クトゥルー・クトゥルー 〜幻惑邪神戦記怪奇的青春譚〜
空黒白郎
第一話『荒城にて、仮面の下。』1
1
なんでこうなったのかは記憶が陥落して前後が思い出せない。
人ってほんとに死ぬ直前の境地になると何も動けないんだなと思った。
後悔と諦観と恐怖と、そしてそれと同じくらいまだ死にたくないという願望が疼いて胸から突き破りそうだった……。
「おい、やめろよ、もう、お腹いっぱいだろ、なんでだよ……」
舌が上顎に引っ付いて、このように言ってみたものの、まだ言葉が出ない乳幼児みたいに上手く喋れない。
周辺にはクラスのやんちゃな奴らが無惨にも喰い尽くされた亡骸に囲まれていた。
消化できなかった骨は、なんとも名状難い、鼻に突き刺すような磯の香りかもっと醜悪な臭いの粘液まみれで、街中で浴みかっける鳥の糞みたいに無造作に周辺に散らばっていた。
あいつらの断末魔と生きたまま丸呑みされて溶かされて死ぬ——。
それに全身が白骨死体だけではない者もいる。
リーダー格だった野村はそれに飲み込まれた仲間を救おうとした。
それは半透明で飲み込まれた物は外からも見える。
中で
近くに落ちてた鉄パイプを拾って、それを殴ろうとした。
が、それは口から何か唾液みたいなのをあいつの顔面に向けて吐き出した。
生きたまま硫酸ぶっかけられて殺されるとはこうなるものなのか。
胴体は他のやつと比べて白骨化せずに死んだが、苦悶で空を掴む両腕と、ゼリーかトマトを握りつぶしたみたいな、肉片があいつの白いパーカーに飛び散っていて、頭部はまだ焼け解けた悪臭が鼻に突き刺さる。
なぜこうなったかわからない。
だが、後悔してももう遅い。
蠢きながら不定形で、でも大きくて油滑った黒い粘液の塊。
獰猛なそいつは巨体の上部、頭と言っていいのだろうか、丸い部位の一点を凹ますと、その穴は深くなって、その周りに真珠のネックレスのように丸い玉をぼこぼこ出現させると、それはしゅるしゅると無数の触手が発芽し、徐々に伸ばしていた。口をつくって丸呑みする体勢は整った。
俺はずっと尻餅ついた体勢で廃工場のコンクリートの上を滑らせて後進していたが、背中に鈍い痛みが走った。
どうやら壁にぶつかったらしい。袋小路だ。
耳奥でずっと悲鳴が何度も鳴り響く。
断末魔はしばらく途切れることもなく、飲み込まれてからも長くて苦しみ続けていた。皮膚が溶けて筋肉が露出しても、脱出しようと必死に動かした四肢が腐り落ちて、そのまま溶け殺されるのを……。
それはゆっくりと距離を詰めていき、俺の番だ。最後の食事、多分それにとってのデザートだろう。
ケリケリケリケリケリケリ……。
俺を嘲笑っているのか、なんと悍ましいやつだ。
ついにの苦痛を味わうことになる。幼い子供が乱暴に玩具を弄ぶように食い殺される。
「……助けてっ」
ブジュルルルルルルルルルルルル!
またあの悪臭が今度は俺の顔を撫でる。
呼吸も止まりそうだった。
その刹那だった、ふと肌に切り刻まれるような冷気を感じた。
生温かい吐息と異なる恐怖とは違う感情を持った。それは希望打たのかもしれない。
その後一気に吹雪が一気に周辺に吹き荒れ、俺は腕で目を遮ることで必死だった。
その後に液体が飛び出る音と再び風を切る音、何が起こっているのか怖くて目を開けれなかった。
風が強く吹き荒れた——。
背後が引っ張られる。しかも俺のシャツの後ろ掴まれ足元が飛んでいく。ジェットコースターを後ろ向きで乗ったかのように、見えない背後で、宙に飛ばされている。怖くて目が開けられない。しかもぐるぐる回転している。少し胃から何か胃から込み上げそうになった。
今年16歳になるのに情けなく悲鳴を上げた。ずっと上を向いているのかわからなかったが、俺の身体が落下していくが、柔らかいところに着地して転がった。がするので野原にでも着地したんだろう。
少し匍匐前進のように地面を這いつくばってできるだけ状況を飲み込もうと動いていた。 三半規管がやられたのたぐわんぐわんと揺れる。
しばらく目が開けられなかったが、途端に右肩を軽く叩かれて少し飛び上がりそうになった。
肉を引きずったような足音は聞こえず、
「大丈夫かい、立てる?」
と声が耳に入った。人間の声、それもはっきりと歯切れのいい肝が座った声。よくわかららない……、けど命からがら助かった!
