2-2:「寝台車にて」
戦闘が行われた一帯での戦闘後処理は時間を昼が越えるまでを容し、《ひのもと》が再出発したのはそれからであった。
さらに行程を再開してからも、線路を行く《ひのもと》の内では。各隊各部署が事後処理、連絡調整、補給整備などなどの各行動業務に追われ喧騒の様子が広がっており。
それ等がようやく落ち着いた頃には、夕方を越えて日はすでに落ちていた。
編制中に組み込まれる寝台車、詳細には曹士用に当てられるB寝台の内の一両の内部。
事後処理が終わり。各部隊各所には運行、警戒などの当直シフトに当たっている者以外は、自由時間としていいとの指示が流れており。
寝台車内部には思い思いに過ごす隊員等の姿が見えた。
談笑する者。軽食を取るもの。読書、携帯端末でのゲームに興じる者。すでに眠りに就いている者。一部には残る自分の仕事を持ち込んで、休息の片手間に片づけている者も見える。
そんな穏やかながらも賑わう様子が見える寝台車の一角。
区切られたB寝台空間の一つ、4名で共有するそのスペースの下段寝台に。寝そべり休息を取る様子を見せている会生の姿があった。
その上体をクッションに預け。タブレット端末を弄り視線を落としながら、片手間にホットココアを淹れたマグカップを時折口に付けている。
「――結局、正式な幹部指揮官が寄こされる目途は立っていないそうよ」
そんな会生に横より呼ぶ声。
会生の寝そべる寝台の向かい側、もう一つの下段ベッドにちょこと腰かける祀の姿が在った。彼女もまた同じように、ホットココアの入ったマグカップを手に保っている。
「だから、名目上は私が本部兼任で監督するという事になるけど。観測遊撃隊の事実上の指揮は、引き続き貴方にお願いする事になるわ」
続け紡がれる祀の言葉。それは第701編制隊内に置かれる、観測遊撃隊の事情に関するものだ。
観測遊撃隊はその名が示す通り。装甲列車へ情報を提供し、そして火力投射を導くための偵察観測行動。合わせて戦闘下での遊撃行動を担う部隊だ。
現在は14名の隊員を有する。そしてその現在の筆頭者、指揮官であるのが会生であったっが、実を言えば彼が指揮の任に就いているのは特異、応急の措置であり。元の人員配置計画には無かったものだ。
本来であれば正式な隊長となる幹部隊員が着任し、その任を担うはずであったのだが。
異世界と日本が繋がったというただでさえの異常事態の混乱下。その最中で急を要された装甲列車隊の編制は、当たり前と言うかその準備招集等で多数の不都合が発生。
その着任するはずの幹部隊員もその一つであり。当初、第701編制隊に寄こされる予定であったその幹部は、しかし優先度の高い他の編制隊の人員欠の発覚に伴い、そちらに回されてしまったのだ。
さらにそれは同じく着任するはずであった、次席者となるはずであった陸曹にも同様に起こり。
そして、応急の措置として白羽の矢が立てられたのが。すでに着任していた観測遊撃隊要員の隊員の中では、最高階位者であった会生であった。
先の祀の言葉通り、監督は幹部である彼女が本来の情報幹部業務と兼任で行うが。実質的な現場指揮の役割は、そうして会生に委ねられたのであった。
「……そういうわけだからその自覚を持ってね、戦闘の中で自分だけドンドン行っちゃうばかりでなく、うまく部隊を動かして。時に自身の果敢な姿を見せるのも、士気を考えれば必要っていうのも理解はしてるけど……」
まず要件を伝えた後に。祀は少し困った色でそんな言葉を会生に紡ぐ。
それは昨晩の戦いで会生が取ったような、単騎突入での戦闘行動を控えるよう要請するものだ。
幹部である祀はこのB寝台を用いる身ではないが、その件を伝え調整するために、会生の元を訪れていたのだ。
「先にぼやきを零すぞ。これは適していない人員の指定配置だ」
そんな祀に、会生は尖りつつも淡々とした色で。一言の前置きから、そんな一言を発して見せた。
「俺に指揮官としてのスキルとキャパは無い」
続け、自己分析の言葉をズバリと発する。
「――しかし、それでも命令すると言うのならば。続け、可能な限りは遂行のため努めよう」
だがその自己分析のそれを告げた後に。会生は指揮官としての役割を受け入れる意思を発し告げる。
「ただし。俺が先行排除に向かう事にあっては、控える事を必ずしも約束はできない。時には有用で、必要とされる事もある」
そして最後に。会生は時に自分が単騎突入行動を取る可能性については、状況次第では今後も取りうることを注意として付け加えた。
「はぁ……まぁ、今はそんなスタンスでいいわ。命令とはいえ無理強いをしていることはこっちも理解している、そしてその中で上手くやってくれている事もね」
