第6話 地下猫神殿にゃぱりぱーく③
「であるからして吾輩達家猫は将来における潜在的な危機に直面しているといっても過言ではない」
吾輩を眼鏡をクイッと上げる。
そして白衣をぱさりと翻した。
手に指し棒を持ち、プロジェクター代わりになっている猫の王のお腹をパシパシ叩く。
お立ち台には猫型プロジェクターがお目々を光らせている。
投影されているのは人間がニュースで流していた折れ線グラフや円グラフだ。
「まず人類の先進国とやらは全て少子化と未婚率上昇という問題に直面している。一部の先進国は移民とやらを入れることで数字が改善したかのように装っているが、この未婚率は誤魔化せない。改善してないのだ。この問題を解決している先進国は存在しないと言っていい。まさに人類全体の病巣である」
「……少子化に未婚問題」
「相変わらず雪見大福ちゃんは小難しい話が好きやな」
反応はあまり良くない。
我が同胞の猫達はデータを重視することがない感覚派がほとんどだからな。
予想できたことだ。
吾輩も気にせず続ける。
「そして最近データも出てきた。これば『ペット飼っていない未婚の若者』と『ペットを飼っている若者』の未婚率を比較したモノだが、ペットを飼っている若者の方が未婚率が高い」
指し棒でペシペシとグラフを指す。
未婚率。
これが重要なのだ。
「これはペットが恋人の代用品としての役割を果たしているからだと言える。事実として人間は動物と触れ合うことで、恋人と過ごしているのと同じ脳内ホルモンを分泌する。幸せを感じるオキシトシン。癒しを感じるセロトニン。恋愛状態を引き起こすフェニルエチルアミン。特にフェニルエチルアミンは『恋をすると美しくなる』という言葉の根拠とも言われており、美容に良くダイエットにも効果がある。これらの効果はアニマルセラピーと呼ばれることもある。このようにペットを飼うメリットは非常に多いのだが」
「ふぇにるちるち安眠?」
「難しい! 難しいわ雪見大福ちゃん! 誰もついてこられへんよそんな話!」
「むぅ……難しいか」
あれだけいた聴衆猫達もすでに飽きてにゃんにゃんし始めている。
キャラメルマキアートの言葉は事実だろう。
隣で三角座りしているブラックサンダーは頑張って聞いてくれているが、すでに目玉をぐるんぐるんさせていた。
仕方がない。
吾輩は話を省略して次のグラフに移った。
「皆の者、小難しい話は止めだ。これを見よ!」
指し棒でペチンと突き刺した。
その先には犬と猫と書かれたグラフがある。
「これは犬どもと我々猫を比較したグラフである。なんと犬どもと比較しても、吾輩達猫の飼い主の未婚率が高いのだ! このままでは人間の愚かな政府とやら少子化対策のためにと、吾輩達猫に責任転嫁するぞ! 最悪は猫を飼うのを禁止。そこまではいかなくとも猫税などペット税を導入しかねない!」
ここまで言えば理解してもらえるだろう。
事実として犬税なるペット税を導入している国は存在する。
ペットは富裕層のモノという観点から税金とやらが課されがちなのだ。
そこに未婚問題が加われば猫を狙い撃ちした猫税が誕生する可能性がないわけではない。
由々しき問題である。
しかし反応が薄い。
ブラックサンダーは頭から煙を出しているし、キャラメルマキアートは首を傾げている。
これでもまだ理解せぬか。
「雪見大福ちゃん。簡潔に一言で」
「吾輩達家猫のご飯が減る」
その一言で、同胞猫達の反応は劇的だった。
ブラックサンダーは耳と尻尾を逆立てている
吾輩はすぐさま畳みかけることにした。
「ちゅーとろも猫缶もキャットフードも税金によって売れなくなり、数も種類も量もどんどん少なくなり消えていく」
そこまで言うと、後ろで寝ていた猫達も起き上がってみゃーみゃー叫び始めた。
ようやく吾輩の話の重要性を理解できたのだろう。
まったく。
結論だけ切り取って騒がれても困るのだが。
ここまでの吾輩の話は、本題に入る前の前振りでしかないというのに。
吾輩は指し棒をプロジェクターに置いて、右腕を上げる。
「同胞猫達よ! 悪夢のような未来を回避したくはないか!」
『みゃーっみゃーっ!』
「猫婚だ! 回避したくば猫婚を推し進めるのだ!」
『みゃ〜?』
「猫婚とは猫による飼い主の婚活斡旋活動である。問題となっているのは飼い主達の未婚率! 猫が出会いを作り、恋人とのかすがいとなる。猫を飼えば結婚できる。そういう状況を作ればご飯が減ることはない。むしろ猫が人間の若者達のマストペットの地位を確立するだろう。そうすればご飯の質が上がる。お腹いっぱい食べたいかぁー!」
『ミャーーーっ!』
「ちゅーとろ食べたいかぁーーっ!」
『ミャーーーーーーっ!』
「猫婚を推し進めるかぁーーーっ!」
『ミャーーーーーーーーーっ!』
うむ。
全体で大盛りあがりとはいかぬがプレゼンは成功した。
ミッションはこれにて完了である。
吾輩は意気揚々とお立ち台を降りようとした。
けれどそんな吾輩の背中を呼び止める声があった。
嫌な予感がして振り向くと、案の定そこにいたのはタイミングが悪いことでお馴染みのブラックサンダーである。
「ねぇ雪見大福。猫婚って具体的にどうやるの?」
「…………」
「…………」
気まずい沈黙が訪れた。
ブラックサンダーが吾輩の話を理解できたことも驚きだが、まさか一歩踏み込んだ質問をしてくるとは。
これだから此奴はダメなのだ。
色々とタイミングが悪い。
周りの猫も熱狂から覚めて、吾輩の回答を待っている。
「いやそんなことを吾輩に聞かれても知らんが?」
「えっ!?」
『みゃっ!?』
「だいたい簡単に結婚するのであれば、人間どももこんな問題に陥ってはおらぬだろう。その辺りは各猫の頑張り次第。ど……努力義務と言ったところで」
「……なんて無責任な」
『ふしゃぁーーーーっ!』
なぜだ。
なぜこうなる!?
