(13)
目を白黒させるノノヴィに対し、つい先ほどまで穏やかに微笑んでいたはずのエンプワーリから、不穏なオーラがにわかに立ちのぼってきているように見えた。
ノノヴィはこんな風に、やんわりと不機嫌だという表明をするエンプワーリを見たことがなかった。もちろん、前世でも。エンプワーリはいつだって穏やかで優しくて、どちらかと言えば不機嫌な相手を上手くなだめる役割を振られることのほうが、多いような気がする。
「心配してくれたのはうれしいけれど、私はノノヴィがノノヴィだってちゃんとわかってたよ」
「……ちなみに、どういう根拠で?」
「勘」
あんまりな答えにノノヴィが絶句した様子を見て、エンプワーリはあわてる。
「雰囲気とか、言葉選びとか含めての第六感で感じたってことだよ! そう、愛の力ってやつ!」
そのあいだも、ディードは腰をほとんど直角に折って頭を下げたままだったので、ノノヴィは気を取り直し彼に声をかけた。
「顔を上げてください、ディードさん」
促されて頭を上げたディードの顔は、やはり整っていたが、当初感じた冷たさを今は感じられなかった。
思うにこれが本来のディードに近いのだろう。エンプワーリの家にやってきて、ノノヴィが出て行く算段を立てたときのディードはただ必死だったのだ。エンプワーリがまた傷つく姿を見たくないがために、あせってしまったのかもしれない。
「わたしのことを信じられなかったのも無理はないです。『前世の記憶を引き継ぐ魔法』だなんて、前代未聞ですし。うたがうのは、当たり前です」
「しかし――」
「わたしは特に怒ったりとかはしてないです。エンプもそう、だよね?」
なにか言いたげなディードを遮り、ノノヴィはエンプワーリに話を振る。エンプワーリは不穏さをとうに収めており、今はまた穏やかな目でディードを見た。
エンプワーリはディードに対し、本気で怒っていたわけではなかったのだろう。ただ少しは立腹したから、腹いせにああいう態度を取ったのだ。そういう態度を取るということは、エンプワーリにとってディードはそれなりに心許せる仲だと捉えていることがうかがえる。
「私も別に、怒っていないよ。そんなにはね。ディードは大人ぶったしゃべり方をしても子供なんだから」
「――こっ! お、俺は子供じゃない……!」
「ノノヴィならなんとなくでわかると思うけど、ディードは見た目は普通の人間の大人とそんなに変わらないけど、実年齢は一〇歳だからさ」
「……ああ、今のわたしとそんなに変わらないんですね、歳」
花の一族は短命で、それゆえか身体の成長スピードは普通の人間や、石の一族とは異なる。思えば今のノノヴィが年齢のわりに発育がよいのは、恐らく花の一族の血を引いているからなのだろう。今のノノヴィも、普通の人間に混じって暮らしていたときは、実年齢よりも上に見られることが圧倒的に多かった。
ノノヴィとエンプワーリから、なんとも言えない温かい視線をちょうだいしたディードは、顔を引きつらせて「子供じゃない……!」と再度主張する。
エンプワーリはそれに「見た目ばかりは立派でまだ子供なんだから……」と小さな呆れと、心配を込めた声で言う。
ディードはそれに反駁することはなく、不満をにじませた顔で黙り込んでしまった。己の行いが浅慮な子供のしたことと断じられても、反論できないという自覚があるのだろう。そういった自覚ができるだけ、ある種の大人よりはよほど賢いと言えるが。
「ところで、どこまでがディードさんの意図した通りなんですか?」
「え?」
「花の一族の集落に住むところを用意してくれると言ってエンプワーリの家からわたしが出て行くようにして……あと魔獣が馬車を襲ってきたこととか……」
「そ、そんなのわざとするわけないだろう!」
ディードは目を丸くしつつ、存外の疑いをかけられたためなのか、少し裏返った声で否定する。
「単純にあの街が集落から一番近かったから指定しただけだ。集落は過疎化が進んでいるから一応の家もある。す、すべて本当のことだ!」
「ですよね。……一応確認しようと思っただけで、それ以上の他意はありませんので」
ディードはあせって上ずった声を出したことが恥ずかしいのか、ノノヴィから微妙にそっぽを向いて腕を組んだ。見た目ばかりは麗しい青年であったが、そういうところを見ると彼がまだ子供なのだということを実感する。
そんなディードをいつまでも落ち込ませたり、うしろめたい思いを抱かせたいという気にはなれなかったので、ノノヴィは自然とフォローするような言葉を口にしていた。
「まあ……お陰で前世の記憶も取り戻せたし、怪我の功名だと思って」
「本当に怪我をしているんだけれど。――ノノヴィ、油断した私も悪いけれど、本当に本当に、もうこんなことはしないでね?」
「それは……無理、かも」
「ノノヴィ……」
エンプワーリの目が悲しみに沈んだ。
ノノヴィが前世の記憶を完全に取り戻せたトリガーは、間違いなく「エンプワーリをかばって、魔獣に噛まれたこと」だろう。
あのとき、ノノヴィは――誤解を恐れずに言えば――なにも考えていなかった。体が勝手に動いた感覚があった。
魂があるのだとすれば、あのときノノヴィの体を動かしたのはそれだった。
「エンプだって、わたしが死ぬより自分が死んだほうがマシだって思うでしょ」
「それは……」
「わたしもそう」
エンプワーリが悲しむ顔をノノヴィは見たくないが、同じくらい彼が傷ついたり、ましてや死んでしまうところも見たくはなかった。
だがそれはエンプワーリも同じだろう。
「……ごめん。わかってる。エンプの気持ちを踏みにじっても、わたしはエンプを助けたかった」
「私も、君には死んで欲しくなかったよ」
「うん。わかってる。わたし、エンプのこと愛してるから、わかるよ」
ノノヴィの言葉に、エンプワーリは目を瞠った。
なぜならノノヴィのその言葉は、前世のノノヴィが最期まで口にはしなかった――できなかった言葉だったからだ。
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