そんな会生からの回答に。祀は少し困った色を見せつつも、会生の言葉を受け入れそんな言葉を零す。
「本当に無茶無謀だけはしないで。以降も上手くやってちょうだい」
「いいだろう」
そして締め括りに紡がれた祀の要望に、会生はまた端的に返した。
「――あ、あの……!」
会生と祀の会話が一区切りした所で。端より声が聞こえ来たのはその時であった。会生と祀は同時に声を辿り視線をそちらに向ける。
会生等の今居るB寝台のボックス空間に面する車内通路。そこに声の主、他ならぬミューへルマの姿が在った。
その姿様子は何か少し恐る恐る覗き込むような色。どうやら会生等の会話一区切りするのを見計らい待っていたようだ。
「ミューヘルマ殿下っ?どうかされましたか?」
王女の身分である事が判明したその少女が、知らぬ間に単身そこに現れていた事から。祀は少し慌て腰かけていたベッドより立ち上がり。
会生にあっては静かな自分のペースを崩さぬ様子ながらも、一応といった様子で起きて立ち上がる動きを見せる。
「あぁ、いいんです!お二方はそのままでっ」
しかし一方のミューヘルマも少し慌てる様子を見せ、二人に向けてそんな促す言葉を送る。
「ええと……アイセイ セイラ様……?」
そして彼女は会生に畏まった様子で向き直ると、彼のフルネームを確認するように呼ぶ。
「俺か」
それに会生は、少し自信無さげなミューヘルマのそれを肯定してやるように一言返す。
「あの……昨晩、此度はっ。私のこの身をお救い頂き、誠にありがとうございました!」
それを受けたミューヘルマは、次には会生に向けて礼の言葉を述べ。そしてバネ仕掛けのようにお辞儀をして見せた。
それを受け、あるいは見た会生と祭りは。少し驚きつつも、同時に納得したような色をその顔に作る。
ミューヘルマは。昨晩の戦闘の際に、敵の指揮官クラスの手中から己を救い出してくれた会生に、直接礼を伝えに来たようであった。
「顔を上げるんだ、俺は任務を遂行したに過ぎない」
「ちょ……征羅っ」
それに対して、会生が返したのは不躾な色での促す言葉。国より零れ落ちたそれに近い身であるとはいえ、王族である相手に対するしかし怖いもの知らずなまでのそれに。祀は少し焦り咎める言葉を掛ける。
会生は隊員、戦闘要員としては極めて優れる反面。こういった礼節姿勢に少し欠ける――と言うよりも自覚しながらも淡々としたそれを貫いている節があり、少しの問題児としての側面も有していた。
「では。そのお立場からの任務に徹する、貴方様への敬意とお考え下さい」
しかし当のミューヘルマは気に掛けぬ様子で。己の礼の言葉を、解釈を変えての受け取りの要望を述べて見せる。
「貴方様のそれによって、私が危機より救い出された事は事実――その事に感謝を捧げたく思います」
そして再び。今度は毅然とした様子で礼の言葉を紡ぐミューヘルマ。
「――ならば、また敬意として受け取ろう」
そこまでのミューヘルマのそれを受け。会生はその意思と心情を察し、礼の意思を宇受け取る言葉を紡ぎ返す。
それに、その隣で祀はまた少し困った様子を浮かべていたが。ミューヘルマにあっては願いが聞き届けられたかのような様子で、その顔を微かに綻ばせた。
「それと、君は休んだ方がいい」
「え?」
しかし続け飛んだ会生の言葉に、今度はミューヘルマは意表を突かれたのか、少し呆けたような顔を作ってしまう。
「顔色が少し悪い、疲れが大分出ているようだ」
「あぁ、そうね」
間髪入れずの会生の指摘の言葉。それに今度は祀も、気づいてからの同意する言葉を紡ぐ。
ミューヘルマの顔色を浮かべれば。クォース・ダークエルフ特有の妖しい青色ながらも、日中までは健康的な赤みを同時に宿していた彼女の顔は。しかし今はそれが消え、そして疲労の色が多分に現れていた。
「無理も無いわ、殿下は昨晩からちゃんとして休みを取られていないのでしょう?」
そして続け発する祀。その言葉通り、ミューヘルマ達は昨晩の逃走劇よりここまで、小休止こそ何度か挟めど、まとまった休息は取れていなかった。
「あぁ、ご心配を……いえ、私は大丈夫です……」
その指摘に対して、自分は大丈夫との旨を返すミューヘルマ。だが今先のやり取りを終えた事が緊張が解けた影響か、何かその体は気だるげでおぼつかない姿勢に見えた。
「いいや、大丈夫には見えない」
しかし、会生はそれに対して断ずるまでの言葉で促し。そして同時に祀に目配せをする。それを受けた祀は「えぇ」と返すように頷き、そして次にはミューへルマの背後へ周り込んだ。
「失礼しますね」
「わっ」
