祠を壊したら何故か祠の主に気に入られた話

宵宮祀花

学校裏の小さな祠

 学校の裏には、小さな祠がある。

 石の台座と木製の建物、シルバニアファミリーくらいのお社に、人間がくぐるにはだいぶ小さい鳥居。ミニチュアだって言われても違和感ないサイズだけど、誰かしら手入れをしているのか、年季のわりには綺麗にされている。

 築五十年の学校よりも古い、いつからあるのか先生たちさえ知らない祠だ。其処は山や森というには浅いけれど、半袖短パンで乗り込むには少し入り組んだところで、特に夏には草が伸び放題になるせいで、普段以上に近寄りがたくなる。

 そんな場所に、わたしは学校の先輩三人に呼び出されていた。


「お前さあ、一年のくせになに志築くんに色目使ってんの?」

「委員会が一緒だってだけでお前のことなんか何とも思ってないのに、面倒見られたくらいでいい気になってんじゃねーよ」

「鏡見たことある? お前みてーなブス志築くんだけじゃなく全男子お断りだから。身の程わきまえろよチビデブス」


 つまりはこういう理由で。

 志築くんというのはわたしも所属している図書委員の先輩で、副部長を務めている志築悠真先輩だ。サラサラのショートカットや優しげな目元、穏やかな雰囲気が主に先輩女子のあいだで人気の人。成績優秀スポーツ万能、おまけに実家がお金持ちとの噂で、志築先輩と付き合えたら一生の自慢になるとクラスの女子も話していた。

 わたしも仕事する上で話しやすいと思ってはいたけど、女子人気も知っていたから必要最低限の会話しかしていない。絶対こうなるって思っていたし。

 でも、それすら先輩たちは気に入らなかったみたい。


「お前なんかのこと本気で彼が相手すると思ってんの? ねえ」

「だ……だから、わたしは別に……」

「口答えしてんじゃねーよ!!」


 ガツンと耳元で音がして、視界が大きく揺れた。

 それからバキッと乾いた音が聞こえて、一瞬なにが起こったのかわからなかった。自分が殴られて、倒れたことは遅れて理解したんだけど。

 いまの乾いた音は何だろう。


「うわ、コイツ祠壊してんだけどぉ」

「ガチエグじゃーん、てか祟られんじゃね?」

「ぎゃははっ、ざまぁ~」


 先輩たちが笑いながらスマホで写真を撮っている。

 わたしは別に、志築先輩のことは少しも好きじゃない。っていうと、何だか語弊がありそうだけど。先輩としては頼りになると思うけど、別に恋愛関係になりたいって意味では全く好きじゃない。だって面倒くさい。それにマウント目的で付き合う人を選ぶとか意味がわからないし。

 それを言おうとしたんだけど、先輩は泣いて赦しを乞う以外の行動を取られるのが許せなかったみたい。

 一頻り無様な姿を見られて満足したのか、祠にもたれかかった格好で動けずにいたわたしの脚を去り際に一度蹴りつけて、楽しそうに帰って行った。


 暫く座り込んだまま呆然としていたわたしだけど、ふと気付いた。あの音は自分の体からしたわけじゃなかった。何処か折れてるような感じもしないし、殴られた左頬以外はどこも痛くない。

 じゃあ、なにがあんな音を立てるほどダメージを負ったのか。


「……っ! ヤバい、壊しちゃった!」


 慌てて顔を上げると、祠の屋根と壁の部分に複数箇所ヒビが入っていた。元々少し脆くなっていたのか、ぶつかった場所以外にもひび割れが出来ている。

 どうしよう。いまこの場にある草や枝でとかで直せるものじゃないし、かといってこのまま放って帰るわけにはいかない。

 まだこの時間なら学校に先生が残ってるかも知れないから、一先ず素直に話して、それから管理者さんを探そう。

 わたしは鞄から今日の調理実習で作ったクッキーを取り出すと、祠の正面に供えて手を合わせた。


「本当にごめんなさい。先生にお話しして、何とか直してもらいますので……どうかいまはこれでお許しください」


 普段お菓子作りをしない人間が授業で作ったヘロヘロのクッキーがなんのお詫びになるのかと言われたら、却ってふざけんなって言われるかも知れないけど。でも祠に肘鉄入れておいて、なにもせずにはいられなかった。

