迷子の魔法使い
雨瀬和紗
第1話
「うーん…あと、ちょっと」
ぐぐぐっっと背伸びをし棚にある小さな箱に手を伸ばす。
「…と…れたっ!」
棚から箱を引っ張ると同時に、本が棚からこぼれ落ちる。床に落ちたはずみで、1冊の本のページが開かれた。
「っあ!!」
気づいた時には遅く、本から眩い光が溢れ周囲を包む。
どれぐらい目を瞑っていただろうか、一瞬だったかもしれないし長い間だったかもしれない。
眩しさでぎゅっと閉じていた目をゆっくり開ける。
肌に感じる日の暖かさ、人々の賑わい。明らかにおかしい。先程まで家の隣にある納屋にいたはずだ。
「これは、一体…」
今自分の前には見慣れない街並みが広がっていた。古びた小さな箱を手にして。
あの本が光る前かすかに見えた魔法陣と青紫の蝶。あの魔法陣は一体何を発動したのか…。
「はぁ…」とため息を溢し空を見上げる。
(太陽の位置的にお昼が過ぎた頃でしょうか)
どうしようと考えていたら、着ていた深い青色のローブのフードがもぞもぞと動き、中から白い小さなモモンガが姿を現した。モモンガは外の景色を見て一瞬フリーズした後、落ち着いた声で告げる。
「エレノア様、フードを被ってください。目立ちます。」
気づけば、エレノアの横を通りすがる人達にちらちらと見られていたようで、言われた通りフードを深く被りゆっくりと歩き出す。
辺りを見渡すと、街全体は綺麗に整備されている。エレノアがいる場所は市場のようで、出店と多くの人たちで賑わっている。中には人だけではなく耳と尻尾がある獣人もいるみたいだ。しかし、時々鎧のような装備をした見慣れない格好の人達とすれ違う。
「ネべ、あの剣や杖を持っている人たちは、何者なんでしょう。中には魔獣と契約して連れている人もいるみたい。」
「憲兵や騎士ではなさそうです。傭兵では?」
(傭兵か…)
「少し辺りを調べてきましょうか?」
肩に乗っているモモンガのネべが、首があるかも分からない小さな頭をコテンと傾ける。
「ありがとう、でも大丈夫です。そのままいてください。」
「分かりました。…しかしここはどこなんでしょうか。」
「ネべも分かりせんか。私はもうずっと、大きい街には行っていないのでどこか見当がつきません。」
エレノアにとって久しぶりの大きな街。次第に楽しくなってきて、不安から嬉しさが込み上げてくる。
「エレノア様、危ないことだけはしてはいけませんよ。」
ため息混じりに言うネべに対して、エレノアはふふっと笑う。
市場を抜けると大きな通りに出た。さらにそのずっと先に立派なお城がそびえ立っている。
(ここは、王都みたいなところですね)
通りには、さまざまな店舗が並んでおり、所々に色とりどりの花が咲いた植木鉢が置いてある。市場にも多くの花売りを見かけたが、この街は花に溢れているようだった。
「……。」
「ネべ?どうしたんですか?」
「…違和感を感じるんです。この街に来た時から。」
「違和感?どのように感じるのですか?」
「自分の中にある軸がずれて、背筋がむずむずするような…?」
ネべはうーん。と唸りながら毛繕いをする。
(軸がずれるか…。精霊だから気づけた違和感?)
周りの様子とネべの言葉。そして、あの本、あの魔法陣。思考を巡らせ1つの答えに辿り着く。
エレノアは、歩みを止め空を見上げる。雲ひとつない晴天が広がっていた。
「ここは、別の世界…?ネべの言う通り本当に軸がずれたのかもしれません。」
「どういうことですか?」
「私たちは魔法陣が発動したことによって別の世界に来たわけです。…あの本は世界の理について書かれた本でした。"世界の始まり神ユピテルはいくつもの世界を創造した。その世界は同じに様に見え同じではなかった"と記されていました。」
「まるで見てきたかのような言い草ですね。」
エレノアは軽く頷き、ゆっくり歩きながら話を続ける。
「全ての精霊は神ユピテルの眷属です。神の祝福で生まれその地に根付くと言われています。ここからは私の仮説ですが、地というのは、生まれた場所ではなく世界そのものを表していたのかもしれません。ネべが今、違和感を感じたのはその肉体が無意識に感じ取ったのでしょう。そして、あの魔法陣は世界を行き来する扉の役割を果たしていたのかもしれません。」
「確かに、初めて感じたことですが、そんなことがあるのでしょうか。」
「あるから、私たちは今ここにいるのでしょう。」
「…。」
「大丈夫、きっとなんとかなりますよ」
納得いってない様子のネべの小さな頭を優しく撫でてやる。そして、一際大きな建物の前に到着し、看板を見る。
"ビーネ商店へようこそ、品揃え豊富、鑑定買取受け付けています"
「幸い、文字や言葉は普段と変わらないようなのでよかったです。ネべ、お店に入るので隠れていてください。」
「分かりました。」
被っていたフードを脱ぎ、身を隠すためその中にネべが入っていく。
お店のドアノブに手を掛け引くとカランカランと扉についたベルがエレノアの来店を知らせた。
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