第35話:魔王化プログラム
【不屈の反撃】によるダメージ返し+光ダメージを食らった魔王は、地面に倒れたまま動かない。
でも、このまま終わりではない筈。
僕たちは、警戒しながら魔王の様子を見つめる。
サキの魔王化はイレギュラーだけど、ルウの魔王化プログラムを使ったものであれば、姿を変えてもう1戦あると思う。
インビディアも1度倒した後、姿が変わって2戦目があるし。
でも、しばらく様子を見ていたけど、魔王に変化は無かった。
胸と背中から大量に吹き出ていた鮮血の勢いが弱まっても、魔王の姿は変わらない。
異形の怪物に変わる筈だよね?
魔王化プログラム、どうした?
『ヒロ、もしかして君が何かしないとフラグが立たないのかもしれない』
一緒に様子を見ていたルウが、そんな念話を送ってくる。
ゲームシナリオの中には、主人公が特定の行動をしないと進まないものがある。
例えば、チュートリアルでのエミルに口移しで薬を飲ませる行動がそれだ。
しかし、あの時は村長から行動を指示する台詞があったけど、今は何も無い。
どうする?
今ここでするべき行動は何?
システムは僕に何を求めているんだ?
「ウリ、みんなを
「分かった」
僕はウリに仲間の防衛を任せて、単独で降下した。
ケイにかけた
もしかしたら、魔王が死んだと思った主人公が近付くとガバッ!と起きて変身するとか?
そんなことを想像しつつ、僕は魔王に近付く。
「どうしたの? 今から変身して2戦目じゃないの?」
地面に降り立ち、僕は魔王に話しかけてみた。
聞いてる内容が緊迫感ないけど。
体内の血液を大半失ったのか、魔王の出血は止まりつつある。
魔王は蒼白な顔で、仰向けに倒れたまま動かない。
多分、まだ死んではいないと思う。
何故なら、魔王は消滅してないし、魔王城も残っているから。
台本では、魔王を倒せばその肉体は黒い粒子となって散り、魔王城は魔界へ転送されることになっている。
「君は、何を待っているの?」
僕は魔王の傍らに膝をついて腰を屈め、その顔を見つめてまた話しかけてみた。
黒髪が肌の白さを際立たせる、美しい女性のような顔をした魔王。
その顔は、この世界から失われた
僕を愛してしまったと言って泣いていた、サキの顔だ。
『答えて。君は何を望んでいるの?』
サキであった者の頬を撫でて、僕は念話を送ってみた。
念話なら、肺をやられて声が出なくても、意識が朦朧としていても、多少は意思疎通できる筈。
これで反応が無いとしたら、仮死状態か本当に死んでいるかだ。
『キスを……』
「?!」
返ってきた答えに、僕は一瞬固まった。
念話だから、聞き間違えとかではない。
さっきまで殺す気で戦っていた相手に言う台詞か?
『君は誰?!』
『答えるべき名前は……もう捨てた……』
その言葉で、僕は今話している相手が魔王シャイターンではないと察した。
念話に答えている、彼は誰だ?
魔王化プログラムが起動すれば、AIは元のキャラの人格を消去して【魔王】の人格に変わる。
そのプログラムを保有していたルウから聞いたので、間違いないと思う。
じゃあ、今目の前にいるのは?
『ヒロ……約束を果たせとは言わない……ただ、キスがほしい……』
魔王と身体を同じくして、僕を「勇者」ではなく「ヒロ」と呼ぶ人格。
そして、望みの内容。
それはもう誰だか明らかだよね?
「サキ?!」
声に出して呼びかけると、ようやく魔王……否、サキが目を開けた。
返り血が付くのも構わず抱き起こすと、彼は微かな笑みを浮かべる
『えっ? サキ?』
『魔王の人格がさっきの戦いで消えて、本来の人格に戻ったのか?』
『魔王化プログラムに消去された人格が戻るなんて、普通はありえない……』
ルウとケイが念話を交わしている。
やはり今のこの状態は、通常ありえないことなのか。
『ヒロ……怪我をさせてごめんね……』
『やり返したから、おあいこだよ。それに今そっちの方が酷い怪我してるし』
僕の胸にもたれかかりつつ、サキは詫びた。
プログラムに操られてのことだし、僕も反撃したから、サキが謝らなくていいのに。
魔王に刺された傷は既にケイが治療して、今の僕には傷ひとつない。
一方、サキは胸から背中まで貫通した傷はそのまま、出血多量で瀕死状態だ。
『ヒロがキスして治癒の力を使ってくれたら、楽になるよ……』
サキは微笑んで言うけれど。
その言葉の真の意味を、僕は理解した。
『トドメを刺せってこと?』
『やはり騙されてはくれないんだね』
今のサキは魔王の身体。
治癒の力は純粋な光の力、魔王には回復効果は無くダメージになるだけだ。
『聖剣で心臓を刺しても逝けるけど、できればキスがいいな……』
『サキの人格が戻っているのに、殺すなんてできないよ』
魔王を殺す以外に、クリア方法が無いのは分かってる。
でも、サキに戻った者を殺すことを、僕は躊躇った。
『ヒロ、キスしてあげて。サキはもう助からない』
『介錯してやれ。苦しみを長引かせるのは可哀想だぞ』
ルウとケイが、念話で囁く。
致命傷を負った魔王を回復する術は無い。
僕の腕の中で、サキは寂しそうに微笑みながら命を終えようとしている。
『わかったよ。……サキ、せめて安らかに……』
僕は覚悟を決めて、サキと唇を重ねて治癒の力を使った。
それは天使や人間にとっては怪我や病気を癒す奇跡の力。
魔族や堕天使や魔王にとっては、生命力を失わせる力。
『ありがとう……ヒロ、愛してる……』
その念話を最後に、サキの命の灯が消えていく。
唇を離しても、閉じた瞼は二度と開かなかった。
満足して逝ったかどうかは分からない。
その死に顔は、眠っているように安らかだった。
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