2章 コミュ障、世界に耳を立てながら自分のペースを確立する。
第10話 コミュ障、耳をすませば
夜恵もやっとこの生活に慣れてきたのか、朝起きてご飯を食べギルドに行って依頼を受け、依頼をこなして、ギルドに報告をして晩ご飯を食べて就寝――すでに元の世界と大差ない生活になってきており、今日も今日とて可愛い服を着せられて、夜恵はギルドの奥から出てきた。
「ふ~、朝のお仕事終わり」
「……」
受付のお姉さん――エルミー=ラインドット、夜恵はエル姉さんと呼んでいる。
そんなエルミーは最近ではことあるごとに夜恵に構うようになっており、その最たるが頼んでもいないのに服を持って来て夜恵に着せるというもので、今日も今日とて可愛らしい格好をさせられていた。
「いつも私のお古でごめんなさいね。子どもの時に着ていたんだけれど、もったいなくてずっと箪笥の奥に入っていたのよ」
「……はい」
「でも驚きましたよ、まさかヤエさんが女神様に誘われて別の世界からやってきただなんて」
知らないことがたくさんあった夜恵を訝しんでいたエルミーだったが、そのことに夜恵が面倒臭がって現状を話したところ、最初は信じてもらえなかったが、その日の夜になんとあの胡散臭い女神からご神託があったそうで、全面的に夜恵のサポートを提案してくれた。
その1つが夜恵の着せ替えなのだが、せめて男物を着せてあげてほしい。
「あの、他の、服」
「ヤエさん、あなたはとても小さいです」
夜恵は少し泣きそうになる。
「冒険者用のヤエさんに合った服のサイズがないんですよ」
「……はい」
「もう少しお金が溜まったらオーダーメイドしましょうね」
一緒に来る気満々のエルミーに、夜恵はため息を1つ。
そうして他愛もない一方的にエルミーが喋っているだけの雑談をしていると、夜恵の背後からそっと違付く影――。
「――っ」
「バッツおらぁ! 近づくなって言っているでしょうが!」
「なんでよぅ、俺もお話したいよぅ」
バッツ=クインドリーデンド、大きな体に小さな声、人を好んで殺していそうな顔に、虫の羽音が耳元で鳴れば全力疾走する程度には小さな心根。
そんなバッツは夜恵と仲良くなりたいのか、こうやって度々ヌッと背後から近づいてくる。
夜恵自身も別に嫌っているわけではないけれど、あの大きな体で気配もなく突然忍び寄られると驚いてしまい、話す間もなくエルミーに追い返されてしまう。
今日も今日とて、泣きそうなバッツをエルミーが押し出そうとするのだが、今日こそは夜恵も頑張るべきだろう。
「……あぅ」
「もうバッツさんただでさえ人相悪いんですから、ヤエさんが怖がっちゃうでしょ」
「俺怖くないよぅ。善人だよぅ」
夜恵は深呼吸を繰り返し、バッツを押すエルミーの腕をそっと掴む。
「ヤエさん?」
「だい、じょぶです。ただ、驚いちゃって」
「まあこんな大男いきなり現れたら怖いですよね」
「だってぇ」
「……あぅ、その、大丈夫、です。ただ、いきなり、忍び寄られると、その、困っちゃうです」
「ごめんよ、癖なんだよ」
この男、暗殺家業でも営んでいるのだろうか。
夜恵は深く息を吐き、心を落ち着かせた。
「……ヤエさん、無理しなくてもいいんですよ。この男、大きいくせに役に立たないから他の冒険者にはぶられていてヤエさんに目をつけただけですから」
「もっと言い方考えて!」
しかし夜恵は健気にもニコと無理に笑みを作ってバッツに微笑みかけた。
「――ッ!」
「バッツさんやっぱ近づかないでください。ちょっともったいないので」
「もったいないってなに!」
2人が騒ぐように声を荒げだしたから、夜恵はそっと2人から離れ、ギルドの奥の席――夜恵の定位置にて腰を下ろした。
この世界に来て早1週間、それでも夜恵のコミュ障は治らず、今日も今日とてあちこちに耳を傾けるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます