遥とキンモクの不思議な商店街

チューブラーベルズの庭

第1話 保護犬の譲渡会

 赤信号を睨みながら、はるかは心の中で叫んでいた。


(早く青になって……)


 カーナビは15時30分を指している。


「ごめんね、はるちゃん。せっかく大事な日なのに、仕事が長引いちゃって……」


 運転席のお母さんが、申し訳なさそうに呟いた。

 遥は、目にかかった前髪を指で払いお母さんを見る。


「ううん、大丈夫だよ」精一杯の笑顔を作る。


 お母さんがどれだけ大変か、ちゃんと分かっていた。

 小学四年になってから、お母さんはますます仕事が忙しくなった気がする。

 昼間の仕事以外にも、夕方はスーパーで働くので帰りはいつも遅い。

 困らせたくないから無理は言えない。

 だけど――。


 手汗でしわくちゃになったチラシを膝の上で丁寧に広げた。


(お願い……)


『保護犬の譲渡会 12時から16時まで』


 タイトル文字の下には子犬の写真。潤んだ目でこちらを見上げている。


(右に七本。左に六本……)


 子犬のひげの本数まで完全に記憶していた。

 この日が来るのを指折り数え、穴があくほど見続けたチラシだった。


 窓の外、風に乗って舞う落ち葉が映った。

 秋の冷たい空気が窓越しに伝わってくる。

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