百合に挟まれない男

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【第1話】摂津雅斗は懊悩する。

このオレ、摂津雅斗せっつまさとには2人の幼馴染みの女の子がいる。

そして、そんな2人に対して、ある特別な感情の抱えている――


1人目のその名は諏訪崎美海華すわざきみみか

性格はまさに快活そのもの。

常に笑顔が絶えないようなヤツで、所属するソフトボール部でも、ちょっとだけ赤みの混ざったその健康感あふれるショートヘアを風になびかせながら、汗や泥に塗れることも気にせず元気に走り回っている姿がよく見られる。

オレのことを男だと認識していないんじゃないかと思うほどにスキンシップの激しい女で、しょっちゅう背中に抱きついてきては、その微妙に大人びてきた女体の柔らかさで思春期男子のナイーブな気持ちをクリティカルヒットしてくる。

しかし、最近はちょっとだけ様子がおかしくて――


2人目の名前は倉嘉雪乃くらよしゆきの

性格はちょい控えめ。と言っても、いつも隣にいる元気娘(美海華)と比較すればだが。

普段はぽんやりとしていることが多く、オレ達以外の人間ともあまり深く関わろうとしないが、その反動か、オレ達といるときだけは笑顔を見せてくれることが多い。

セミロングの黒髪は手に持てば崩れ落ちてしまいそうなほどにさらさらで、接近された際に漂ってくるそのシャンプーだか彼女自身のものだか分からない香りが、思春期男子のクリティカルをナイーブしてくる(つまりオレは混乱している)。

また、その…、美海華も最近は、大きくなってきたと思うんだけれど、そ、その…、雪乃の方は、その、さらに…、発育の方が――、いや、これ以上はやめておこう。


で、だ。

で、だよ?

そんな2人がさ。

そんな可愛い女の子2人からさ。


「雅斗っ!」


「雅斗くんっ」


毎日のようにこんな朗らかな笑顔見せ付けられちゃさ。


「………っ」


……、言わなくてもさ、分かるだろ?


「雅斗、アンタ何そんな所でモジモジしてんのよ?遅刻するわよ?」


そうやってけらけら笑いかけてくれる美海華の向日葵のような笑顔が眩しい。


「雅斗くん、早く来ないと置いていっちゃうよ?」


そうやってクスクスと微笑を携える雪乃のスズランのような笑顔が愛らしい。


「まったく、何やってるんだろうね、コイツは。放っといて先行こっか、ユキ?」


そうやって何気ない場面でも軽やかにステップを踏む――、そんな上機嫌さと元気さとが身体中から溢れて出てくるような仕草が実に可愛らしい美海華。


「うんっ!あんな変な人、私達知らないよね、ミミちゃん♪」


そんな一見すれば薄情な台詞も、こんな温もりと慈しみを詰め込んだような透き通った声で口にされちゃ、まるで説得力を感じないよ、雪乃。


「それよりアレよアレ。英語の課題!ユキはやってきた――って、聴くまでもないよね…」


美海華、どれだけの男子がお前のそんな魅力に惹き付けられていると思ってるか、きちんと理解しているか?

短いスカート翻して平気でそこら中走り回るのを横目で覗き見ている男子がどれだけいることか――、そして、そんな光景が目に入ってくる度に気が気じゃ無くなってしまうオレの気持ちも汲んで欲しい。


「もう~。また写させて欲しいの?そんなんじゃまた次の期末も赤点で補習だよ~?」


雪乃、お前がクラスの男子に『窓際の麗人』なんて大袈裟なあだ名で呼ばれていること、ちゃんと知ってるのか?

クソ、あいつらそんな高尚な体裁だけ整えて、実はその体つきの部分ばかりに視線向けまくってんの知ってんだからな。

なぁ、雪乃。ちょっとは警戒してくれよ。お前が男子連中から邪な目線を突き刺されている場面を目撃してしまう度に、オレは言いようのないむず痒さを抱えてしまっているんだよ。


