マリア

第1話

「ねぇ、聖也まさやってばぁ…ちゃんと聞いてる〜?」


「聞いてる」


「嘘ばっかりっ!さっきから上の空〜って感じじゃんっ!!」




ある昼下がりの都会の街…派手なシャツのボタンを胸元ギリギリまで開け、ファーのコートに身を包んだ聖也と呼ばれる男は、隣に自分に見合う格好をした派手な女を連れて歩いていた。




「聞いてるって。バッグが欲しいんだろ?」


「欲しいのはバッグじゃなくて時計!でっ、バッグはこの前の誕生日にもらったっていう話っ!!やっぱり聞いてないじゃん…てゆーか今日ずっとそんな調子だよねっ?何かあった?」


「べつに」


「あっそ。どーせあっても教えてくれないんでしょっ?」




聖也が上の空なのは無理もない。

というのも…実は今、彼は初めて本気の恋をしている。

恋をしていると言っても、聖也が勝手に一目惚れをしただけで、相手がどこの誰なのかもわからない。

わかっているのは、綺麗な黒髪に緩くパーマがかかったロングヘアであるという事と、ほのかに甘い香りがした事。

それと小さな男の子を連れて歩いていたという事だけ。

一度すれ違っただけの彼女に聖也は完全に惚れ込んでしまったのだ。

もう一度会いたいがどこへ行けばいいのかわからない…そのため、以前すれ違い今実際に歩いているこの通りをよく訪れるようになった。

ここにいればその内また会えるような…聖也は何となくそんな気がしていた。




「それよりお腹空いちゃった〜。どっか食べ行こうよ?」


「その内な」


「その内じゃなくて今の話してんのっ!またボーッとして…どっか具合でも悪いんじゃないっ?」




彼は通りを見渡しながら歩いているため、隣にいる女の話など一切耳には入らない。

頭の中はあの時の女性の事でいっぱいだった。




「ねぇさっきから本当にどうしゃったの?マジで怖いんだけど…」


「だから何でもないって……」




その時、前方からこちらへ向かって走って来る男の子の存在に気付き、聖也は思わず足を止めた。




「ママ早くーっ!……!?」




その男の子は後ろを振り向きながら走っていたため、その場で躓いてしまった。

いつもならこんな事はないのだが、聖也は迷わずその子の元へ駆け寄り手を差し伸べた。




「大丈夫か?」




なぜならこの男の子こそ、あの時すれ違った女性と一緒にいた男の子であり、そしてママというのが……




「おじさん、ありがとう。ママー!」




今聖也を夢中にしている綺麗な黒髪の甘い香りがする彼女だ。

やっと見つけた…そんな想いでいっぱいの彼は、思わず彼女をじっと見つめた。

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