ようやく目を開けると、まず黒い手が目に入った。というより黒い手袋をつけているみたいだ。
金のボタンが規則的に無地の黒の上で並んでいた。学ランだ。中学生以来久々にその服装を意識した。妙に擦ったりしたのか生地がゴワゴワしている。
しかし寒くて目がしっかり開けれなかったから、最初は顔がわからなかった。
中学のときスキー合宿で初めて雪山登った際、空から降る雪を見上げようとしたが、それ以前に眼球が凍るくらい瞼が開けれなかった。住んでいる街とはちがい、空気が凍てついているからだ。それと同じだった。
しゃがんだ体勢から一気に立ち上がってみると少し、頭がくらくらした。無造作に俺は尻についた砂利を払い落としながら周りを見雪がほんのり降っている。
彼の手袋越しにひんやりとした感覚が肩にのっぺりと残ってる。
しかも肌が露呈していた首元と頬、それと両手が痛いほど冷たかった。多分冷気を直接受けていた。
助けてくれた人は仮面をかぶっていた。目の部位のところは紺色の渦巻きは筆で描いたかのように勢いがある。学ランの仮面男を目にして心臓も凍えた。
でも見覚えがある。その仮面をつけているとは、まさか、周辺に漂う冷気こそ、彼を示している。俺は彼の名前を口にした。。
「あ、あんたアイスマスク?」
そう、最近。最近といっても、俺ら高校入学のタイミング同じタイミングで現れた謎の覆面のヒーロー、アイスマスク。
SNSで目的情報が書き込まれて、拡散されて、全国の子供、学生の間で、この鬱屈して規制ばかりの今の世の中で、学生の鬱屈を晴らしてくれる
かっこいいしアイスマスクに命を助けられるとは一生分の運を使い果たしまったのか。 かっこいいという言葉がいっぱいいっぱい、ずっと頭の中を埋め尽くしていっぱいになってる。言葉が詰まって、沈黙していた。
非常に高い身体能力、または、冷気を使って対峙し、人命を助ける。
しかし、大人はあれを不謹慎だとかバカがやっているとか頑なに否定してばかりだ。でも俺らにとっては真逆の考えだ。
学校の先生は戒律を守らないからバケモンに襲われる、不真面目な奴ばかりが助かっているとか頭っ堅いことばっかり言う。
アイスマスクで子供と大人は対立してる気がするけど、そんな言い争いは耳塞いで、俺は大好きだ。
最近では封鎖されている渋谷で作業に当たっていた区の職員を誰、も死なせずに救ったことも知っている。ワイドショーはそれの話題で連日持ちきり。
それはさておき、その時俺は満面の笑みを自然と出ていたと思う。
こんなに感情が動かされるのは初めてだ。
彼は咄嗟に左手を上着のポケットに入れてた。動揺してたのか動かしていた。少し恥ずかしかったんだろうか。少し変な癖だ。
「あ、ありがとう、助けてくれて、僕も死ぬと思ったよ……。本当にありがとう」
彼は無言で頼もしく頷いた。
「しかし、——ゴスは油断はならない。いや、なんでもないよ。独り言。大丈夫、怪我はないかい?」
最初にでた単語は何を言ったかはきちんと聞き取れず、首を傾げそうになったが、丈夫であることを示すために強く頷いた。
ここんとこ常識はずれはことが起こってばかりで、加えて冷気を操る仮面男も驚くことはない。
「というか僕は……」
何かショックなことがあったんだろうか、本当に前後の記憶が思い出せないので、また言葉をうまく紡げない。
アイスマスクが眼中にいるのは驚きだが、
「まぁ、いい。悪い夢を見たと思った方がいいよ」
と俺の顔色を読みとったのかフォローしてくれた。
その時だった、またズルズルという何かを引きずるような粘膜の音。
「あ、危ない」
太く黒く濁った粘液の塊が、アイスマスクの背後に覗かしていた。
「こいつ、こんなところに隠れていたのか!」
瓦礫から滲み出た黒い液体は集まって泡立つ球体からおおきく、それは伸びまた寸胴で、触覚二本生えたあの姿へ戻った。
ケリケリケリケリケリケリ!
