第46話 相応の敬意


「おそらくだが、イザベラ=セラフィーナから俺に性的暴行を受けたとかいう訴えがあったんだろ。証拠は乱暴された際に俺の白衣についていたボタンを引きちぎったとかか?」


「うむ、その通りなのじゃ」


「やはりか」


 俺が予想していた通りだったな。


 昨日イザベラが俺に抱き着いてきた理由は暴行を受けた証拠として俺の白衣についていたボタンを盗ることだった。ガリエルとその取り巻きであったロッフを退学処分にした恨みで、俺に無実の罪をきせるつもりだったのだろう。


 もしも俺があのまま抱き着いていたり、イザベラに手を出そうとしたりしていたら、別の証拠を握られていたかその場で大声を上げられていた可能性もあるな。


「この学園での教師生活は悪くない。真っすぐに魔術を学ぼうとしている生徒も多くいることだし、ここに残るためにもそんなふざけた訴えを認めるわけにはいかないな」


「おお、ギルがそう思ってくれるようになって妾も嬉しいのじゃ!」


 確かに初めはアノンの借りを返すためだけのつもりだったが、思っていたよりも今の生活は悪くない。魔術を研究する時間は減ってしまったが、魔術の道を進む若人を導くというのもやりがいのある仕事だ。


 最初はこの学園をクビになるのなら、魔術の研究に戻れるし別に構わないと思っていたが、今この学園を去るのは多少の未練が残る。自主的に放課後に残って勉強会に参加してくれる生徒までいるわけだしな。


 さて、今は俺の臨時教師としての義務を果たすとしよう。






 セラフィーナ伯爵家の家の者が来るのは昼過ぎだ。午前中は普通の授業が行われる。


「それでは本日の基本魔術の授業を始める」


「「「………………」」」


 現在はBクラスの基本魔術の授業である。


「……あの、違ったら大変申し訳ないのですが、ギーク先生なのでしょうか?」


「おかしなことを言うな、シリル。どこからどう見ても俺だろう?」


「どこからどう見てもギーク先生には見えないのですが……」


 なぜかシリルが俺のことを見てそんなことを言う。そして他の生徒もなぜかポカンとした様子で俺を見ている。


「ふむ、確かにいつもの白衣を着ていないからな。普段よりも変に見えてしまっても仕方がないか」


「いえ、いつもの変な格好とは異なり、とてもまともな格好をしていたもので、つい」


「………………」


 ふむ、どうやらシリルにはあの白衣の素晴らしさがまだ分かっていないようだな。


 今の俺はいつもの白衣姿ではなく、こちらの世界の正装をしている。普段とは違って、無精ひげも剃って髪もまとめている。


「今日はこの授業のあとに生徒の保護者が来るものでな。俺なりにちゃんとした格好をしてきたつもりだ」


「……意外ですね。ギーク先生ならたとえ貴族である保護者の前であっても、いつもと同じ格好をすると思っておりました」


「貴族なんてものはどうでもいいが、こちらはこの学園で君たち令嬢や子息を預かっている立場だからな。保護者の前では多少なりとも身なりや言動には気を付けるものだ」


 教師は授業で生徒たちに教えるだけでなく、保護者と連携したり、理解を求めなければならないことも多々ある。どうしても家庭のことに関して教師は関われないことが多い。


 日々の授業の格好はともかく、そんな保護者たちに会う時くらい相応の敬意を払うのは教師として当然のことである。


 もちろん相手がまともな保護者であればの話だが。


「こういった服を着るのは久しぶりだからな。どこかおかしなところはないよな?」


「と、とっても格好いいと思います!」


「平民にもまともな服といったところだな」


 メリアは素直に褒めてくれ、ゲイルは憎まれ口を叩く。


 馬子にも衣装的な意味だろうか? だがまあ、そこまでおかしな格好ではないようでほっとした。なにせ俺にはファッションなんてさっぱりだ。


 この服装は街の店で見繕ってもらったものだ。購入したのは少し前だったから不安だったが、生徒の反応を見るにそこまで問題はなさそうだ。


 さて、このあとはどうなることやらな。

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