「でも、そのときはまた、ユキと雅斗が2人がかり付きっきりで教えてくれるんでしょ~?だったらそのときになってから頑張ればいいかなって~♪」


「もう~!そんなこと言ってると留年しちゃうよ~?私、後輩になっちゃったユキにまでわざわざ時間割いて勉強教えたりしないからね?」


だって、オレは、2人のことが――


「え~!ケチ~!教えてくださいよ~、ユキ先輩~!」


「向上心の無い後輩さんには教えてあげません。そのまま来年もそのまた来年も1年生やってなさ――って、あれ?」


そんな、いつでもどこでも一緒に行動してきた、幼馴染み2人のことが――


「ミミちゃん、口のとこ、ご飯粒ついてるよ~?」


「え~?ん~、取って~?」


2人の、ことが――


「またそうやって甘えだす~。留年なんてするまでもなく、実は既に年下なんじゃないの――、ん…、取ったよ」


「ん~、あり、がと――、あむぅ♪」


2人の――


「ああ、もう、こらっ!私の指はご飯じゃないよ、ミミちゃん?」


「あむ、んむ…っ、ちゅるっ♪やぁだ!今日のおやつはコレにする~!」


ことが――


「ホント、もう…っ、そんな甘えん坊さんには、夕方のおやつは抜きだからね?」


「え!やだっ!昨日話してたリンゴのパイだよねっ!?食べたい食べたいっ!」


…………。


「じゃあ、課題はちゃんと自分ですること、いいね?学校着いたら横で教えてあげるから――、って、あぁ~、もう…っ、手びっしょびっしょ…」


「さー!いえっさー!あぁ~、リンゴパイ楽しみだな――、って、おろ?」


…………っ


「雅斗~?アンタさっきから何でそんな離れたトコ歩いてんのよ?ほら行こ?」


「ねぇ~、雅斗くんからも言ってやってよ~。じゃないと、このコまた補習まみれになっちゃう~」


お、おれは…っ、そんな、2人の、こと、が――っ




放課後、いつものように美海華の部活が終わるまで待ってから3人で並んで帰宅。


「ね、雅斗~?」


そして、今日は雪乃が手作りお菓子をご馳走してくれるとのことで、そのまま雪乃の部屋へとお邪魔していた。


「雅斗~?聞いてる~?」


しかし、雪乃の部屋――、以前よりもさらに女の子っぽい小物やインテリアが増えてるし、それに、なんかどことなく甘ったるい匂いするしで、全然落ち着けない…。


「雅斗ってば~?」


子供の頃はこの部屋で自由気ままに遊べていたなどと、今ではまるで信じられない。

オレ、何も気にせず雪乃のベッドに潜り込んで遊んでいた気がするけど、今にして思えば正気を疑わざるを得ない蛮行だろアレは。


「雅斗~?」


あぁ、このベッドによく3人で乗り込んで、くすぐり合いっことかしたっけなぁ…。

あの頃は、3人で乗っても余りあるくらいに広く感じたのに、今だと1人寝転べばもう限界だな――


「……、なぁに?ユキの布団に興味でもあるの?」


「なななななななな何をおっしゃいますか美海華サマ?そそそそんなことあるわけ、ないじゃありませんこと?」


「………、ふぅ~ん?そう、なんだ…」


オレとしたことが。

隣に美海華が居るってのに、何を呆けていやがるんだ。

バレるわけにはいかないんだ。

オレが雪乃をどういう風な目で見てしまっているのか――、それだけはバレてしまうわけにはいかないんだ。


「――、それより、ユキ、遅いね?」


「あ、あぁ…。バター切らしてたとかで、買いに行ってたんだっけか。近場のスーパーに買いに行ったのなら、そろそろ戻ってきてもいい頃合いだとは思うが、売り切れだった…とか?」


ふぅ…。

集中しろ、雑念を捨てろ、雅斗。

今だけは、その心を涅槃に誘うんだ!


「ん、と…、あっ!メッセージ着てた!ついでに夕ご飯の買い物も済ませたいんだってさ~。あと20分くらいで戻るってみたい~」


「そ、そうか。ま、まぁ…、パイが焼き上がった頃にはもう夕飯って時間になってそうだしな、はは…っ」


素数を数えろ。山手線の駅名を数えろ。歴代将軍の名前を数えろ。

大丈夫、オレは落ち着いてる。ちゃんとおちちちつけけてるさ…っ。


「………」


「………」


え?なにこの沈黙?

なんで急に会話が途切れてどことなくアンニュイな空気が流れてるの?


「………」


「………」


いや、これはアレだ。

最近何故か美海華と2人きりになると、時折こういう雰囲気になってしまう、アレだ、コレは。


「………」


「………」


ああ、雪乃の部屋に美海華と2人きりで、この空気はまずい。

理由を述べよと言われても解答に困ってしまうが、とにかくコレは非常にまずい。


「………、ふぅ…っ」


「……っ」


え?なにその「ふぅ…っ」って、耳にするだけでも熱を帯びているように感じてしまうようなその吐息は何!?


「……、ん…っ」


「……っ、……っ」


え?何なのこの空気感!?

理由は分からないけど、胸の左側辺りで未成年お断りセンサーがどくどく鳴り響いてしまっているんだが。


「……、ん、ふぅ…っ」


「…っ、……っ、………っ」


2、3、5、7、11、13、17、19、23、29――

品川大崎五反田目黒恵比寿東三国新大阪西中島南方中津梅田――

家康秀忠家光家綱綱吉尊氏義詮義満義持義量――

ああああああっ!?雪乃、早く帰ってきてくれええええ!