怒っているのかさっきよりも甲高い奇妙な鳴き声を出した。
アイスマスクは、俺にタックスするように飛びかかって、猛攻から逃れれた。
俺らがいた場所には白煙が上がっていて、コンクリートが氷のようにいとも簡単に溶けて、草木は焦げ臭い匂いを放ちながら焼けていた。
「厄介だな、こりゃ骨が折れるぞ!」
どこからか掴むように触手がこっちに伸びていくが、彼は慣れた足取りで、触手に回し蹴りを喰らわした。
怯んだ触手は痛そうにシュルシュル音を立てて、巨体のスベスベした胴体へ格納された。
「あの野郎!」
ドス効かせ怒り滲ませた後、学ランのポケットからコルク封の小瓶を取り出した。
透明のガラスには透き通るような群青の液体が入っていた。
彼は右手の手袋を外すと、素手で握りつぶした。
「おい、何してんだ——」
手の中で割り潰したから、そりゃガラスの破片で流血している。
すると、疾風が彼を包むと、血の赤色は抜けて、徐々に白くなり、鋭く長い槍の形状になった。
「スピードの勝負だ」
右手の指先が溶解したようにそこから伸びるランスで、彼は飛び上がった。
その時、雲に覆われていた夜空に、満月が覗いている。
その逆光にに照らされながら、宙で勢いをつけるために一回転する。
勇敢な月下の騎士とでもいうのか、幻想だが、明確に倒そうとする凶暴さも兼ね備えている。
あいつらを食い殺した化け物は、威嚇しようと、頭部の二本の触覚全体を赤く鈍く光らせて、先ほどのみんなを弄び食い殺そうとように飲み込もうとして、触手を伸ばしながら大きく口を開く。
旋回といったらいいのだろうか、右腕を突き出し、空気抵抗を減らすために全身の伸ばし、人力では不可能な超高速回転で、それまるで竜巻のようだった。
空間に穴を開けようとするばかりの青白い巨大な槍は、口内へ目掛けて貫いた。
ザンッ!と、聞いたこともない疾風の音とと共に、青白い光が一閃走った。
バケモノの巨体に全体に広がる一気に切り裂いた。粘液が血潮のように吹き溢れる。
びちゃびちゃびちゃ、と水風船がド派手に割れたかのように、体液というものが弾け溢れ、地面に流れて不気味な水たまりを作った。
衝撃は凄まじくて、野原から浄水場跡地にまで衝撃波が来て、しかもバキバキとコンクリートに稲妻のように亀裂が大きく入ってたのも、背後を振り返らなかったら分からなかったかも。
雑草一面に黒く異臭は放つ液体はさらにどんどん流れ広がる。
人影は空を舞い、また一回転して着地した。
王に頭を下げ、忠誠を誓う騎士のように中座した体制から、ゆっくりと立ち上がった。
その中心で、青白い光は薄まり、彼は何一つ怪我を負わず、肩で息を吐いていた。
右手は流血の代わりに、冷気の青い白煙を漂わせていた。
「いやー、結構飛び散らしてしまったね。服は汚れてないかな。人を喰っているから汚れてたら捨てた方がいいよ。ごめんね、まだ本領を出しきれていないみたいだ。申し訳な——」
謝る彼に食い気味に、
「俺は大丈夫だし汚れてない。ありがとう」
感謝を伝えた。すると「ふふ」と微笑んだように少し仮面が小刻みに揺れてから、
「僕はまだ安心はできなけどね……」
やれやれと肩を落とす。
月光をバックに、彼は力強くこちらに向かって一歩一歩を強く足を踏む。
このままで彼が去っていったらどれほど良かったのか。覆面ヒーローのままでいたのに。
まぁ想像はできないが幾分とマシだったと思う。
俺のことを心配してくれたのだろう。少し厚かましいなと思った。
卵の殻を踏み潰すような異音が聞こえた。
「あ……」
彼は必死に顔を押さえ込もうとしたが遅かった。亀裂は真っ直ぐ、そこから枝分かれするように走り、
「しまった……」
覆面ヒーローがまさか素顔を見せてしまうなんてドジなことが起こるなんて思っもなかった。
軽やかな音を立てて、細かく《ルビを入力…》砕けた仮面の破片は彼の両手からすり抜けて降りていく。
それに、露呈した素顔は、素顔は……。
いつも教室の片隅で独りになって本読んでいて、無口で地味なのに、変な雰囲気漂わせて逆に目立っている……。
俺のクラスにいる五組出席番号四番目の久遠寺忍だった。
丸メガネがかけていないが、鼻が高く、目が大きくくっきりとし、頬がシャープで、怖くてきで、女子の好評な整った顔のアイツはすぐわかった。
「久遠寺、お前、何してんの」
時を遡ること、今日の朝。
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