【井上成美】フィリピンを攻略せよ①
井上成美は山本五十六から受け取った無線通信を読み返していた。
「アメリカ本土への奇襲成功。サンフランシスコの軍事施設は壊滅。お前たちの任務もまもなく始まる。次の作戦に備えよ」
暗号化された無線通信文には「アメリカ本土奇襲成功」と書かれている。堅実派を自称する井上としては、アメリカ奇襲に懐疑的だった。失敗したら、取り返しのつかないことになると。しかし、現に成功したとの通信が届いている。そして、「次の作戦」とは、井上率いる艦隊がフィリピン攻略に向けて進軍することを意味している。
上からの命令で、すでに艦隊はフィリピンのミンダナオ島ダバオ近くの沖合で進撃の合図を待っていた。井上の率いる艦隊の主力は大和型戦艦二隻だ。つまり、一番艦の大和、二番艦の武蔵だ。そして、精鋭の空母から零戦を飛ばし、フィリピンのアメリカ軍を駆逐、飛行場を確保をするのが作戦だった。井上はアメリカに隙を与えず攻撃したかったが、そうはいかなかった。
「よりによって濃霧か……。天は我を見捨てたか」井上は頭を抱えていた。
濃霧の中で零戦を飛ばすほど愚かではない。これは井上でなくても、同じ判断をするに違いない。天はアメリカに味方したらしい。井上は自分に言い聞かせた。「『急いては事を仕損じる』。必ずチャンスは来る」と。
翌日、井上は期待を込めて自室から甲板に歩を進めた。「今日もダメなら、アメリカ本土への奇襲が無駄になる」と半分自分を責めながら。井上を迎えいれたのは――これ以上にない晴天だった。広大な海原が目の前に広がり、視界は良好。しかし、それはアメリカ軍からも、こちらを視認できることを意味している。
「君、零戦の準備はどのくらい進んでいる?」
「八割ほどです。全部隊の準備が完了するには、あと二時間はかかります」近くの部下が敬礼をしながら返答する。
「八割か……」井上はつぶやいくと、ある言葉が頭に浮かんだ。それは、「段取り八分仕事二分」だ。それを今の状況に当てはめるのなら、段取りが不十分ということになる。このまま零戦を発進させても、アメリカ軍の返り討ちにあう可能性が高い。
確かに零戦の準備は不十分だ。しかし、大和型戦艦二隻はいつでも攻撃が可能だ。井上は意を決すると、こう号令をかけた。
「大和および武蔵はダバオに向けて全力前進! 航空部隊は準備ができ次第、零戦を飛ばすように」と。
井上の脳裏には最悪のシナリオが脳裏をよぎった。濃霧によって攻撃を取りやめた間に、アメリカ本土への奇襲の情報が敵に漏れているのではないかという懸念が。もし、そうであれば敵軍は迎え撃つ準備が出来ていて、井上は「飛んで火にいる夏の虫」だ。
井上は「大丈夫。こちらには大和と武蔵があるさ」とつぶやき、自分を鼓舞した。そして、こう続けた。「もし、敵艦隊が待ち受けていても、俺には秘策があるからな」と。
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