1-2:「その者、〝建設科〟隊員」

 ――会生あいせい 征羅せいら

 それがその者の名。


 名前から時に間違えられるが、性別は男性性。年齢は29歳。

 容姿に在ってはむしろ、スマートながらも良い筋肉を宿す身長体躯をしており。顔立ちにあっては威圧感と怪しさを与える正直印象の良くないもの。

 その身分は、日本国の陸上自衛官だ。

 階級にあっては、〝准曹勤務士〟。これは三曹と士長の間に設けられる、日本軍時代の伍長勤務に類似したもの。通称、准曹勤。


 そして陸上自衛隊内での指定職種は――〝建設科〟。鉄道に携わる職務を担う者であった。



 その会生は今、まだ夜明け前の暗がりが支配する中で。

 ディーゼル機関車の天井の上に脚を着き、身を置き断ち構えていた。


 会生が乗車――と、現在の状態をそう表していいかは極めて疑問だが。とにかく足を着き預けるは。

 ――DD14形ディーゼル機関車。

 除雪用に、ラッセル車としての使用を主と想定して製造されたディーゼル機関車だ。

 主としての運用想定通り、現在も同種機関車を二両連結する重連運用で運用されるが。除雪用のロータリーヘッドにあっては今は装備していない。

 正確に当車の経緯詳細を言えば、当車は鉄道会社より陸上自衛隊に供与されたもの。現在は陸上自衛隊籍である事を示すように、オリーブドラブの単色に塗装され、そして日本の国旗と〝陸上自衛隊〟の文字列が側面に堂々と記されていた。


 さらに、その重連運用のDD14は現在その前後にまた、異様とも言える数々の車輛を連結していた。

 それらは。過剰なまでに堅牢そうな外観に、そして驚くことに砲や機関砲を備える鉄道車輛に始まり。装甲戦闘車両を搭載積載した物から、寝台車輛をそのまま流用したものまで多岐に渡る。


 そう。これは陸上自衛隊が保有運用する、言わば軍用列車。

 いや――〝装甲列車〟だ。


 その装甲列車の主要中核――動力車を務めるDD14の上に立ち構える会生。

 会生は静かな様子で立ち構えながら、DD14の天井より地上を見ろしている。その地上周りで巻き起こるは、阿鼻叫喚の絵図だ。

 その姿様相から荒くれ者のお手本と言ったその者達は。しかしその身をよりにもよって軌道、線路の上に置き晒していたために。今まさに突っ込んで来た装甲列車に喰らわれるように、轢かれ車輪に巻き込まれて肉片と化す。あるいは跳ね飛ばされ拉げ砕けるなどの末路を辿ったのだ。

 しかし、本来の鉄道の在り方ならば大問題であり大事件大事故であるが。今回、今に在ってはこれが正常であった。なぜなら、これは〝作戦行動〟であるのだから。

 陸上自衛隊は、当装甲列車編制は。

 陸竜騎兵の群れ、すわなちグェルド率いる一団を。視認した当初よりすでに敵性存在、害成す存在と認識判断していた。

 そしてそれを排除対応すべく、その一撃目として列車編制によるこの現場への進入突入を敢行したのであった。


「な、なんだよコレぇ!?」

「ひ、轢かれ……仲間が喰われて……!?」


 その最初の進入突撃からの一撃目によって、何体かの陸竜騎兵や敵性兵を無力化する事には成功したが。敵の一団はそれなりの規模を有し、軌道、装甲列車の周辺には未だ多くの敵が残っている。


「っ!狼狽えるな!敵だぞ、殺っちまえ、殺すんだっ!」

「糞!ふざけやがって……っ!」


 その内の多くは未だ動揺混乱下にあるが。中には比較的早く狼狽から回復、あるいを己に鞭打つように震わせ。

 走行を停止し鎮座した装甲列車に、害意殺意を向けて得物を抜きあるいは構え。ワッと一斉に集り襲い掛かろうとした。

 ――しかし。それは蛮勇に終わった。


「――ッ゛ぉ?」「ぎぇ゛ッ?」「あ゛っ」


 瞬間。敵の兵達は皆おかしな悲鳴を上げ漏らして――そして打たれ退き、その身を千切り弾けだした。

 彼等を襲った現象、その正体は機銃掃射だ。

 装甲列車編制の前方側に繋がれる、堅牢な装甲を施された武装車輛――砲車。自衛隊での正式名称、〝70式直接火力車〟からの攻撃。

 その70式直接火力車は主力火力装備として、90㎜高射砲M1を汎用砲とする砲塔を備えるのだが。その砲塔が旋回、そして同軸される74式車載7.62mm機関銃が、敵の兵達に銃火火線を容赦なく吐き出し浴びせ始めたのだ。

