第4章:勇者と魔王

第31話:暴風のフェイオ

 天使長ルウ・シフェルは神殿の大広間に四大天使と配下の天使たちを集めて、魔王出現とサキの堕天による捜索打ち切りを告げた。

 魔王の出現は魔物の増加と狂暴化に繋がる。

 大気や土壌や水質の汚染、疫病の流行など、人界は深刻な状況になるという。


 サキが持つ浄化の力は水だけでなく、水が染み込む大地や、気化した水が広がる大気も清める役割を担っていた。

 その力が失われた中での魔王出現は、これまで以上に人界の危機となる。



「彼はケイ・ルミエル。私の分身で光の大天使として魔王討伐に参加する者だ」


 ルウは天使たちにケイを紹介した。

 ミカとその配下の天使たちには一度面識のある相手、他の天使たちは初めて会う相手だけど、ルウの分身と言われた上にそっくりな容姿もあって、みんなすぐに存在を受け入れた。


 一方、サキ直属の部下だった天使たちは、慕っていた大天使が堕天したことを哀しみ、身を寄せ合って涙している。


「ケイにはサキに代わり、浄化の役割を担ってもらう。水の大天使ジブリエル配下であった者たちは、今後は光の大天使ルミエル配下として活動してほしい」


 そう命じられた彼等は、予測していたけれど辛い任務に頷くしかなかった。


 僕の気持ちは一向に晴れない。

 晴れるわけがない。

 サキの堕天の原因が、僕のせいだなんて。



   ◇◆◇◆◇



「ヒロ、魔王戦では、君がサキにとどめを刺してあげて」

「……?!」


 一緒に人界の見回りをしながら、ファーは言う。

 驚いた僕はすぐには応えられず、黙ってファーの顔を見つめた。


 ファーは堕天使になったサキと会話した者。

 短いやりとりの中で、何を悟ったんだろうか。

 どう答えていいか考えていた僕は、発動中の危険感知スキルで自分を狙う魔法に気付いた。


 回避スキル:空蝉の術


 直後、身代わりにした魔物が竜巻に捕らえられた。

 見回りついでに捕まえて袋に詰めておいた吸血コウモリが、竜巻の中から出られずパタパタ飛び回っている。

 回避後の僕とファーが視線を向けた先には、風の四天王がいた。


「おや、気付いたか。ボクもちょっとは存在感が出てきたかな?」

「そんな何回も捕まらないよ」

「そうかそうか、じゃあこれは返しておくよ」

「要らない」


 黒髪を風になびかせて、クスクス笑うのはフェイオ。

 言い返した僕に投げてよこしたのは、前回僕が着ていた服と靴。

 やっぱり、脱がせたのはこいつか。

 受け取らなかったそれは、森の中へと落ちていく。


「魔王陛下が君を御所望でね。来てもらわないとボクが怒られるんだよ」

「用がある時は自分で行く。君が怒られるかどうかなんて僕にはどうでもいい」


 これまでの四天王たちと違い、フェイオは大天使を殺すことよりも、僕の拉致を優先している。

 フェイオに拉致を命じるサキは、また僕に殺してくれと懇願するつもりだろうか。

 命じられたフェイオは、魔王の本心を知らないのかもしれない。


「大天使たちに同伴されたら困るからね。半殺しにしてでも君だけ連れて帰るよ」

「させるか!」


 瞬時に接近するフェイオが使ったのは、風スキルの【縮地】か。

 しかしファーが見抜いていて、移動先に矢を放つ。

 フェイオは紙一重でそれを躱した。

 その間に僕はフェイオから距離をとって反撃に出る。


「拉致監禁お断りだ!」


 僕は言い返しながら、スキルを発動した。


 絆スキル:大地の波動(改)


 それは、本来はウリと僕の2人の全ステータスを上昇させるスキル。

 単独で使えば、ダブル掛けとなり、上昇値は通常の2倍になる。


「レビヤタみたいに最後までヤッたりしないよ~裸は見るけどね」

「寄るな変態っ!」


 再び縮地で迫るフェイオの動きを見切って躱し、僕は次のスキルを発動した。


 絆スキル:浄化の炎龍(改・単体)


「うぁっ! 熱っ!」


 服や髪を焦がしたフェイオが、直撃を避けるのは想定内。

 既に次の攻撃射程内だ。


 絆スキル:光の裁き(改・単体)


「!!!」


 逃げた先で雷の直撃を受けたフェイオが、光に飲まれながら身悶える。


【光の裁き】は、大天使となったケイとの絆スキルだ。

 本来は存在しないスキルで、その攻撃力と浄化力は【浄化の炎龍】を追い抜いてゲーム内トップとなっている。


 純粋で強烈な光による攻撃に、フェイオの身体は白い灰となり、風に散って消え去った。


「失敗か。使えない奴め」


 ふいに、背後から声がする。

 僕は振り返る前から、それが誰か分かった。


「……サキ……」

「その名をもつ天使はもういない。私は魔界の王シャイターン」


 呟くファーに、サキと呼ばれていた者は言う。

 黒い髪と瞳をもつ青年の姿となった彼は、感情を捨てたように無表情だった。

 その背中には、大きな6対の黒い翼がある。

 メインルートではルウがなる筈の魔王よりも、女性的な印象がある魔王だ。


「勇者よ、戦う覚悟ができたら城まで来るがいい。私は逃げも隠れもしない」


 シャイターンと名乗る魔王はそう言うと、その場から忽然と消えた。


 サキは、魔王として戦う覚悟をしたんだろうか?

 浄化を担う大天使として人々から慕われた過去を捨てて、人界を蝕む悪魔になるつもりなのか?


 僕とファーはサキの変化に戸惑いつつも、フェイオ討伐成功報告のため天界へ帰った。

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