vol.3 -悼神記-
何、廃墟って?
(三人から話を聞く。)
「え」
「え」
「え、なんかぁ」
(ほぼ同時に、無作為に話し始める。)
「なんかさぁ、めっちゃさ、裏路地みたいなところだったよね」
「うん……角に」
「え、なんかさぁ、障子みたいのわかる?」
「うん」
「破れてる、みたいな」
「うん」
「うん」
「え、わかる?笑 わかってないじゃん、走り出してるの覚えてるもーん!」
「分か!るよ!」
「違うよぉ!絶対「わぁーー」ってなってたもん!」
「え、嫌だぁ!」
「え、ね、えどんな道だっけ、え違う、マックに行ったんだよまず」
「え?」
「あの会館を出て、公園で」
「あ、そーだ」
「2時間ぐらいぼーっとして」
「あー、うーん」
「あでマックに行って、」
「マックに行ってぇ、なんかそう30分くらいかけてマック行ったよね」
「えそう、めっちゃ遠くて」
「えマックだっけ」
「うん、マック、うん……えたぶん」
「でぇ、それで、え違う、でなんかさぁ、大っきい道に行って、ちっちゃいなんか道に入るときに、道になんかぁめっちゃ居酒屋っぽくあってぇ、その左の方に……」
(いつだったか。山をひとり歩いた記憶。静かな騒擾。どこが鳴っているでもない、山自体が戦ぎ靡いている。
(無作為ではあるが相互に。バランスを意識しながらこの子たちの出会った不思議は、植物がフラクタルしながら、距離を図り合って天蓋のパズルを完成させるように。慎重に、しかし快活に。空気を侵食し続けた。)
私は、山深く歩んで頭上を見上げ、その発見をした瞬間のように、固唾を飲んでこれから起こる何らかを観察した。)
「……おばあちゃんがいた……」
「ん、違う、そんな早くない、最初は「なんかちょっと怖いね」みたいな」
「え、結構序盤だったよね」
「序 盤(笑)」
え? 公園でぼーっとして?
(聞き流してはならない部分があった気がした。)
「その辺はまだ昼だよね?」
「うん」
マックに行って?
「マック行ってぇ、帰ろうとしたらもう夜に」
あ夜なの?
「夜になっちゃって……」
「でなんか暗くて」
「暗くて」
「裏路地……みたい」
「えなんかお祭りみたいのしてなかった?」
「えしてた」
「お神輿持ってぇ……」
「覚えてる」
「してたよね」
「お神輿が一番最初だ」
「あーお祭りしてるね、ってなって」
「うーん……ん街灯が何もないからめっちゃ暗くって、家の明かりぐらいしかなくて」
「居酒屋の明かり……」
「なんかそう、おばあちゃんがさ、ここにいてさ真ん中に、ちっちゃいおばあちゃん」
「座って……座ってでしょ」
「違う、下半身が無いんだって」
「え(笑)」
「なんか持ってる……」
「そう」
「なんか「顔がきれいですね」のやつだよ」
「そうだよ、知ってるよ」
「「こんなになって」……」
「「可哀想に」みたいな、「まだ若いのにねぇ」みたいな、 みんな老人なのに」
「周りの人に巻かれてるんだよね、周りの人に」
「そうそうそう!」
え??? 歩いていく先で遭遇したの?
「いやなんか」
「いやなんか、いるんだよね」
「道、狭い道の左の方に集団がいて、うちらはそこを通って」
「めっちゃ見られて」
「そうそう、なんかさ」
「なんか」
「九人ぐらい……座っててさ」
「六七人いたよ」
「なんか、「え、うちらのこと見えてんの?」みたいな感じでうちらのほう見られて……」
「えなんか壁のさ、とこに一人座ってさ、囲って…… 半円みたいな」
「そうそう…… そうそうそうそう、それで……そのおばあちゃんが」
真ん中に一人いんの?
「そう」
vvbvbゥ゙bboubouwoooowubbwオooobowvvvvウゥ゙ゥ゙bbbbbbbowoovv……bouwooゥ゙oowubbwボooobowvvvvヴ゙bbbbb……vbゥ゙bbouboウowubbwオ゙oowubbwオobbb
(重たくうねる音が、断続的に聞こえはじめる)
それを囲ってんの?
「そうそう」
「ちっちゃい……」
「でなんか、壺みたいな……」
「下半身のないおばあちゃんが……」
「いやあったから! ……マジで!」
で、囲まれてんのがおばあちゃん?
