第37話 真摯な謝罪


「おお、ギルか。すまんな、しばらくは忙しくて、デートができそうにないのじゃ……」


「………………」


 学園長室へ行くと、アノンのやつが机の上にある書類の山に文字通り埋もれていた。背が低いから、顔が見えない。


 憔悴しきった声だが、冗談を言えるくらいだからギリギリ大丈夫そうだ。


「エリーザとソフィアにマナティのことは話したぞ。少なくとも本人たちはアノンに責任を求める気はないみたいだ」


「……余計なことはしてないじゃろうな? いくらギルがあの2人を助けたからといって、あの教師を雇っていたのはこの学園の責任じゃ」


「安心しろ、俺からは何も言っていない。むしろ全力で2人のことを捜索していたアノンに感謝していたぞ」


 本当は学園長の解雇を望むようだったら、それだけは許してほしいと頼む気だったがな。


「そうか。あの2人には本当に申し訳ないことをしたのじゃ……」


「さすがに雇っている教師全員の行動を把握するなんて誰にもできやしないさ。生徒を導くべきはずの教師があそこまでするなんて、俺にもまったく予想がつかなかった」


 書類の奥から、顔の見えないアノンの声が聞こえる。


 こいつの周りにある書類は今回の誘拐事件の報告書や、マナティに関連する情報が書かれている書類だ。それに加えて、魔術封じの輪のようなアノンが学園長へ就任する以前に関わりのあったプロジェクトなどの報告書である。


 このバウンス国立魔術学園は魔術の研究機関ということもあって、魔術封じの輪のような研究もおこなわれている。今回の件で、アノンが把握できていない情報を改めて洗い出しているらしい。


「たとえすべてを把握することができなくとも、誰にも予想をすることができなくとも、今後同じようなことを繰り返さぬために妾にできる限りのことはしたいのじゃ」


「……そうか」


 アノンは普段おちゃらけているやつだが、根は本当に真面目なやつだ。今回の件だって、前任の学園長が原因だったと責任逃れができるのに、すべてを正直に話すことを選び、当事者のエリーザとソフィアに真摯に頭を下げて謝罪した。


 そんなやつだからこそ、俺も力になりたいと考えている。


「わかった、しばらくアノンはそっちの方に尽力してくれ」


「うむ。ギルの方も一時的にマナティが担当していた基本魔術を受け持ってくれてすまぬのじゃ……」


「そっちのほうは気にするな。俺の方もむしろ楽しく教えられている」


 次の日の授業の準備は勉強会で生徒の質問に答えながら17時までに終わらせているし、元々4クラス合わせても1日に2~3授業しかなかったわけだからな。おそらく、3科目までならいけそうな気がする。


「事前に話をしていた知り合いは問題なさそうだ。一応俺の方でも確認するが、基本魔術も教えることができると思う。準備にあと2週間くらいはかかりそうだが、今回の件もあってゴタゴタしているからある意味ちょうどよかったかもな」


「おお、それは助かるのじゃ! そうじゃな、いろいろと国や騎士団に報告することもあるし、今すぐ新任の教師を迎え入れるのは学園側も厳しいのう。ギルには悪いが、それまでは頼むのじゃ」


「ああ、了解だ。他にも手伝えることがあれば遠慮なく言えよ。ひとりで抱え込むのが一番駄目だからな」


「……ギルは相変わらずじゃな。うむ、その時は遠慮なく力を貸してもらうのじゃ!」


「任せておけ」






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「ふむ、正解だ。しっかりと学んでいるようだな。席に戻ってよろしい」


「はい!」


 現在はAクラスの基本魔術の授業だ。これまでの授業の甲斐もあって、すべての生徒が席について真面目に授業を受けている。まあ、マルセーノ侯爵家のガリエルを退学処分にしたという話がすでに広まって、反抗したくてもできない生徒もいるっぽいがな。


 とはいえ、最初みたいにまともに席へ座らなかったり、堂々とおしゃべりをした頃よりはだいぶマシになったものだ。


 基本魔術の授業では教本に沿った流れで授業を進めていき、適宜問題を黒板に書いて生徒の誰かに答えてもらう。俺が学生の頃は今日の日付と同じ出席番号順の生徒や決まった順番に当てる教師もいたが、俺は偏らないように配慮しつつランダムにしている。


 ある程度差される順番が予想できるよりもいつ当てられるかわからないほうが、適度な緊張感があって眠くならなくていい。他にも教本の内容を具体的に魔術を使用しながら教えたり、眠くならないようにしながら、生徒が授業に興味を持てるように教えていくことが大事である。


「それでは次の問題はフィオーナ」


「は、はい! ええ~と……」


 俺が当てたフィオーナは席を立って黒板の前に出てくる。先ほどのビルクはすぐに答えられたが、フィオーナは答えに少し困っているようだ。


「ではひとつヒントだ。この火の魔術式をこうすると、どうだ?」


「あっ、わかりました! こうでしょうか?」


「うむ、正解だ。実に素晴らしい」


「はい!」


 当然生徒によって理解度は異なるし得意な教科なんかも異なる。適切なヒントを与えて回答へ導き、自力で解けたという経験をできるだけ多く積ませてあげた方が良い。


 自分で学び、答えを導き出せたらしっかりと褒めて伸ばすことが大事だ。認められて褒められることを悪く感じる者はいないだろうからな。もちろん悪いことをしたら叱ることも大事である。


 もちろん教育に唯一の正解なんてない。生徒に教えつつも教師である俺自身も学ぶことばかりだ。






 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆


「いよいよ来週は本当の実戦ですか。楽しみというよりも、少し緊張しますね」


「うう~緊張してきます……」


 来週は防衛魔術の授業で学園の外に出て課外授業を行う予定となっている。シリルとメリアはまだ魔術を使った魔物との実戦経験がないこともあって、緊張しているようだ。

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