第36話:レアンカルナシオン
もう、何が起こるか予想がつかない。
もはや僕が知っているシナリオなんて参考にならないぞ。
魔王は死ぬと肉体が塵と化して消えるのに、僕の腕の中で息絶えた彼の肉体は消えなかった。
それどころか、完全に死亡しているのに容姿が変化し始める。
え? 何?
まさかこのタイミングでファイナルバトル開始?!
容姿が変化するといえばラスボス2戦目だけど。
困惑する僕が抱く亡骸は、異形の怪物にはならなかった。
青年の体格から、僕よりも小柄で華奢な少年の身体に。
成人女性のような顔立ちから、あどけなさの残る少女のような顔に。
夜空より暗い漆黒の髪は、南国の海のような鮮やかな水色に。
地面に広がっていた血だまりや、サキと僕の身体に付いた血が消えていく。
変身が終わり、僕の腕の中でグッタリしているのは、ヨブ湖に浮いていたときと同じ少年のサキだった。
もしかして、今なら治癒の力が効くかも?
淡い期待を寄せて、僕はもう一度サキと唇を重ねて治癒の力を送り込んでみた。
ヨブ湖から助け上げた時は仮死状態で、キスをしたら蘇生できたけど。
今の彼は完全に息絶えていて、治癒の力は及ばなかった。
「サキ、闇から抜け出せたんだね」
優しい声に振り向くと、ファーが白い翼を羽ばたかせて空から舞い降りてくるのが見える。
ミカとウリも一緒に降りてきて、天使の姿に戻ったサキを見つめる。
「ヒロ、サキを天界へ連れて帰ろう。神様にその魂をお届けして、輪廻の流れに還してもらうんだ」
「サキは転生できるの?」
穏やかな声で言うウリを見上げて、僕は問いかけた。
【天使と珈琲を】には、転生システムというのがある。
これはシナリオ途中で死んでしまった攻略対象の救済措置で、そのキャラの好感度と記憶がリセットされる代わりに、似た容姿の別キャラとして生まれ変わるというもの。
「その姿に変わったということは、負の感情が消えて生まれ変われるってことさ」
ミカも穏やかに言う。
生まれ変われば、サキは過去を全て忘れる。
彼にとっては、それは救いだと思う。
「じゃあ、みんなで帰るか、天界へ」
「うん」
ケイに軽く肩を叩かれて、僕は振り向いて頷く。
サキを抱えて翼を広げ、空へ飛び立つ僕に大天使たちが続いた。
◇◆◇◆◇
天界の神殿・神の間。
きっと全て視ていたであろう神様は、サキを抱いて入ってきた僕を見て優しく微笑んだ。
「勇者よ、御苦労であった。
「はい。ありがとうございます」
僕が差し出す亡骸を受け取った神様は、愛し子を抱く聖母のような慈愛に満ちた微笑みを浮かべる。
神様が口付けると、サキの身体は光の玉に変わり、僕の周囲を何度か回った後、神様の背後に立つ大木へと吸い込まれていった。
瑞々しい緑の葉を付けた大木の、あちこちに光が煌めいている。
その大木の名は、
天使たちは皆、そこから生まれる。
サキの転生者は、再び水の大天使として生まれてくるだろう。
記憶は無くても、その魂に水の大天使となる役割が刻まれているから。
サキ、どうか来世は幸せに。
忘れられてしまうのは寂しいけれど、サキが苦しい思いをするくらいなら、全て忘れてくれた方がいい。
来世では愛し合える人に出会って、幸せになってほしい。
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