2-3:「遭遇から即応」

 夜を越え、一夜明けて翌朝を迎えた。

 その夜の間も《ひのもと》は夜間シフト要員よって運行され走り続けていた。

 この異世界の地、この大陸――ルステュウナ大陸とこちらの異世界では呼ばれるそうだが――ここは日本と比べ遥かに広大な土地だ。目的地であるミュロンクフォングの王国へは、昼夜を問わず列車を走らせ続けなければ到底たどり着けない距離が在った。



 その《ひのもと》の、昨晩と同じ一両のB寝台。その内の通路を歩み進む、他ならぬ会生の姿があった。

 彼が目指すは、車輛端のデッキに併設されるお手洗い空間。朝の洗顔が目当てであり、程なくそこへと辿り着いた。


「――っと。やぁ、おはよう」

「あら、おはようございます」


 そこで会生はその場に居た二人の人物と鉢合わせる。青年クユリフと馬女のエンペラルだ。

 二人とも今はだらしなくない程度にラフな格好。見るにお手洗い空間より身支度を終えた所らしい。


「あぁ、おはよう――彼女は?」


 会生はその二人から寄こされた挨拶に端的に返し、合わせて尋ねる声を発する。それはミューヘルマの所在を尋ねるものだ。


「まだ眠っているよ。やはり疲れが相当溜まっていたようだね」

「そうか、無理も無い」


 答えたのはクユリフ。会生はそれに答えながら、お手洗い空間の洗面所に立ち、洗顔やうがい等を簡単に済ませる。


「二人は眠れたのか」


 簡単なそれを終え、洗面台を離れたまた振り向き二人に尋ねる会生。


「あぁ、おかげさまで俺達は十分休めたよ」

「快適とまでは言えない寝床でしたが……まぁ、心地悪くはありませんでしたわ」


 それに対し二人は、それぞれの様子でそう悪くは無かったらしい回答を返した。


 列車全体に、そして会生等に。唐突な減速の感覚が伝わったのはその時であった。


「ッ」

「!?」

「っ!?」


 急ブレーキ程ではないが唐突なそれに、各々の顔は微かに驚きに染まり、険しくなる。


《――各員へ。進行方向にて彼我不明の存在、これを複数確認》


 そして効果の掛かった音声での伝える言葉が、寝台車各所に備わるスピーカーマイクより響き聞こえる。それは指揮通信車輛からのものだ。


《さらに警戒車班から続報、状況は民間人襲撃の現場の可能性。当編制はこれの対応に当たる、各員態勢移行せよ。繰り返す、態勢移行せよ――》


 続け響く放送音声。届いた状況は今聞いたままだ、そして合わせて来たのは戦闘態勢への移行を命じる指示。


「襲撃!?」


 それにクユリフやエンペラルの表情はより険しくなる。

 そして会生にあっては、その放送を聞いた直後にはまるで迷う様子無く。装甲列車の進行方向に向けて通路を飛び出すように駆けだしていた。




 木立と平原の境目より、木立の中から転げ出るまでの勢いで走り出て来た、二つの影があった。

 獣か、人か。いやその二つの人影はその両方の特性を持ち合わせていた。

 主とする姿は人ながら、狼の耳や尻尾を生やした少年と少女。狼の獣人の少年少女、それが影の正体だ。

 どちらも歳は十代前半程か。


「ウロル……もう、走れない……!」

「がんばれクーネ!捕まったら何をされるか……!」


 二人の内、苦し気な声色を上げる狼の少女。それに、その手を引く狼の少年は励ます声を掛けながらも走るのを止めない。

 二人に表情に浮かぶは、焦りと恐怖のそれ。それは、追われる者のそれだ。


「……あうっ!」


 しかしついに体力の限界を迎えたのか。クーネと呼ばれた狼の少女は、足をもつれさせて崩れ倒れてしまう。


「クーネ!」


 それに足を止め、寄り添うウロルと呼ばれた狼の少年。