なぜ起こっている問題に対して重要な提案をした吾輩を皆で責めるのだ!
「落ち着け同胞猫達よ! まさかとは思うが、まずは吾輩にやれと。吾輩が猫婚を成功させてやり方を示せとでもいうのであるか!?」
『みゃーーーっ!』
「お主らはそれでも猫か! 言い出しっぺだからと他の猫に責任を求めるなど言語道断! 恥を知れ恥を! 責任を他猫に求めるなど猫の風上にも置けん!」
『ふしゃぁーーーーっ!』
なんということだ。
同胞猫達は聞く耳を持たない。
自由で勝手気ままな猫マインドをここまで失っているとは。
猫は責任とかそういう類のものから最も縁遠い存在であろうに。
それにヘタレのちんちくりんであるニャコを結婚させるなど無理難題ではないか。
まずは全体的な機運を高めて、ニャコにはイージーモードで婚活してもらうのが、遠回りだが近道という吾輩の完璧な計画が崩れてしまう。
そのときだった。
猫の王のバッシュが動いたのは。
座っていた巨大なマンチカンの猫の王が立ち上がる。
二本足で立ち上がるとやはり三階建てに届くかもしれない。
その威容に騒いでいた猫は平伏する。
吾輩も膝を折った。
見上げるよりも平伏したほうがラクなのだ。
大きすぎて見上げていると首が疲れるので、ほとんどの猫は頭を垂れる。
『雪見大福よ』
「なんでしょう?」
『お主が猫婚の先駆者となるのだ』
「なっ……猫の王まで!?」
『犬に負けたままではおられぬのだ。思い出すのだ。あの南極の惨劇のことを。悲劇の南極猫たけしのことを』
「南極猫たけし?」
『……ついには同胞である猫にまでかの先駆者の存在は忘れ去られたか。戦後すぐ昭和の第一次南極観測隊、あの南極犬タロとジロのことは知っておろう』
「タロとジロ? 第一次南極観測隊? どちらも知らぬ。昭和とか大昔ではないか」
『…………』
「…………」
ジェネレーションギャップである。
『南極犬タロとジロは奇跡の生存などとドラマ化までされて持て囃された。同じ第一次南極観測隊には越冬した南極猫のたけしもいたというのに。日本に帰国して、日本で行方不明になったばかりに忘れ去られた。なかったことにされたのだ』
「ふむふむそのようなことが」
猫の王は吾輩の言葉を聞かなかったことにして続けたので、吾輩も適当に合わせる。
これでも空気を読むことには長けているのだ。
『あのときから持て囃される犬は我ら猫の敵となった。ハチ公像を三毛猫たけし像に変えてやろうか何度と思ったことか』
「猫の王よやめるのだ。たけし像では待ち合わせに使う人間達と全国のたけしが困ってしまう」
なんてはた迷惑な嫌がらせだろう。
『我ら猫は犬に負けるわけにはいかん。猫を飼う方が犬を飼うより未婚率が高いならば、絶対に改善せねばならん。わかったな雪見大福よ。これは猫の王として勅令だ。猫婚を成功させて飼い主を結婚に導いてみせよ』
「う、うむ。承知したのである」
こうして吾輩、雪見大福は猫婚の先駆者としてニャコの恋路を応援することになった。
やる気はゼロであるが、猫の王の勅令ならば仕方がないのであろう。
吾輩はただちゅーとろが食べたいだけなのであるが。
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カクヨムコン10
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