第1章:ヒロとケイ

PROLOGUE

 クリスマスが近い冬の日

 フワフワと、羽毛のような雪が舞い落ちる夜に

 僕は、彼と出会った

 誰もいない公園で

 ブランコに座って独りで泣いていた僕に

 彼は、声をかけてくれた

 お腹も心も空っぽだった僕を

 彼は、満たしてくれた

 寒さと不安で震えていた僕を

 彼は、温めてくれた


「君、行くとこないの? うち来る?」


 もしもあの日、ケイが見つけてくれなかったら。

 僕は今頃、どこで何をしていただろう?

 大人になる前に、死んでいたかもしれない。

 心が荒んで、悪い道へ進んでいたかもしれない。

 父の彼女(再婚してないから継母ではない)の暴言が嫌で逃げた夜、僕は初対面のケイに保護された。

 ケイは凍えた僕をお風呂で温めてくれて、美味しいシチューでお腹を満たしてくれた。


「家に帰りたくない。ここにいてもいい?」

「好きなだけ居てもいいよ。その代わり、家出のワケを話してくれるかな?」

「うん」


 僕は初めて優しくしてくれた人に縋った。

 父も母も父の彼女も、僕を無視するか怒鳴るかしかなかったのに。

 ケイは穏やかに微笑んで、甘えさせてくれた。

 凍えた身体を抱き締めてくれた腕の中は暖かい。

 優しく響くケイの声は、どこかで聞いたような気がする。


「僕は、いらない子なんだ」


 僕は全部話した。

 学校の先生にも言えなかったことを。

 ある日突然、母がいなくなったこと。

 途端に、父が知らない女を家に連れ込んだこと。

 その女は僕を嫌っていて、お前いらないとか死ねとか怒鳴ってくることまで全て。


「僕、死んだ方がいいのかなぁ」

「そんなことはないよ。少なくとも俺は、君に生きていてほしいと思うよ」


 また泣いてしまう僕を抱き締めて、ケイは優しく囁いてくれた。

 ケイは初めて、僕が生きることを望んでくれた人。

 こんなに暖かくて気持ちが安らぐ人に、僕は今まで出会ったことが無かった。

 大きな手で頭や背中を撫でてもらうだけで、幸せな気持ちになる。

 僕はそのとき、この人とずっと一緒にいられたらいいのにって思った。



「身体に傷は無くても、この子は言葉で心が傷ついているんです」


 翌朝、ケイは僕を連れて児相へ行った。

 虐待の報告をすることで、誘拐を疑われるのを防いだらしい。

 誘拐なんてこれっぽっちも疑われなかった。

 というか、父は僕がいなくなっても全く気にしていなかったよ。

 児相を通して僕の父に連絡した返事は、「あ~、いらないから、あんたが育ててくれよ」だったという。

 父はあっさりと親権を放棄して、僕を児相に託した。

 きっと今まで僕が邪魔でしょうがなかったんだろう。

 父とその彼女は、僕が家出したことを喜んでいたのかな。

 以降、父だった男とは面会すらしていない。



「俺が君のパパになってもいいかい?」

「ん~、パパはもういらないや。お兄ちゃんがいい」


 児相に預けられてしばらくすると、ケイが迎えに来てくれた。

 本当はすぐに引き取りたかったけれど、研修を受ける必要があったそうだ。

 書類上は養父と養子の関係だけど、僕はもっと近い関係が欲しい。

 僕には兄弟がいないから、兄が欲しいと思った。

 ケイは僕から「お兄ちゃん」と呼ばれる里親になってくれた。


 里親になるには、次のような条件を満たす必要がある。


 ・要保護児童の養育に対する理解や熱意、児童への愛情があること

 ・経済的に困窮していないこと(親族里親は除く)

 ・養育里親研修を修了していること

 ・里親本人または同居人が欠格事由に該当していないこと


 ケイはその全てをクリアして、僕を家族として迎え入れてくれた。

 一緒に暮らす家は、僕が生まれ育ったボロアパートと比べ物にならないくらい綺麗で広かった。

 庭園のあるお屋敷みたいな家は、ケイがひとりで資金を貯めて建てたものらしい。

 ケイは今まで独り暮らしだったから、僕だけが家族だと言ってくれた。



 一緒に暮らし始めて、少し経った頃。

 ケイの職業を知って、僕は何故その声に聞き覚えがあったのか分かった。


「お兄ちゃんの声、どっかで聞いた気がするんだよなぁ」

「ああそれは多分、俺が声の仕事をしているからだな」


 ケイは【声優】という職業の人だ。

 それも、かなりの売れっ子。

 有名どころのアニメやゲームに、声を提供している人。

 僕が見ていたアニメにも、ケイは出演していたんだ。

 かっこいいって憧れていたアニメキャラの声を、ケイが演じていたなんてビックリしたよ。


「僕も声のお仕事がしたい」


 育ててくれたケイの影響を受けて、僕も声優を目指したのは自然な流れ。

 声優はいろんなキャラになれる。

 人間だけじゃなく、ロボットや動物にもなれる。

 俳優よりも演じられるものの幅が広い声優に、僕はなりたいと思った。


 それはとても狭き門で、養成所を卒業しても必ずなれるとは限らない職業。

 多くの人がその道を目指し、夢叶わずに涙する世界。

 努力と才能だけじゃなく、【運】と【コネ】も必要なお仕事。

 売れっ子声優ケイに拾われた僕は、きっと運が良かったんだろう。


「俺も攻略対象に入ってるからな。主人公役はヒロがいいと思ったんだ」


 ケイの推薦で、僕はBLゲーム【天使と珈琲を】の主人公役でデビューとなった。



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