りこの怖いはなし

月見こだま

第1話 のぞく黒い影

 六畳ほどの狭い部屋。壁沿いに置いてあるシングルベッドとその隣に学習机。扉側の横にクローゼット。そして本棚。フリースペースのほぼないここが彼女の部屋だ。

りこは背負っていたリュックを学習机のフックにかけた。彼女の通う小学校は六年間ランドセルを背負う生徒がいない。りこも現在五年生。ランドセルは三年生を最後に卒業してしまった。それはともかくとして片道30分も歩かないと辿り着かない学校は遠すぎないだろうか。りこは内心嘆息し、クローゼットを開けて私服を引っ張り出す。


(あーあ、私服で学校行けたらいいのに)


 そう思いながら、私服に着替えてハンガーに掛けた。毎日服を考えるのは大変かもしれないが、肩紐のある直線的なプリーツスカートもスモッグのような上着も好きにはなれない。スカートだって毎日履きたいわけじゃないのに、と本棚から漫画を五冊取り出してベッドに寝転ぶ。この部屋は元々姉の部屋で、一番日当たりのいい部屋だった。大きな窓が扉側から見て右側と真向いにある。真向い側の窓は、ベッドの位置からすると頭が向いている方だ。つまり、部屋の出入り口にあたる扉には足を向けている状態だ。正直眠るときはカーテンの隙間から真っ暗な窓の外が見えることがあるので少し怖いのだが、ベッドを動かすことがまず面倒だとこのままにしてある。

 とはいえ、まだ日差しは高く時期も暑さを残している季節。この時間に何かがあるわけもないと漫画を開いた。

 そうして三冊目を読み終えて、四冊目を手に取ったぐらいに誰かから呼ばれた気がして首を傾げた。

父と母はまだ仕事、姉と兄は学校、祖母はいつもの事ながらどこかへ出かけていて不在だった。

 この家には今、りこしかいない。二階建てとはいえ、玄関扉はりこの部屋の真下に位置する。誰か帰宅すれば音ですぐに気付く。

 気のせいか、と再度漫画に目を向ける。すると、今度ははっきりと


――――――ぉおぉおおおぉおおおおおおぉおおお―――――いぃ―――――


 と、声がした。

 それは喉から絞り出したような震えた声で、明らかに家族の誰かの声ではない。無視、無視、と漫画に集中するためページを捲る。


       ―――ぁああうぇああああああ  あああ …あああああ―――――


 気付け、と言わんばかりにまた声がした。あまりの声に、つい声の方を見てしまう。それは部屋の扉に居た。

 閉めているはずの扉から重力を無視して真横にぬるりと伸びている黒い影。煙のような、虫のような、もぞもぞとうごめく人の形をした“なにか”


 それに対して、りこは反射的に叫んだ。


「てめぇふざけんなくそが!明るいうちから出てんじゃねぇよさっさと失せろ!!」


かっと頭に血が上って叫んだのは単純なる罵倒だった。

 その瞬間、影は“ひいっ”と悲鳴を上げながら消えた。


 ふう、と息をついて、りこは再び漫画に目を落とす。視線の先で見えた時刻は16時44分だった。

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