 そして機関銃銃火はそれだけに限定されない。

 70式直接火力車のさらに前方には、専用の積載貨車に搭載された16式機動戦闘車の姿が在る。

 また先頭部に連結編制される長物車には、7.62mm機関銃M240Bが貨車上に土嚢を組んだ銃座に架載されている。

 そのそれぞれがまた、砲塔を旋回させて同軸機関銃を吹き。または銃座に配置する隊員の手で射撃掃射が始められ。

 奮い立ち向かい襲って来る者を。臆し背を向け逃走を図ろうとした者を。状況に最早呆け唖然と立ち尽くす者を。敵とあらばその全てを差別なく、容赦の無い銃火火線によって雨浚え、倒し崩し屠って見せた。


「――」


 その一連の光景は、時間にしては僅か十数秒に満たないものだ。

 それをDD14ディーゼル機関車の上より、淡々とした視線で眺めていた会生。


「征羅ちゃんッ、あんま身ぃ晒して突っ立ってると喰われっぞッ」


 そんな会生に、足元より何かそんな警告の意の言葉が届いたのはその時。

 視線を降ろせば、DD14のキャブ――運転台の側面窓より微かに頭と腕を突き出す者の姿があった。

 壮年に近い姿容姿の男性。その正体こそ、DD14の主任運転手であり、そして装甲列車編制の運行を預かる〝運行小隊〟の長。

 名を、安雲あくもと言う一等陸尉だ。

 その安雲の元からは会生に向けた警告の声に混じり。パン、パンという乾いた破裂音が聞こえ来る。見れば安雲の突き出した手には11.4mm拳銃(M1911A1)が持たれ、今も未だ多数残り取り巻く、敵の兵士を相手取っての射撃を行っていた。

 そして散発的だが、時折敵からの矢撃が機関車のボディをカツンと叩き、車体の上を掠めて行く。


「ッ――っつか、なんでそこに位置取ろうと思ったよッ?」

「全体の状況が、掌握し易そうだったからな」


 続け安雲から、拳銃を撃ちながら片手間に寄こされたのはそんな疑問の言葉。それに対して会生は、当たり前の事と言うように淡々とした言葉で返す。


「大体は把握できた――始める」


 そして続け、そんな言葉を安雲に降ろすと。

 瞬間、会生は堂々たる様子でDD14より踏み切り飛び出し。今も敵の蠢く渦中へ向けて、なんの躊躇も無く飛び込んでいった――



 ――ダン、と。

 会生はDD14より飛び出し降りて、地上へと着地した。


「――」


 そして顔を起こし、周辺一帯の様子を視線を一流しして把握すると。

 そこからまた何の躊躇も無い様子で、混乱下にある敵の群れ蠢めく中へ。ズカズカと歩み進み始めた。


「うらァァァっ!」


 そんな会生に、早速と言わんばかりに正面側方より敵が襲い掛って来た。肉薄から両刃の剣を振りかぶり、その敵兵は会生に向けて切りかからんとする。


「ぶぇ゛ぎゅッ」


 しかし。直後に鈍い悲鳴を上げたのはその敵兵だった。なんとその顔面は、何かを叩き込まれ潰れ拉げていた。

 見れば会生は、先からの歩みを止めなかったのかズカズカ進む途中の姿勢で。その片手だけを繰り出して、その手中の自らの得物――バール、1mサイズのバールを敵の顔面へ叩き込み勝ち割っていた。


