第31話 正義の味方


「……ギーク先生、なんだかいつもより疲れています?」


 今日の授業を終えた放課後、俺の研究室でいつもの勉強会をしていたところ、メリアが心配そうに尋ねてきた。


 いかんな、教師として生徒の前で疲れたところを見せるつもりはなかったのだが、気付かれてしまったようだ。


「いや、大丈夫だ。週末がちょっと忙しくて、少しだけ疲れていただけだぞ。気にせず勉学に励むといい」


「まさか女遊びですか。さすがに生徒を指導する教師としてそれはどうなのでしょうね?」


「そんなわけあるか!」


 シリルは一体何を言っているんだか……。


 むしろ強面のむさ苦しい犯罪者集団に囲まれて、いろいろと面倒だったんだぞ。まあ、前にアノンと街を歩いたのは女遊びには入らないだろう。


「ギーク先生、お疲れのようなら今日は早めに切り上げたほうがいいですか?」


「大丈夫だ、ベルン。何か聞きたいことがあったら、遠慮なく質問するといい。それにひとついいこともあったからな」


「いいことですか?」


「ああ、ようやくSクラスの生徒の大半が防衛魔術の実戦演習の方に出てくれたんだ」


 先日のこともあってだが、エリーザとソフィアが俺の授業の実戦演習へ参加してくれたため、やはりと言うべきか他のSクラスの生徒も一緒に参加してくれた。


 唯一参加していなかったのは、ガリエルの取り巻きだったロッフの元彼女だけだった。まあ、彼女については第三王女のエリーザにすり寄るよりも俺への恨みの方が強かったようだな。


 ちなみにエリーザとソフィアが誘拐されたという大きな事件は他の生徒には広まっていなかった。さすがに事があまりにも重大だから、上層部で緘口令が敷かれたらしい。


「ギーク先生の授業はとてもわかりやすいので、一度参加してくれたのならきっと次回以降も参加してくれると思います!」


「ふむ、そう言ってくれるのは嬉しいな、メリア。あと最初に生徒からなにか大きな魔術を見せてほしいという要望があって、それを見せたらとても驚いた様子で素直に授業を受けてくれたぞ」


「……なるほど。確かにそれは臨時教師であるギーク先生の腕を見せるのには一番早いかもしれませんね。私たちも反射の魔術だけでなく、大規模な魔術を見せていただければ、もっと早くギーク先生の実力を理解できていたかもしれません」


「それについては少し失敗したと思っている。どうやら最初に魔術の腕をはっきり見せるのが一番効果的だったようだな」


 俺の前任が酷かったことも相まって、この学園の生徒の大半は臨時教師として入った俺の魔術の腕を疑っていた。


 最初に模擬戦をして戦闘の腕を見せるよりも、一目でわかる大規模な魔術を使えることを証明して実力があることを見せた方がよかったらしい。


 そのあたりは少し反省だ。Sクラスで最初に大きな魔術を見せてほしいと言ったエリーザにはおそらくそういった意図があったのだろう。


 それについては生徒である彼女の方が分かっていたようだ。エリーザに感謝するとしよう。


「先生、僕たちにもその魔術をぜひ見せてほしいです!」


「ああ、構わないぞ。さすがにこの教室では狭いから、次回の各クラスの演習場での授業の開始時に見せるとしよう」


「ありがとうございます!」


 さすがに紫雷狼クラスの魔術はだいぶ高度な魔術なので、Sクラスの授業ではもう一段下の魔術を披露した。他のクラスでも同じ魔術を見せるとしよう。




「そういえば噂で聞いたのですが、ここ数日間で名のある犯罪組織がいくつも潰されたらしいですね。しかもそれはこの国の騎士団や冒険者がやったわけではないらしいです」


「ええ~!?」


「そっ、そんなことがあったんですね!?」


 相変わらずシリルの情報収集能力はすごいな。というか、もうそんな噂になっているのか。


 SNSのないこの異世界で、貴族や王族は一体どこからそういう情報を集めてくるのだろう?


「誰がそれらの犯罪者組織を潰したのかも、その動機もまったく不明らしいですね。そんな正義の味方のような秘密の組織があるならすごいですね」


「うん! すっごく格好いいよね!」


「そんな立派なことをしたのに、手柄を公表しないなんて偉いですね」


「………………」


 そこまで高尚なことをしたつもりはなかったんだがな……。


 この世界では身分の差や貧困の差もあって、犯罪者集団はゴキブリのごとく無限に湧いて出る。それすべてをいちいち潰していくことなんてできやしない。


 今回のように俺やこの学園の生徒に何か害が及びそうな時くらいしか動く気はないぞ。


 シリルも俺がそれをやったと思って話をしているわけではないらしい。組織ではなく、俺とアノン2人でやったことだし、痕跡はすべて消してきたから多分バレていないはずだ。


 コンッ、コンッ


「どうぞ」


 そんな雑談をしていると、この研究室の扉がノックされた。


「失礼します」


「お邪魔します」


 エリーザとソフィアがやってきたようだ。さて、いきなり第三王女のエリーザとその護衛のソフィアがこの研究室に来たことをどう説明すべきかな?

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