「箱を持ってた、おばあちゃんが」
「え? マジで?」
「いや……え?」
箱?
「えそう、なんか持ってて……で、包帯巻かれてて」
「他の人がおばあちゃんの腕を巻いてるんですよ、その」
「マジで六人ぐらい、みんなで」「みんなで一気にギョロって」
「ね」
「真ん中のおばあちゃんが「まだ若いのに、可哀想にねぇ」」
「「きれいな子だったのにぃ」みたいな」
「そうそうそうそう」
それは何に向かって言ってるの?
「え、わかんない」
おばあちゃんは包帯を巻かれてるの? 周りの人に? 腕?
「腕です」「で、持ってるの」
持ってるもんごと?
「いや、こうやって……え持ってるのは分かんないけど、とりあえずなんか勝手に、え、でも片手出したの?」
「……それは分かんない、でも、包帯巻いてて持ってたもの……」
「私はなんか葬式帰りだと思ったな」
ああ、壷? 骨壷?
「入ってると思った、うん」
「うちは生首に見えた」
「え」
「私はおばあちゃんは持ってなかった何も」
「え」
「え」
「めっちゃみんなで一緒に振り返ったから」
「みんなでさ、歩いてるときに、こうやって」
「え、しかも全員一気に振り返られて」
「で、怖くてうちら速歩きして」
「歩いたら、なんか血だらけの廃墟が」
「ギャーーーって」「なんかドーンって音して」
ドーンって音?
「後ろからメガホンみたいなので、ボウボウボウみたいな」
「そうそうそう!」
……その廃墟は何なん? 逃げてる時に廃墟があったの?
「空き地みたいのが……なんかもう右側が怖くて」
「右側真っ暗だったよね」
「なんか右を見てたら左も怖くなって」
みんな見てるもんがちょっとずつ違うよね、え? 下半身なく見えてたのが?
(一人が肯く)
箱は?
「持ってなかった」
「持ってた!」
「え、持ってた!」
「え、うちはおばあちゃん何も持ってなかった」
「えー! 怖い!」
包帯は巻かれてた?
「巻かれてた」
「巻かれてた」
「実は巻かれてない……私……」
「えー!」
「えー!」
…ッ、バチッバチッ、バチッッバチッ、ッチッバチッッバチッバチッ……
(炸裂音)
どこを旅したのだったか。
幽かな音である。立ち止まって聴くと、耳を疑うばかりの静けさを、山の中に感じた。見わたす限りの笹原。そう言う道に、私は、何を思ったであろう。私の旅に、そう言う山道を辿った事の記憶を、いつの場合もまじえないことはない。[…]そんなおりはよく、歌を思うて歩いている。そうだろうと思う。首を低れて、ひたすら歩いている。(折口信夫「山の音を聴きながら(東歌頌)」)
都市、神の存在しない神殿。
Idealism(Digitalism,2007)を聴こう。
甲高い電子音は神妙にリバーブしてゆく。音波は何にも干渉されず空間の限界まで響き渡るが、その反響に有機的な歪みは感じられないまま、構造物の境界が内側から明瞭になってゆく。音像が示す輪郭は虚無を浮かび上がらせる。耳を澄ませるのは私。中心の私以外には誰も存在しない世界。虚構。
音によって創り出された廃墟に、存在しないはずの神が顕現したような。エラーが教義であるような世界。
単なる静謐は無でしかない(逆も亦然り)。
ハイテンションなノイズの重たい層を超えて静謐の一極へと到達させるIdealismの最後までを聞き終えイヤホンを外すと、緑色の空気が涼しかった。
vvbvbゥ゙bboubouwオoooowubbwボウ……オオooobowvvvvウゥwubb゙ゥ゙bbbbbbbowoovvウオウゥ……bouwooゥ゙oowubbwボオoovvvウゥ゙ゥ゙bbbbb……vbゥ゙bbouboウowubbwボオ゙oowubbwオオooobobbbbowggggggwヴvvvvggoowovbbb……
都市と、山との中間に位置する市街地で、あの子たちは何と出会ったのだろうか。出会った不思議は、あの子たちに何を黙示したのだったろうか。
旅は続く。歌を思う。歩き続ける。
…ッッッチッ、バチッバチッ、バチッッバチッ、ッチッバチッッバチッバチッ……
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