私だ。なのに何故……あなたは私の姿を見ようとしない?」


「……………」


「私を好きになる努力を……してくれるのではなかったのですか?」


「っ!……お主……夕刻キヨ達としていた話を聞いていたのか?」



朱雀帝の発言に驚き、思わず見上げた彼の顔は酷く悲し気で、千紗は言葉を失う。




「あぁ、やっと……やっと私を見てくださいました」


「…………」



やっと絡まった視線に、朱雀帝は愛おしげに千紗に向かって手を伸ばすと、白く柔らかな彼女の頬をそっと撫でた。


すぐ目の前で切なげに微笑む朱雀帝の顔。その表情を目の当たりにして、まるで金縛りにでもあったかのように千紗は視線を反らせなかった。


以前の彼は、こんな苦し気に笑う人間だっただろうか? いや、もっと素直に笑っていたはずだ。

こんな表情をするような人間では、なかったはずだ。



――『お二人の姿をお側で見つめているのは、どうしても胸が苦しくて……辛くて……私は人目を忍んでは泣いておりました。千紗姫様、恋とはそう言うものですよ』



ふと、キヨの言葉が頭を過る。



――『何故……何故あなたの目には、あの二人の姿しか映らない? 今一番、あなたの側にいるのは私だ。なのに何故……あなたは私の姿を見ようとしない?』



そして先程朱雀帝に投げ掛けられた言葉が千紗の心に突き刺さる。


あぁ、彼にこんな顔をさせているのは私のせいだと、気付かされて――



彼はいつも真っ直ぐに愛してくれるのに、自分が恋心を知らないばかりに、彼の気持ちを蔑ろにして、小次郎や秋成の事ばかりを気にかけてしまうから……


だから知らぬ間に、彼をこんなにも傷つけてしまっていたのか。


まだ少年のあどけなさを残す朱雀帝から、無邪気な笑顔を奪ったのは自分のせい。




――『だからな、決めたのだ。私もあやつを好きになる努力をしてみようとな』



キヨやヒナに語ったあの決意は、決して偽りの気持ちからではなかった。心から向き合おうとした結果の言葉。


ならば向き合わなければ。痛い程真っ直ぐに向けてくれる、彼の想いと向き合わなければ――


不意に、千紗の手が朱雀帝の元へと伸ばされる。



「っ!」



初めて頬に触れた千紗の温もり。突然の事に驚いた朱雀帝は、びっくりした顔で千紗を見つめた。


真っ直ぐに向けられる千紗の瞳。

そんな彼女の瞳に朱雀帝の顔がゆっくりと綻んで行く。


そして――

更なる千紗の温もりを求めて、優しく彼女を抱き締めた。



「あぁ、貴方をこのまま、私の腕の中に閉じ込めておきたい。貴方がどこにもいかないように、ずっと……。貴方は気が付くと、すぐ何処かへ飛んで行ってしまう、鳥のような人だから……だからこうしてずっと、私の腕の中に貴方を閉じ込めておきたい」



千紗の耳元で悲しげに囁く朱雀帝。

そんな彼の想いを受け入れるように、そっと彼の背中に手を伸ばす。



だがその時、千紗の胸は“チクン”と小さな痛みを訴えた。そんな気がした。



「……………?」



その痛みの理由を、今の千紗には分かるわけもなく、不思議に思いながらも千紗は夫である彼に身を委ねた。




――『千紗姫様。恋とは、そういうものですよ。自分の気持ちに嘘をつけばつく程………苦しくなるものなのです』


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