確保されるように祀に肩を抱かれたミューヘルマは、そのまま推して促され、寝台のベッド座席に座らせられた。
「無理は自分を蝕むだけだ」
「す、すみません……」
その言葉と会生等の配慮に、ミューヘルマは申し訳なさそうに言葉を零しながらも。疲労に苛まれていたその体を、ベッド座席に預けた。
その側。祀はサイドテーブルに置かれたケトルでココアを淹れ始めていた。インスタントのココア粉が湯で溶かれてそれはすぐに完成し、祀の手でそのマグカップがミューヘルマへと手渡された。
「殿下、よければ召し上がってください」
「あ、ありがとうございます……これは……?」
「ココアと呼ばれる、カカオと言う植物の実の種を原料とする甘味飲料です。私達の世界では、お茶としても甘味としても嗜まれています」
祀の説明を受けながら、ミューヘルマは少し恐る恐るといった様子で、マグカップに口を付ける。
「んく……ほぁ……甘い……あったかい……」
その甘みと温かみを体感し。ミューヘルマは顔を綻ばせ、体がほぐれる色を感じながら、その温かみに心地よい感覚を覚える。
「……本当に、不思議な方々」
そしてミューヘルマはマグカップを膝元に降ろし、小さく紡ぐ。
「始めは、失礼ですが恐ろしかったのです。鋼鉄の要塞……その腹より繰り出て来た、異界の軍……その携える比類なき武力……」
ミューヘルマがまず紡ぐは、彼女と自衛隊――装甲列車(ひのもと)とのファーストコンタクトの時を思い返しての言葉。
「しかし、それだけではありませんでした。貴方方は果敢でしかし慈悲深く……優しい人々でした」
続け、ここに来ての改めての自衛隊に対する印象を紡ぐ。
「この鋼鉄の要塞もそう……その腹の内と聞いて最初は身の毛のよだつ思いでした……しかしどうでしょう。何かこの内は、不思議な心地よさを感じます」
ミューヘルマは顔を少し上げ、B寝台のボックス席空間を見渡しながらそう発する。彼女は寝台車空間の雰囲気に、そして列車のリズムを取るような揺れに、不思議な心地のよさを感じていた。
「あまり買いかぶり過ぎてくれるな。こちらも所詮は武装組織だ、高潔な存在などではない」
その一連の言葉に、しかし会生は忠告のように言葉を返す。
「はい。間違えば押しつけがましい理想とは、理解しております……ですが事実として、貴方方はやはり良い方々だと思います」
しかしその忠告を受けてなお、ミューヘルマは自衛隊に対するそんな抱く印象を曲げず述べた。
「殿下?」
祀がミューヘルマのその様子に気が付いたのはその時。
見ればミューヘルマは小さくウトウトとし始めていた。ここまでの疲労、そして緊張がほぐれた上に体が暖められた事で、急に眠気が襲い来たようだ。
「すみま、せん……」
謝罪を紡ぎながらも、ミューヘルマは睡魔に抗いきれない様子を見せている。祀はそのミューヘルマの手から、少し慌てるようにマグカップを受け取り預かる。
「今日は眠った方がいい」
「そうね。もう体力が限界に見えるわ。殿下……」
そのミューヘルマの様子から。会生と祀は言葉を交わし、そして祀は再びミューヘルマに呼びかける。
「あ」
「――スゥ……スゥ」
しかし一瞬視線を外した後に再度見れば。ミューヘルマはベッド席の壁に身を預け、すでに目を閉じ寝息を立て始めていた。
「仕方ないわ……こんな子が、ずっと過酷な逃走の最中にあったのだもの」
その眠りに就いてしまったミューヘルマの姿に。祀はその彼女の身の上、境遇を憂う言葉を紡ぐ。
「送り届けたほうがいい。彼女は、1号B寝台だったな」
「えぇ」
会生の発し、そして尋ねる言葉に祀も返す。
ミューヘルマやクユリフ、エンペラル達3名の一行には、B寝台の1スペースが貸し与えられていた。当初は幹部用のA寝台の方を自衛隊側は提案したのだが、ミューヘルマ達からは3名で一つの空間を共有できるB寝台を借りられないかとの申し出があり、本人達の希望ならばとその方向で手配が成された。
「お願いしていい?……って」
続け任せる旨を発しかけた祀だが、直後に彼女は思わず訝しむ声を上げてしまった。
見れば会生はミューヘルマの体を、まるで荷物でも持つ片腕の小脇に抱えていたのだ。
「ちょっと」
仮にも王女であるミューヘルマへの、しかし会生のどうかと思う扱い方に。祀は思わず突っ込む言葉を入れてしまう。
「じゃあ、行って来る」
しかしそれを意にも介さぬ様子で、会生は一言発し告げると。ミューヘルマを送り届けるべくボックス空間を出て、通路を歩んで行ってしまった。
その姿を見送りつつ、祀は片手を額に添えて溜息を吐いた。
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