変幻のアーティファクト
東金ヒカル
プロローグ 人生の転機
人生の転機とは、いつどこで起こるかなんて、誰にもわからない。俺は、たまたまつけていたテレビ番組に映る少女に、目を奪われた。銀色の長い髪が、彼女の動きに合わせて舞い上がり、その度に光を反射して、キラキラと輝いていた。彼女は長槍を軽々と振るい、敵を次々と倒していく。その一つ一つの動作が、まるで舞うようでありながらも、圧倒的な力を秘めていることは、素人目にもわかった。
実況の声が響く。
『ArteFactWars(アーティファクト・ウォーズ)』――それは、拡張現実(AR)技術を駆使し、仮想空間内で作り上げられた武器やフィールドを、現実のものとして具現化する新世代の競技だ。
『水無月学園、
彼女が長槍を振るう度に実況が熱を帯びる。
『
解説者の声が続くが、俺の耳にはもう何も入ってこない。ただ、彼女の姿だけが目に焼きついていた。敵を倒すごとに、彼女の動きがますます洗練され、冷たくも美しい氷のように、完璧なまでに研ぎ澄まされていく。その光景は、なぜか俺の胸の奥に、熱いものを生み出した。
「お兄、ねえお兄ってば!なにそんなに話聞いてる?」
ソファの隣に座っていた妹に声をかけられたことに気づかなかった。
「ごめん
「全くもう、ちゃんと話聞いててよね!」
光莉は怒っていることをアピールするかのように頬を膨らませていた。俺は申し訳なさそうに顔を曇らせる。
「でもお兄がこんなに真剣に何かを考えながらテレビを見てるの久しぶりに見たなあ……はっ!?もしかしてテレビに映ってる女の子に恋しちゃったかな!?」
さっきまでとは打って代わり今度は俺を煽るかのようにキャーキャーと騒いでいたので俺は光莉の頭を軽くチョップをした。
「あいたっ!?」
「恋なんてしてません!ただこの子の戦い方がすごくて、見入ってたんだよ」
頭を軽く擦りながら光莉はまた俺に言葉を返してした
「水無月学園ってうちの地元の学校だよね?すっごい頭のいいとこ」
「うん……県内でも有数な進学校だったはず」
『水無月学園』多くの有名大学への合格者を出すだけではなく野球、サッカーなどの全国大会にも出場をしている文武両道を掲げた学園である。勿論今見ているAFWのインターハイにも出場をしていてる。
その夜、布団に入っても、頭の中から彼女の姿が離れなかった。テレビ画面越しに見た、あの圧倒的な存在感。銀色の髪が舞い、冷たく美しい槍が敵を次々と倒していく光景が、何度も何度も脳裏に浮かんだ。
「……水無月学園、か」
俺は小さく呟いた。あの学校に通っている彼女と同じ場所に、自分が立つことができたら――そんな考えが不意に胸をよぎった。
「無理だよな……」
苦笑いが浮かんだ。水無月学園は県内でも有数の進学校だ。俺の成績で受かるはずがない。けれど、それでも心の奥底では、何かがくすぶり始めていた。
「……お兄、寝てる?」
光莉が部屋のドアをそっと開け、俺を覗き込む。
「まだ起きてるよ。どうした?」
「なんか考え事してる顔してたからさ……珍しいなあって思って」
「そっか……まあ、ちょっとな」
光莉は少しの間黙って俺を見つめていたが、やがて小さく笑って言った。
「水無月学園、受けてみたら? お兄ならできるよ!」
光莉の声が耳に響く。まるで何もかも簡単なことのように言われると、少し苛立ちを感じる。しかし、その言葉の軽さとは裏腹に、彼女の目は真剣そのものだった。
「は? 何言ってんだよ、そんな簡単なもんじゃないし……」
苦笑いを浮かべながら返す俺に、光莉は一瞬もためらうことなく言葉を続ける。まるで俺の内心を見透かしているかのようだ。
「やってみないとわからないよ! お兄はやればできる子、光莉は知ってるよ」
無邪気に笑いながら、彼女の言葉にはどこか揺るぎない自信がある。俺はそれに反論しようとするが、言葉が見つからない。光莉の言葉が妙に重く感じられる。彼女はただの妹だと思っていたのに、今はまるで俺よりも物事を深く見ているように感じる。
「やればって……あのなあ、興味があるのはAFWだけで、水無月学園じゃなくてもいいだろ」
自分でも分かっている。これはただの言い訳だ。光莉だって、それくらい察しているのだろう。彼女は勝ち誇ったように笑みを浮かべ、俺を追い詰めてくる。
「お兄はあの人みたいにやってみたいんでしょ?」
冬華の姿が頭の中に浮かんだ。長槍を自在に振るい、華麗に敵を倒していく彼女――その圧倒的な存在感が、俺の中で何かを揺り動かしているのは確かだった。だが、それを認めるのはどこか恥ずかしくて、言葉が詰まる。
「そりゃ……まあ……」
言葉に詰まる俺を見て、光莉はさらに畳み掛けるように続ける。
「なら無理とか決めつけずに、チャレンジしてみたら? 諦めたら試合終了だって、安西先生も言ってたよ!」
俺は驚きと同時に、苦笑せざるを得なかった。漫画の名言を引き合いに出すなんて子供っぽい。それでも、どこかその言葉が胸に響くのを感じる。そうだ、やってみる前に諦めるなんて、冬華のように戦う姿に憧れた自分に失礼だ。
「……そうだな、やってみる価値はあるかもな」
思わず出た言葉だったが、その声には自分でも驚くほどの決意が込められていた。光莉の目が輝くのを見ながら、俺は心の中で次の一歩を踏み出す準備を始めていた。
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