第2話:信頼

 耳を塞ぐ手を突破し、聞こえてくる2本ツノの魔物の雄叫びは天にも届くほどの魂の叫びであった。

「ぐッうぅッ!ほんとなんなの?」

 クレアは状況を飲み込めず、ただただ困惑していた。

 そんなクレアに気づくことなく、叫び終わった2本ツノは3つ目の魔物へ目を向ける。

「おお、さすが俺!まだまだ力は健在だな」

 2本ツノは右の頬が陥没し絶命している3つ目の魔物を見て、己の力が鈍っていないことを確認した。

「にしても、ここまででかくなるとは、この星は随分と豊かな星みたいだな」

「となれば、"あれ"はより一層成長してそうだな」

 ボソボソと独り言を続ける2本ツノの後ろで、クレアは2本ツノを観察している。

「(こいつは一体何?魔物?それにしては人間のような体つきだし、人語を発してるし、もしかして発見されてないだけでこんな魔物もいるの?…)」

 クレアがさまざまな思考を巡らせていたその時。

「ぐっ!うぅぅぅぅ!?」

 魔物は滝のような汗を流し、苦しみ始めた。

「まさ……か!あいつ(カイ)の意識がまだあるのか?」

「なぜだ!?俺のスキル<憑依>は入った体を乗っ取れるんだぞ!なんで、スキルのことすら知らんあいつに…」

 魔物は苦しみから地面に膝をつき、その体は徐々に人間のような体に変貌していく。

「(ッ!?あれってカイ!?)」

 2本ツノの魔物、ディノの体は徐々にカイの体へ変貌していった。

「はぁはぁ……なんとか取り戻せた」

 カイは手で汗を拭い、息を整え、冷静になる。

「あっ!そういえば、クレアは?」

 カイはあたりを見回し、クレアを探すが見つからない。

「もしかして、俺がのんびりしてたせいで、もう魔物に……」

 カイは動揺し、クレアを探す。

「クレアッ、クレアッ、いるなら返事してくれー!」

 クレアはそれに応じず、とっさに岩陰に隠れていた。

「(ごめん、カイ、さすがに魔物と一緒にはいられないよ)」

 体力を回復し終えたクレアはカイが魔物の姿になっていたことへの困惑と恐怖から、見つからぬよう逃げ出した。


 夜が明け、ギラギラと眩しい日差しが2日目の始まりを告げる。

「だめだ……見つからない」

「もう死んだんじゃねぇのか」

 突如、カイの脳内にディノの声がした。

「!?頭の中に声?」

「説明しただろ、俺は自分の魂を他者の体の中に入れることができるんだよ(普通はそのまま体を乗っ取るはずなんだが)」

 自身の能力が効かなかったことに疑問を持ちつつ、ディノは話す。

「こんだけ、長い時間、広い範囲、探し回って見つからないならもう死んでんだろ」

「だが、死体が見つかってない以上、可能性はあるだろ!」

「地面が割れてお前が落ちてきたように、死体がどっかに落っこちてるかもよ、もしくはお前と違って深いところまで落ちて落下死とか、踏み潰されて原型が残ってなかったりしてな」

「……」

「もう忘れろよ、仲間なんて、すぐに自分を残して死ぬようなやつらなんだよ」

 ディノは呆れたような声で、カイを説得する。

「ッ!……わかったよ」

 カイは小さい声でディノの提案に同意し、3つ目の魔物により、辺りがめちゃくちゃに荒らされたことから、別の拠点を探すために歩き始めた。

「また、俺のせいで……」


「なぁ、さっき聞きそびれたが、結局スキルってなんなんだ?」

 ほどほどの時間がたち、多少気持ちの整理ができたところでカイはディノへ質問した。

「あぁ、そういや直前で遮られてたな」

「簡単に言えば、ダンジョンが星から吸い取ったエネルギーの力だよ」

「星からエネルギーを?どういうことだよ?」

「あ?まさかそれも知らねえのか?逆に何を知ってるだよお前……」

 ディノは予想していなかった返しに驚きながらも、説明を始める。

「いいか、こいつ(ダンジョン)は超巨大な木だ。それも星に根を張って、その星のエネルギーを吸い取る木だ。もちろんこの星(チキュウ)に来る前にもいろんな星を渡って、エネルギーを吸い取ってきた」