「びゅ……」


 事絶え、膝から落ちて崩れ沈む敵兵。

 一方会生は、そんな無力化した敵兵には早くも見向きもせずに、ズカズカ歩みを続ける。


「うがぁぁっ!」


 その会生に、また間髪入れずに襲う影。今度は別の兵が背後より、己を振りかぶり襲い来た。


「ぶゅ゛っ゛」


 しかしまたもその刃が会生に届く前に、敵の兵より鈍くえげつない悲鳴が上がる。今度はパァンという乾いた音声が同時に響いた。

 見れば今度はその敵の眉間に穴が開き、血や内臓物が噴き出し飛び散っている。そして仰け反り崩れ落ちる敵。

 視線を会生に戻せば、今度の会生はもう片手に9㎜機関けん銃を構え、自身の肩越しに背後へ向けて引き金を引いていた。

 見る事すら省略して背後よりの襲撃を退けた会生。

 そこからまったく同じようなスタンスで、会生は堂々歩み進みながら、四方八方より襲い来る敵を。叩き潰しては、撃っては、裏拳を喰らわせては、ヤクザキックを喰わらせて――諸々色々で。

 進撃し、敵勢力を確実に減らしていった。




「……んだ、これ……ふざけんな……」


 怒涛の驚愕の事態の連続に、茫然とていたグェルド。しかし状況が頭でわずかに整理されるにつれ、理不尽なまでの当然の事態に対する感情は。驚愕狼狽から、怒りの物へと変貌した。


「……ふっざけんなァ!コケにしやがってェッ!!」


 そして、グェルドのその憤怒は爆発。

 憤怒に任せて吠え上げるそれが、世闇に木霊する。


「っぅ!」


 それに、今もグェルドの腕中に捕まえられているミューヘルマが。間近で受けたそれに、怯え身をびくりと震わせる。


「役立たずの手下どもがぁ……構わねぇ、俺様の手がこれだけだと思うなよォ!」


 そんな腕中の少女の事など気にもかけずに。

 グェルドは己が配下の体たらくっぷりを、勝手なまでの言動で断じ。しかし次には口角を悪辣な笑みをその顔に作り。

 そして、甲高い口笛を鳴り響かせた。




「――よォし、第1分隊展開しろ」

「第2分隊、展開始め」

「第ッ3分たぁいッ――!」


 会生が引き続き、敵の蠢く最中で単騎立ち回っている背後後方。

 火力車や客車等、装甲列車編制のそれぞれ各車両からは。自衛隊隊員等が降車して来て、周辺への展開行動を開始する光景が始まり見えている。

 装甲列車編制には、軌道を離れての地上作戦行動を想定して専用に編成された、普通科を主力とする中隊規模の混成戦闘群が同伴搭乗している。

 その戦闘群の各小隊各分隊が。装甲列車からの火力投射により周辺の一次制圧の完了を見て、次なる広域エリアの制圧掌握を始めるべく展開行動を開始したのだ。


「戦闘群が始めたか」


 背後後方のその光景から、作戦戦闘の次段階への移行を把握しつつ。自身もそれに合わせて行動を移行すべく、また周囲へ視線を走らせつつ考えを巡らせる。


「――ッ」


 しかしそれを遮るように。何かの大きなそして多数の気配が先に現れ、会生の意識を引いたのはその時だ。

 その出本は北側、装甲列車車列から左手を見たその向こう。1㎞も無い距離のその先一帯に在る森林より、それは姿を現していた。

 それは何かの軍勢、大小数多のシルエット。

 その正体詳細は、数多の陸竜騎兵。軽装の歩兵に重装の装甲歩兵。さらには何かトリケラトプスの類が思い浮かぶ、巨大な陸竜獣がまた何体も見える。

 そしてその全てから来るは、殺気に害意。明確な敵の新手。今のグェルド率いる一団を明らかに上回る軍勢の登場。

 明かせばそれもまた、グェルド達の帰するガルバンデュル大帝国の軍隊軍勢。先遣隊でありミューヘルマ達を追っていたグェルドの一団より、後方を追従しつつ控えていた、いわば本隊。