 しかし――その二人に複数の気配が追い付き、纏わり囲ったのはその直後であった。


「……ぁ」

「っ!」


 二人を追うように木立から出てきて、周囲を取り巻き走り囲ったのは複数体の陸竜だ。そしてそれに跨り操るは、軽防具軽装備に身を包む人間の兵や、オークなどの亜人の兵。

 その装備はいずれも帝国兵、ガリバンデュル大帝国の兵を示すものであった。


「追い付いたぞ!ガキ共が、手間かけさせやがって!」


 二人を囲い巻いた帝国兵達の内、頭各らしき男が荒げた声を上げる。

 帝国兵達こそ狼の少年少女を追いかけていた正体。帝国兵達は二人を捕縛するべく追いかけ、二人はそれから逃げていたのだ。


「く……」

「ぁぅ……」


 逃げ道を塞がれ囲われてしまい。最早術無く、ウロルはクーネを庇い、クーネはウロルに縋り寄る。


「ギャハハ、なんだ騎士とお姫様気取りかぁ?」

「見せつけてくれるじゃねぇか、ガキ共!」


 その様子にしかし帝国兵達は、嘲り笑う言葉を上げる。


「ませた生意気してんじゃねぇよ。オラ、来やがれ……!」


 そして頭各の男が声を再び荒げ。陸竜を操り二人に迫り、二人を捕まえるべく踏み込み迫る。


「っ!」

「かみさま……」


 それに二人はここまでかと、手を取り合い顔を伏せ、神に祈る言葉を漏らした。



 ――劈くまでの爆音が。そして衝撃派が。

 突如として巻き起こり、伝わり来たのはその瞬間であった。



「……っ!?」

「ひぅ!?……え?」


 一瞬怯え跳ね上がる二人。しかし二人はすぐに周囲の気配の変化に気付く。


「な……なんだぁ!?」

「ば、爆炎が……!?後ろの連中が……!?」


 見れば自分達を囲い巻いていた帝国兵達が、一転して狼狽混乱に陥る色を見せている。

 そして振り向き、先に自分達も出て来た木立の方向を見れば。そこの境目の一点で煙炎がもうもうと上がっている。

 そして今まさに、複数の帝国兵の竜騎兵達が吹き飛ばされ、地面に叩きつけられ散らかる様子が見えた。

見るに爆発の類が巻き起こり、追い付き現れた帝国兵の増援が巻き込まれた状況。


「な……なんだありゃぁっつ!?」


 突然の状況に理解の追い付かないウロルとクーネの耳に、さらに荒んだ帝国兵の叫び声が届く。

 同時に聞こえ届いたのは、金属をリズムを取って鳴らすような不思議な音。



 ――――――ッ。



 そして、笛にも似た何かの音色。

 それ等の音に合わせて、それは帝国兵達の。そして二人の視線の向こうに姿を現した。


「ぇ……」

「なんだよ……あれ……」


 思わず言葉を漏らした二人。その向こうに見えたのは。



 長大な身体で地上を突き進む、鋼鉄の怪物であった――




 装甲列車(ひのもと)は、その起動車たるDD14ディーゼル機関車が警笛を鳴らし上げつつ。同時にその速度を停止する直前まで落としつつあった。

 その軌道上を低速進行する《ひのもと》の、連結する指揮通信・貨客車の。開け放たれたその乗降ドアより、飛び出し降りる姿が在った。

 最初の一名を筆頭に、続けまるで空挺降下のように飛び降りて来るは、いずれも火器装備を手にしている隊員等。

 その詳細は即応待機シフトに就いていた、第701編制隊、観測遊撃隊の隊員等。それが事態状況との接触に伴い、それに対応すべく今まさに、列車より飛び降り展開を開始したのだ。

 順に飛び降りたのは待機していた5名。そしてその最後に続くように、他ならぬ会生がドアより飛び出て降り立つ姿を見せた。会生にあっては事態遭遇の放送から、すぐに即応待機のメンバーに追いつき合流し、観測遊撃隊の隊長として展開行動に加わったのであった。