 足元に落ちていた鞄を拾い、最後にもう一度祠にお辞儀をすると、わたしは急いで緩やかな傾斜を駆け下りた。


「良かった、人がいた……!」


 学校に戻ると裏門から伸びる桜並木の根元で作業している人がいた。あの人は確か用務員さんだったはず。無造作に伸びた白髪交じりの黒髪をうなじで一つ縛りにした髪型と、グレーの作業着。それから無精ひげと眠そうな垂れ目が特徴的で、あんまり生徒と話しているのは見たことがない。


「あの……!」

「んぁ? どうし……マジでどうした!?」


 しゃがんだ格好でなにやら土をいじっていた用務員さんの背後から声をかけると、用務員さんは緩慢に振り返ってからの華麗な二度見を決めた。


「えっと……さっき学校の裏に行ってて、それで、あの……」

「待った。最初からちゃんと、落ち着いて、起きた出来事を順に話してくれるか?」


 用務員さんが立ち上がってわたしの肩を軽く払った。それから「ちょっと触るけどごめんな」と一言断ってから軍手を外し、髪やスカートの裾も払ってくれた。

 それで気付いたんだけど、殴られて倒れ込んだ上に慌てて藪を突っ切ってきたからあっちこっちに草や土がついていたみたいだった。自分でもバタバタはたいて土埃を落とし、スカートを見苦しくない程度に振り払う。


「すみません……」

「ま、取り敢えずこんなもんでいいかね。んじゃ、話してくれるか?」

「は、はい……」


 わたしは先輩三人から呼び出されて、祠の前で言われたことや起きたことを順番に話した。さすがに台詞を一言一句そのままとはいかなかったけど、委員会の副委員長相手に色目使ったという誤解から言いがかりを受けたこと、苛立った先輩がわたしを傘で殴って突き飛ばしたこと、それでよろけて祠を壊してしまったことを話した。


「その先輩の名前はわかるか?」

「え、っと……」


 わたしが言い淀んだのを見て、用務員さんは屈んで目を合わせた。


「言いづらいかもだけどな、そんだけ気性が荒いと他の子にも因縁つけてる可能性があるだろ? その子も自分一人が我慢すれば、ってため込んじゃうかも知れんよな。それでも証言が複数あれば指導もしてもらいやすくなるんだわ。勿論君が話したとは言わないようにする。……話せるか?」

「は……い、……」


 用務員さんの言い分は尤もだ。

 委員会で仕事の話をしたってだけであんな言われるんだもん。授業で同じ班の人やたまたま荷物を半分持ってくれただけとかの人まで敵視したりするかも知れない。

 わたしは周りをチラッと見てから、先輩三人の名前を告げた。

 一人は、中心人物っぽい浅間美佳先輩。この人が志築先輩のことを好きらしいけど具体的に行動してるのは見たことがないと思う。もう一人は、喫煙で指導されたとか他校の男子とラブホに行くのを見たとか、凄い噂がある高橋梨菜先輩。もう一人は、SNSでP活してると自分で公言している笹本亜紀先輩。

 二学年離れているわたしのところまで噂が流れてくるんだから、色々凄い。

 当然だけど、噂の内容までは用務員さんには話していない。あくまで噂は噂だし、今回の件には関係ないし。言ったのは名前とクラスだけ。


「了解。あとのことは俺に任せて、今日は帰んなさい。土日のうちに直しとくから。君は帰ったらちゃんとほっぺた冷やしなさいよ」

「はい。あの……ご迷惑をおかけして、すみませんでした。失礼します」


 ぺこりとお辞儀をして、わたしは学校の敷地を突っ切る形で正門へ向かった。



 そんな少女の後ろ姿を見送りながら、用務員の男はやれやれと溜息を吐いた。


「ふぃー危ねえ危ねえ。ああいう子は受けた被害を省略しがちだからなァ……」


 ポケットから煙草を取り出し、火をつけて深く吸う。

 煙を一つ吐き出してから、今度は別のポケットから三枚の札状の紙を取り出して、煙草をくわえたまま器用に文字を書き始めた。それぞれ文字を書き終えるとまず一枚手に取り、煙草の先端に押しつけて吸いながら、紙をジリジリ焼き尽くす。そうして綺麗に燃えたところで煙を吐き出すと、その煙はモヤモヤした狐の形となった。

 同じことを残り二枚にも繰り返し、彼の周囲には煙で出来た三匹の狐が完成した。大きさとしては成体のコツメカワウソくらいで、煙製だからか全体的に細長い。短い前足が可愛らしく、逆に目と耳は比較的大きめに見える。耳だけならフェネックだと言われてもおかしくないほどだ。


「いっといで」


 用務員の男が一言そう言うと、煙の狐はふわりと空気に溶けて消えた。

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