 それが今、布陣を終えて姿を現したのだ――




「――ったく。グェルドの野郎、何をまごついてんだいっ」


 その森林側より現れた一団の中心。一体のトリケラトプスの様な大型陸竜獣の背の上で、透りながらも焦れ呆れる様な色が上がった。

 そこに座すは、一人の女。一目見てその姿は人間では無い事が分かった。

 まず肌は全身緑色、背丈は2m半ばを優に越える。そして露出の多い軽防具に包まれるは、筋肉をふんだんに宿した屈強な体。

 反して顔に在っては、美麗な深紅の長髪に彩られた端麗美人のそれ。しかし額より生える角と、口より覗く鋭利な牙と、そして何よりその険しい表情が、また美麗さに反した獰猛さを漂わせていた。

 女はオーガ種の亜人。そして今の大規模な一団軍勢の指揮を預かる、将軍の身分の者であった。

 そのオーガの女将軍が上げた焦れ呆れる声は。先発し、とうに捕縛対象を捕まえていてもいいはずのグェルドの一団が、未だにそれを成せずにまごついている事態に不服を示すものだ。


「将軍……っ、あのデカい怪物は、あれ等は一体……?」


 一方、次に。その女オーガの側で別の陸竜に跨り従える、オークの側近兵からはあからさまな狼狽えての、尋ねる言葉が寄こされる。

 それは向こうに巨体を横たえている、正体不明の怪物。そしてその存在の事等聞いていなかった、グェルド達を相手取る謎の者等を見止めて、それに驚き答えを求めるもの。


「知るか!ビビってんじゃないよっ!逃げてるネズミは青肌ダークエルフの小娘って話だ、何かおかしな魔術で怪物を召喚したってトコだろう!あとは金で適当に人でも雇ったかい!」


 しかしそれに対して。女オーガは叱り上げる言葉を返し、適当な推測の言葉だけを返して一蹴する。

 実際の所女オーガ自身も、視線の向こうの異質な存在等を訝しまない訳では無かった。

 しかし彼女の気質からすれば、そんな事は些細な事。全て力を、武力を、数の暴力をもって捩じ伏せ潰してしまえばいい話であった。


「何でもいい!ビクビクモタモタすんのは大っ嫌いだ!」


 その側近とのやり取りすら煩わしく思うように、そんな一言を発し上げる。


「オラァ、アンタ等ぁ!シャキッとしなぁ!射抜け、切り立て、そして蹂躙して全てを奪え!――始めなぁッ!!」


 そして次に女オーガが響かせ上げたのは、命じる声。高らかな戦の開始を宣言する一声。


「「「「「オオオオオっ!」」」」」


 それを受け、答え同調するように。配下の軍勢の兵達は、剣を槍を斧を振るい上げ、一斉に鼓舞の雄叫びを上げた。

 戦の開始だ。

 弓兵達が番えた弓からは、数多の矢が放たれ。

 魔法兵達からは、火炎の玉や風で切り裂く魔法攻撃がまた放たれ。

 大型の陸竜獣の背に乗せられる連弩や投射器からは、また矢が射放たれ、火岩が勢いよく打ち出される。

 その全ては、向こうに見える正体不明の怪物周りに向けて、注がれて行く。


「行きなぁ!踏み潰しなぁっ!!」


 そして次にまた女オーガが命じる雄叫びを上げ。一団の兵達は一斉に踏み出し、蹂躙のための全身を開始する。



 ――それが挫かれたのは、その直後であった。



 ヒュ――と何かが、軍勢の一か所真上を掠めた飛び抜け。

 瞬間。劈く衝撃的な音声――爆音が。そして衝撃派と爆炎爆煙が、軍勢の只中で上がり巻き起こった。


「――は?」


 今まさに始まろうとしていた、己達の蹂躙劇。

 しかしそれを挫くように、来たり巻き起こったそれ。

 思わず呆けた声を漏らしてしまった女オーガは、そのままの意識で、今掠め飛び抜けた何かを追って背後を振り向く。

 そこにあったのは、その巨体を削り削がれ――いや最早、千切り砕ける域で損傷し。崩れ沈む大型陸竜獣の姿。そしてその巨体よりもうもうと上がる煙。

 さらには、巻き込まれたのだろう兵達の体が周囲地面に散らばり散らかり。一体からは悲鳴や、狼狽混乱の声が数多上がり聞こえて来る。

 阿鼻叫喚のそれ。

 そして、蹂躙者となるはずであった女オーガの一団を、犠牲者として。その惨劇は開始された――

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