「――っ、ね、ねぇ、雅斗?」


「…っ、な、なんじゃ?」


しまった!将軍の口調がうつった!?


「――――、あの…、さ」


「う、うん…っ」


え?てか何この切り出し方。

何このいかにもこれから重要な話しますよ感あふれる妙に落ち着いた声。


「え、えっと――、ちょっと、尋ねたいことあるんだけど…、いいかな?」


「あ、う、うん…、ど、どうぞ?」


え?えぇ?

ちょ、ちょっと!?ちゃんとこっちの目を見ながら話してよお願い!

そんな――、頬をほんのり紅く染めながら目を微妙にきょろきょろさせるのやめない!?


「ん、っと――、ユキ、のことなんだけど、さ…」


「お、おう…」


ダメ!もうこれダメ!

カットだよ!こんな映画上映させられないよ!B○Oが黙ってないよこんなの!


「えっと、ぶっちゃけた話するんだけどさ…、いい、よね?」


「あ、え…、い、いい、けど…っ」


ダメに決まってんだろダメダメ!

ギブって言ったら許してくれる!?お願い許して美海華サマ!お願い帰ってきて雪乃サマ!


「――――っ、雅斗、さ…、ユキのこと、やっぱり…好き、なんだよね?」


「おうっ!もちろん好きだとも、友達としてなっ!」


でも、良かったぁ。

この解答、事前に用意しておいて良かったぁ。


「…………」


「お、おう!友達として…、友達としてなっ!うんうん、友達として…」


うんうん。

コレなら健全な空気のままこの会話を切り抜けられそうだ。

PTAもニッコリな友情物語でハッピーエンドだな!


「――、ウソ。女の子として好きなくせに――」


「そぉっ、んなことないけどねぇ!?」


やべ、盛大に裏返った。

オレ、こんな声出せたんだ。


「…っ!?や、やっぱり…っ!ユキのこと、好きなんでしょっ!?」


「ち、違う!違うから…っ!ほんとに…っ、好きじゃないから!綱吉に誓ってもいいから!」


やべ、誓う相手微妙に間違えた。

動揺が隠しきれねぇ。


「ね、ねぇ…、本当のこと、教えてよ…っ」


「いや!ほ、ほんとうに…っ、違うから!ユキは…、友達!そう、友達だから!友達として、好きなだけだから…っ!」


「……、ほんとう?」


あ、やめて。

その無垢な上目遣いやめて。

オレの陳腐な剥げかけのメッキをそうやってビリビリと破きにかかるのやめて。


「………、本当、だよ?」


ああほら微妙な答え方しか出来なくなったじゃん。

それ反則だから。女ってやっぱずるい。


「………、そう、なんだ――」


そこで最終的にはオレの返答を信じ切っちゃうのやめて。

良心の呵責で心も身体も粉々にされちゃいそうだからやめて。


「ふぅ~ん…、そう、なんだ――」


でも、なんとか乗り切った。

なんとなくここ最近の美海華の雰囲気からしてこういう質問が来るだろうという予感があったので、その際の会話を念入りに事前シミュレートしておいてよかった。

ふぅ、これでほっと一息つけ――


「――――、じゃあ、アタシのことは?」


「…っ!?ごほっ!?ごほっ!?」


やべ、最悪なタイミングで盛大に咽せた。


「………、え?何その反応?」


「い、いや、悪ぃ。さっき食った黒糖納豆ロールケーキが喉に絡まって――」


昼から何も食べてないけど。


「……、えぇ~?何よソレ~?」


「ははは、納豆ってなんでこんなに喉に絡みつくんだろうな~?きっと前世は蜘蛛か何かだったんだろうな~?ははは…っ」


「ふふ…っ、何言ってんのよ、バカ…っ」


「はは、ははは…っ」


「…………」


「…………」


「――で、さっきの話なんだけど――」


「ねぇ!知ってる!?昔、寺のお坊さんが納所で食べてたところから名付けられて、『納豆』って名前になったらしいんだ!だったら、もしお坊さんが便所で食ってたら、今頃は『便豆』って名前になってたかもなガハハ…っ」


「…………」


やべっ!?

ちょっとわざとらし過ぎたか!?

でも、自然と話をそらすなんてそんな高度な話術持ち合わせてねぇよ!?


「ねぇ…、答えてよ――」


「あぁ、いや…、だから、そのぉ…っ」


事前シミュレートだと、こういう場合は『美海華のことは大切な友達』と答えてすんなり解決って算段だったはず。

え?でもこの空気感でその答え出すのマズくね?