「は!?」

 衝撃的な内容に言葉を詰まらすカイとは対照的に淡々と話を進める。

「そんでその吸い取ったエネルギーは魔石って石になって、ダンジョン内部に生成される」

「そんで、魔石は触れると特殊な力、能力(スキル)を使えるようになる。その魔石を食って生きてるのが俺たち魔物だ」

「つまり魔物はダンジョンに寄生して、星のエネルギーを摂取する寄生虫みたいな存在ってことか?」

「その例えは抵抗あるが、そんなもんだ」

「ていうか俺は、魔石のために、お前らが、ここ(ダンジョン)に来てるのかと思ってたが違うとはなぁー」

 ディノが落ち着いた声で喋り終え、ダンジョンや魔物についての真相を知ったカイはとある疑問を抱いた。

「もし、エネルギーが吸い尽くされた星はどうなるんだ?もしかして、滅ぶのか?」

「そうだな。草木は枯れ果て、水はなくなり、生物は、とてもじゃないが生きていけなくなる」

「そうか……ならどうにかしなきゃな」

 当たってほしくなかった予想が当たり、悩むカイに、今度はディノが質問する。

「俺も聞きたいことがあるんだがよ、お前、なんで意識取り戻してんの?」

「え?」

「普通は俺のスキル<憑依>で、俺が体の中に入ったら二度と人格の主導権は体の持ち主に戻らないはずなんだが」

「お前、そんなものを俺に使ったのか」

「焦って魔物との取り引きのリスクを考えなかったお前が悪い」

 ディノのスキルの詳細と彼の言葉に、カイはディノへの不信感が増した。

「正直、俺にもよくわかってないんだよ。何か特別なことをしたわけでもないし」

「なあお前、もしかしてさ、スキル持ってんじゃねぇか?スキルを無効化したのが、スキルなら納得がいく」

「でも俺はお前の言う、その魔石とやらをここ(ダンジョン)で見つけたことなんてないぞ」

「本当に見たことないのか?緑色で綺麗とも言い切れないぐらいの色合いした石だぞ?」

 その言葉を聞き、カイはある物の存在を思い出す。

「!もしかして、これのことか?」

 そう言い、カイはパンと交換したクレアの持っていた緑色の石のついたネックレスを取り出した。

「なんだよ、持ってんじゃねぇかよ」

 スキルのことについて何も知らなかったカイを利用しようと考えていたディノは落胆したような声をあげた。

「鴨が葱を背負って来たと思ってたのによぉー。期待はずれもいいところだぜ」

「もうそれならそれでいいや、頭ん中でスキルって唱えたらスキルの詳細出てくるからそれ使って確認しとけ」

 言われた通り、脳内でスキルと唱えカイは自身の持つ力について知る。

「<適応>?あらゆる環境や、あらゆる身体変化に適応する能力(スキル)。なるほど、これがあったからディノのスキルもどうにかなったのか」

「なんで、よりにもよってそんなん持ってんだよ。最悪な気分だぜ」

「俺の体、乗っ取ろうとしてたお前に一泡吹かせられて俺は最高にいい気分だよ」

「ていうか、お前、ずっと俺の中にいるつもりなのか?」

「当たり前だろ、スキルを解除したら、元いたあの地下に戻されちまう」

 そんな会話をしている2人をつけている人影があった。

「(内容はよく聞こえないけど、カイはなんでさっきから1人で喋ってるんだろ?)」

 その人影はクレアであった。

「(やっぱり、なんかおかしい人だったりするのかな。魔物の姿にもなってたし、人間ですらないのかも)」

 クレアはいったん逃げ出したものの、気持ちの整理がつき、改めてカイについて知ろうと後をつけていた。

 

 すると突然、近くから鷹のような声の悲鳴が聞こえた。

「!?なんだ、あの建物のある場所か!」

 カイはすぐに右方向にある古びた建物が建ち並ぶ場所へ全速力で向かい、クレアも隠れながらついて行く。

「誰か、誰か助けてくれぇぇ!」

「誰かァー!」

 向かった先には2名の受験者の男女が人間サイズの1本ツノの魔物の群れに襲われていた。

「あの人たち武器を盗られてる!このままじゃまずい」

 すぐにカイは魔物の方へ走り、群れのボスらしき魔物に飛び蹴りを入れ、注意を引き、男女を逃した。

 しかし、その隙にカイは、群れのボスの持っていた巨大な木の棍棒の一撃をくらい、近くの壁まで吹き飛んだ。

「ガバァッ!」

 腕の骨や、肋骨が折れ、血を吐くカイ。

「おい、俺にもっかい体使わせろ、こんくらいなら4秒で片付けてやる」

 カイでは勝てないと感じたディノはすぐさま自分に変わることを要求する。

「いっ……嫌だ」

「はぁ?何言ってんだよお前!?」

 要求を拒否されると思っていなかったディノは激しく動揺する。

「さっきはクレアを助けるために体を貸しただけだ、それにお前、俺の体乗っ取ろうとしてたんだろ、そんなやつに易々と体を渡せるか」

「それになりより……」

「試験くらい俺自身の力で、乗り越えなきゃ、姉さんが生きてても助けられねぇだろ」

「ッ!?そんなくだらねー理由で命捨てる気か!?冗談じゃねぇお前が死ねば中にいる俺も死ぬんだぞ!」

「これで死んだら、俺はその程度だったってだけだろ」

 カイはそう言いナイフを持ち、叫びながら、魔物の群れに向かっていった。

「うおぉぉぉ!」

「(ッ!)」

 すると突然、物陰から閃光が走る。

 その閃光は目に見えないスピードで魔物たちの急所をナイフで突き刺し、絶命させた。

「!?いったいなにが……」

 魔物を倒し終えると閃光はカイの目の前で止まり、カイはその閃光の正体を知った。

「クレア!」

 その閃光はクレアだった

「クレア、無事だったのか!?」

 カイは喜びながらクレアに質問する。

「うん無事だよ。それよりも、ごめんね、さっきは君のことが怖くなって逃げ出しちゃって……」

 クレアは自分の行動に落ち目があったことを謝罪し、カイは安心した顔で答える。

「全然いいんだ、そんなこと。生きいてよかっt……」

 言い終える前に、カイは度重なる疲労で前のめりに倒れるが、クレアはカイを受け止め、支えた。

「おっと、危ない。疲れたよね、今はゆっくり休んで」

「さあ、とりあえずは、安全に夜を過ごせる場所見つけなきゃね」

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