落葉(らくよう)の香り
入江 涼子
第壱話
時は平安の中頃、都に中流貴族出身の女がいました。
名を
葉子は当年取って、二十八歳でした。背の君は二歳上で儚くなった当時、二十六歳です。今に存命なら、もう三十になっていたはずでした。
それだけが口惜しくて葉子は残念だと思っています。ちなみに、彼女の父君が巷では
彼女には背の君との間に、一人娘がいます。名を
悩みは絶えない日々を葉子は送っていました。
葉子は父君の源宰相と几帳越しで話をしています。傍らにはお付きの女房の和泉が控えていました。
「……葉子、もう秋じゃのう」
「ええ、神無月になりましたね」
「して、孫の姫は元気か?」
「元気ですよ、そろそろ婿取りの件も考えないといけませぬ」
「おお、そうであった。姫も再来年辺りで裳着を迎えるしの。が、恋文は姫宛に来ておるのか?」
父君が問いますと、葉子はふむと少し考えを巡らせます。
「……それが。私宛にちらほらと来ています、姫宛もあるにはあるのですけど」
「む?そなた宛?」
「はあ、確か。中には名家の公達と思わしき方からも届いています。名は藤侍従の君だったか」
そう言って、葉子は額を押さえました。困ったと言わんばかりに眉をしかめます。
「侍従の君、左の
「でしょうね、仕方ないので。女房に代筆でお断りの文を出そうか、考えています」
「それが良い、本来なら。そなたは世を捨てていてもおかしくない身の上じゃしな」
父君は悲しげな顔になりました。数年前に儚くなった葉子の背の君を思い出しているようです。背の君はかつて、
実家は父君が大江家の出身で
「……父上、私はこれから侍従の君にお返事を書きたいと思います。そろそろ、お暇しても?」
「相わかった、葉子。櫻姫の相手については儂も考えてみる。そなたもそこのところは頼んだぞ」
「分かりました」
葉子は頷くと、膝立ちになります。にじり寄りながら、和泉に目配せをしました。すぐに和泉は気が付き、
夕刻近くになり、葉子は和泉に言って藤侍従の君にお返事の文を書いています。さすがに代筆では失礼に当たるとなり、直筆でしているのでした。
〈秋風の 素早く吹きて 立ち去りし 思ひはいかに あるや知らぬか〉
意味は(素早く吹き抜ける秋風のように立ち去っていくのでしょうか。あなた様の思いがどれ程か、私には考えようがありません)となるでしょうか。要は(あなた様は遊びで文を送っていらしたの?)と察する事ができます。無駄な事は省き、葉子は薄紅色のご料紙に散らし書きしました。これで侍従の君が諦めてくれたらという狙いがありますけど。はてさて、どうなりますことやら。ご料紙を細く折り畳み、白菊の花に結わえ付けます。侍従の君に届けたのでした。
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