第5章:後日譚

第41話:新しい生命

 ゲーム世界・ルウの部屋。

 清潔なシーツが敷かれたベッドの上で、僕はこの世界に新たな生命を生み出そうとしていた。


 生命の木セフィロトの実を食べて種を飲み込み、ルウの精を注いで受胎した子。

 昨夜はその胎児にケイの精神を憑依させて、一緒にログアウトした。

 そうして無事にケイを救出した翌日、僕は再び【天使と珈琲を】の世界にログインしている。

 ケイが現実世界へ帰る扉となってくれた子を、ちゃんと産んであげたいからね。


 ケイも立ち会いたがっていたけど、天界はプレイヤーごとにチャンネルが違い、もうNPCではなくなったケイとは共有できない。

 ケイはまだメインクエストどころかチュートリアルもクリアしていないので、今はそっちをこなしている。

 このゲームはメインクエストをクリアすれば、プレイヤー同士の交流ができるオンラインゲームとして楽しめる。

 ケイとゲーム内で会えるのは、もう少し先になりそうだ。



 天界での妊娠期間はゲーム世界の時間で僅か1日。

 昨夜受胎したばかりなのに、翌日には出産という仕様なのは、鳥類を参考にしたとか、しないとか。

 天使たちは空を飛ぶために身体が軽量化しており、受精したらすぐ胎児が育って生まれてくるらしい。

 主人公の身体は人間だけど、生命の木セフィロトの種を使った妊娠の場合は、天使と同じように短期での出産になるんだとか。



「出産は凄く痛いからスキップできるけど、どうする?」

「スキップはしない。ちゃんと痛みを感じて産むよ」


 心配するルウに付き添われつつ、僕は現実世界では絶対に経験することがないであろう【出産】に挑む。


 根性値MAXなので、多分普通の人に比べたら痛みを感じてなかったと思う。

 それでも結構な痛みだけどね。

 天馬から落馬して全身打撲と複雑骨折したときよりは痛くなかったよ。


 それは、下腹部を内側から強く押されるような痛み。

 痛みには波があって、強く押された後に痛みが弱まり、また強い痛みがくる。

 その波に合わせて呼吸しつつ、強い波がきたら後押しするように踏ん張る。

 7回くらい踏ん張ったかなぁ?

 ひときわ強い波がきて踏ん張ったら、自分の腹にあったものがスルッと出た感じがした。

 後で聞いたら、かなり短時間の分娩で安産だったらしい。


「ヒロ、お疲れ様」


 ルウが微笑んで、僕の頬を撫でる。

 その腕に抱かれて元気な産声をあげたのは、ルウと同じ銀髪の嬰児。

 顔は僕に似てる……かも?

 性別は、タマタマが付いてるから男の子だな。


「君が頑張って産んだ子だよ、抱っこしてあげて。こうやって首の後ろを腕で支えるんだ」


 ルウにアドバイスされつつ、差し出された赤ん坊を抱いてみた。

 現実世界では赤ちゃんを抱っこしたことがなかったから、おっかなびっくりだ。

 大声で泣き続けていた子は、僕が抱っこしたら落ち着いたみたいに泣き止んた。


 どんな子に育つのかな?

 天界に生まれる子はみんな健康だから、この子も健やかに育つだろう。


「はい、口開けて」

「ん?」


 ルウが声をかけてくる。

 なんだろう? って思いつつ口を開けたら、生命の木セフィロトの実を放り込まれた。


「これで母乳が出るよ。赤ちゃんに初乳を飲ませてあげて」

「うん。……って、自分の胸が膨らんでるの、違和感しかないけど」


 生命の木の実には、ゲーム内時間で24時間ほど、身体を両性具有にする効果がある。

 BL作品で人気の「オメガ」とは違う。

 両性具有は、男性器と女性器の両方を持つ。

 昨日食べた実の効果は、出産を終えたら消えた。

 子宮が消えたおかげで、普通の女性なら産後に経験するという、子宮の収縮による痛みは無い。

 そして今食べた実の効果で再び両性具有になった僕は、女性のように膨らんだ胸の先端を赤ちゃんに吸われている。


「あと、良いお知らせだよ。水の大天使ジブリエルが誕生した」

「それは、サキが転生したってこと?」

「うん。この子と同じ時、生命の木から生まれてくる水の力を感じた」

「ってことは、親は?」

「いない」

「じゃあ、誰が育てるの?」

「多分、神殿の誰かだね」


 天使たちは生命の木から生まれ、基本的に両親はいない。

 サキも親はいなくて、神殿で育ったと言っていた。

 それが天使たちには普通のことなんだけど、僕は何故かサキと過去の自分が重なった。


 愛してくれる親は無く、独りぼっちで泣いていた、子供の頃の僕。

 ケイに拾われなければ、生きられなかったかもしれない育児放棄ネグレクトの子供が僕だ。


「ねえルウ、その子、一緒に育ててあげてもいい?」

「君なら、そう言うと思ったよ」


 僕の言葉に微笑んで答えるルウが、そっと横へ移動する。

 その後ろには、水色の髪の赤ん坊を抱いたファーが立っていた。


「抱っこしてあげて」


 微笑みながら、ファーが赤ん坊を差し出す。

 僕は初乳を飲み終えて眠ってしまった自分の子を隣に寝かせて、生まれたばかりの水の大天使ジブリエルを受け取った。


「『おかえり』って、言っていいのかな?」


 腕の中の赤ん坊に問いかけても返事は無い。

 後ろ頭に手を当てて胸に近付けてやると、赤ん坊はすぐに乳首に吸い付いた。

 コクコク飲んでいる顔には、サキの面影がある。


「神様が、前世の記憶は全て消したと言っていたよ」

「うん。その方がいいよね」


 辛い過去なんか忘れた方がいい。

 この子はこれから幸せになるのだから。

 うちの子として、楽しく元気に育ってほしいな。

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