どう考えてもどう見てもどう感じても、その答えを繰り出してハッピーエンドの友情物語として完結しなくね?


「――――、ねぇ、もう…っ、いい加減、アタシの気持ちに気付いてるんでしょ…っ」


あ、コレ、ダメ。

コレ本当にダメなやつ。


「ユキに悪いって――、今までずっと、自分の気持ち押さえ込んできたけれど…っ、ごめんっ、ユキ…っ、アタシ、もう…っ、無理だよ…っ」


美海華の今にも泣きだしそうな――、そして、そこはかとなく切なげな表情が物語ってる。

ずっと心に押し留めてきた気持ちを、今ここで吐き出そうとしているのが、はっきりと見て取れてしまう。

だから――


「――――っ、雅斗っ!アタシ、雅斗のこと――っ」


「――――、美海華」


「――っ!?え?え?」


もう、この辺りが限界、か――


「オレから、言わせてくれ――」


「…っ!?」


そりゃ、まぁ…、気付いてたさ。

美海華の気持ちにくらい。

そりゃ、ここ最近の、昔とは毛色の違うスキンシップや、妙な含みを持たせた言動とか、そんな様子を間近で見せられ続ければ、さすがに気付くよ…。

でも――


「いい、よな?」


「う…、うん…っ!うんっ!うんっ!き、聴きたいっ!聴かせてっ!」


美海華がずっと心の内に告げられない想いをひた隠しにし続けてきたのと同じように、


「――、すぅ、はぁ…っ」


オレにも、ずっと口に出せなかった想いがあるんだ――


「すぅ…っ、ん…っ!」


だから、このオレの…、ちょっぴり情けないかもしれないけど、こんなオレの…、胸の内にずっと秘め続けてきた想いを――


「み、美海華…っ!」


「…っ!?は、はい…っ!」


聞き届けてくれっ!美海華っ!


「つ、付き合って、くれ…っ!」


「~~~~~~っ!!!」


「――――、雪乃、と――」


「~~~っ!~~~っ!~~~っ?~~~っ?~~~っ???」


こんなオレの、情けない、思いの丈を――


「………………、え?」


「付き合って、くれ…っ!」


「……え?誰が…?」


「もちろん、美海華だよっ!」


「え?誰と?」


「ゆ、雪乃と…っ」


「…………?」


オレの、ずっと、胸に秘め続けてきた、想いを――


「えっと…、誰と、誰が付き合う、って?」


「美海華と…、雪乃が、だよ…っ」


「…………」


「……っ」


オレが、ずっと、胸の内に隠し続けてきた――


「えっと、で…、誰と、誰が、付き合うって――」


「だからっ!美海華と、雪乃だって言ってるだろ!?何度言わせるんだよっ!?耳おかしいんじゃねえのか!?」


「アンタこそっ!頭おかしいんじゃないのっ!?何言ってんの!?」


あまりの恥ずかしさに思わず唾を盛大に飛び散らせながら叫んでしまったら、それ以上の勢いで叫び返されてしまった。


「は?え?えぇ?何言ってんの?アタシが…、ゆ、雪乃と…っ!?え?なんで?ちっとも意味分からないんだけどっ!?」


「し、しかたないだろっ!そうして欲しいって、思っちゃったんだからさ…っ!」


先程までの妙に甘ったるくて湿度感のある雰囲気は一気に消し飛び、部屋主不在の一室でオレ達は激しく怒号をぶつけ合っていく。


「いや…っ、え?だ、だから…っ、ていうか…っ、そういう、話じゃなかったじゃん…っ!?今は、アタシと、アンタの…っ」


「だってッ!しかたないだろッ!?」


「……っ!?」


あぁ、なんで、こんな――


「お前ら2人、いつもいつもいつもいつも…っ、自然とべたべた引っ付き合って…っ、躊躇無くぺたぺた触り合って…っ」


胸の奥のそのさらに奥底にまでしまい込んでいた想いまで――


「そんな――、そんなの、ずっと…、ずっと、見せ付けられ続けてたら、さ…っ」


誰にも…、誰にも言わないと決めていた、こんなにも恥ずかしい心の内まで――


「目醒めちゃうに決まってるだろッ!?」


「………、えっと、何に?」


「百合に、だよッ!」


晒さなきゃならないんだよ――


「え、えっと………、えぇぇ…?」







【あとがき】


例によって続きの執筆は反響大きければ!

続編気になる方はいいねと拡散ヨロシク!


ちょいエロ路線で書き進めていく予定です。

どこまで攻められるのかの線引きは分かってないけど…。

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