 飛び出しから、堂々なまでの地面への着地を見せた会生は。すぐさま視線を起こして流し、周辺の状況掌握を行う。


 ――ドッ、と。


 その視線の向こうに見える木立の一点で、爆煙が撒き上がったのはその時であった。

 同時にその周囲に居た、陸竜を扱う竜騎兵が巻き込まれ巻き上げられる。

 装甲列車の進行方向に現れ見えた存在の内、その多数が敵勢存在――帝国兵、ガリバンデュル帝国の兵である事は、各部署の観測の結果からすぐに明らかとなっていた。

 そしてその帝国兵達に向けて。前方の70式直接火力車の90㎜高射砲が狙いをつけ火を噴き、今まさにその着弾炸裂が、帝国兵達を散らかし屠ったのであった。


「――」


 しかし会生はそれに長く注意を取られる事は無く、すぐに別方向へ視線を移す。

 平原の真ん中では、狼狽混乱に陥りながらも未だに『獲物』を囲う帝国兵達が。そしてその中で、囲われる子供達と思しき人影が確認できた。

 今の90㎜高射砲の砲撃は、一種の陽動の意味もあった。子供達を囲う帝国兵達の注意は反れ、踏み込むには絶好のチャンスだ。


「踏み込み、確保する。手早くやれ」


 それを見止めた直後には、会生は指揮下にある各隊員に向けて発する。

 観測遊撃隊の隊員等はいずれも、列車寄りの降車からすぐに状況掌握を済ませ、戦闘可能な態勢を整えていた。

 その隊員等は会生の指示に呼応し、それを行動で示す。

 隊員等は展開しながら駆け出し。そして最後に会生もそれを追い続いた。




「なんだよあれぇ……!?」

「アレの仕業なのか!?」


 突然の事態に、そして怪物の出現に。帝国兵達は、そして少年少女も混乱し狼狽え、あるいはただ茫然としている。


「――びぇッ!?」

「ごぉッ!?」


 しかし次の瞬間。

 その少年少女を囲っていた帝国兵達が。まるで叩き打たれるかのように、陸竜上でもんどり打ち、弾け飛び。次々に地面に落ちて崩れ始めた。


「な、何!?」


 また別の驚愕に狼狽えるは頭各の男。だがそれを他所に、男の配下の帝国兵達はまた次から次へと弾かれ、地面に崩れて沈黙していく。


「ひ……く、糞……!」


 そして臆したのか頭各の男は。最早何り振り構わずと言った様子で、子供達を縦に使おうとでも考えたのだろう、子供達へ迫りその腕を伸ばし捕まえようとする。


「――びぇあ゛っ!?」


 しかし――その男の横面がまるで砕かれる勢いで凹み拉げ。男の口から妙な悲鳴が上がったのはその直後であった。

 見れば男の横面には、おそらく投げられ飛んできたのであろう鉄の棒――明かせば1m丈のバールが見事の叩き込まていた。

 男は目を突き出し舌を突き出し、陸竜状より弾かれ退けられ。グシャリと地面に落ちて沈黙、そのまま動く事は無くなった。


「っ!?」

「ひ……!」


 己達に害成す存在とはいえ、あまりにもえげつないその末路の姿に。ウロルとクーネは思わずその顔を恐怖で染める。


「……っ!」


 しかし直後、二人は自分達にまた近づく別の気配に気づいた。

 顔を上げて視線を移した瞬間。二人の傍をいくつかの人影が掛け抜けて行く。


「――クリア」

「クリアー」


 現れたのは数名の、何か緑を基調とした斑模様の服装姿の異様な者等。

 その者等は二人を円形に囲い。しかし先の帝国兵達とは違い、二人に背を向けて外部に視線を向けて配置布陣する。まるで二人を囲い護るように。



 それこそまさに、この場に踏み込み到着し展開した、観測遊撃隊の隊員等であった。



 今しがた帝国兵達を打ち倒し屠って見せたのは、隊員等の行った射撃行動であった。


「「!」」


 さらにそこへ。呆気に取られており未だ状況を理解できない二人に、影が差す。

 見上げれば、そこに一人の長身の、そして人相印象の良くない者――会生の立ち構える姿がった。


「ぅ!」

「ぁ……!」


 そんな会生に――本人にそんなつもりは毛頭無かったが――刺すような眼で見降ろされ。二人は顔を強張らせ、身を固くする。


「北北東方向、逃走中の一群見止む」


 そこへ。隊員の内の一名が、知らせる言葉が上がり届く。

 その隊員の言葉通り、該当方向には状況不利を見て逃走していく、帝国兵の竜騎兵の姿が見える。

 しかし直後。その竜騎兵の一群は、爆煙に包まれ巻き上げられ散らかり飛び散った。

 最早言うまでも無い、70式直接火力車からの90mm高射砲の第二射だ。それが逃走を図ろうとした帝国兵の残敵を、無慈悲にも追いかけ巻き上げ屠ったのであった。


「――これで、大丈夫だ」


 それを一瞥して一度確認した会生は。

 それから視線をウロルとクーネに戻して降ろし、そんな告げ伝える言葉を紡ぐ。


「……え?」

「だいじょう、ぶ……?」


 しかし会生の言葉の意味をうまく飲み込めていないのか。二人は引き続きの怯え交じりの表情で、たどたどしい言葉をそれぞれ漏らす。


「――百甘、頼む」

「ん?あ、はい」


 そんな二人の様子を前に。

 二人、子供達の相手は自分では不適当だろうと判断した会生は。展開配置し警戒に着いている隊員の中から、一名の女隊員を呼ぶ。

 その隊員は昨晩にもミューヘルマ達への対応に指名された、長身の王子様のような隊員。

 百甘は他の隊員に警戒を任せて位置を外れ。駆け寄って来て、会生と子供達の間に入る様にしてその場に屈み、子供達の顔を覗き見る。


「君達。もう大丈夫だよ、ボクらが来たからね」

「え……」

「ふぇ……?」


 そして恐怖の色こそ緩んだが、突然現れた美女に別種の困惑の見せる二人に向けて。百甘は二人を安心させるために、彼女のお得意の物である微笑みを作り、言葉を紡いで見せた。




「――村を」

「――助けてください!」


 その狼の少年と少女、ウロルとクーネから。

 そんな懇願なまでの願い入れがもたらされたのは、それから程なくしてであった。

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