装甲列車、異世界へ ―陸上自衛隊〝建設隊〟 異界の軌道を行く旅路―

EPIC

1-1:「邂逅 鋼鉄の怪物と――」

最初は異世界視点での導入接触シーンです。

本格的な自衛隊、装甲列車の登場は2話から。



――――――――――



「――ふぅん、なるほど」


 そこは――とある異質な空間。

 天も地も果ても無く、全てが不気味な背景のみで飾られる、不可解な空間。

 その只中に立つは、また異質な一人の人物。その姿服装は、作業服の上から白衣を纏うと言う、またいささか不釣り合いな姿。

 そんな人物の全周を。宙に浮かび投影される、大中小様々な大きさの半透過スクリーンが取り巻いている。

 いくつものそれぞれに映し出される映像。それはどれも、ある〝世界〟の様子光景を届けるもの。


 それは大地を埋め尽くす異形の『魔物達』の光景。

それは大空を覆い隠す『竜』を始め、空飛ぶ魔物達の光景。

 それは恐ろしく、ある種神々しいまでに強大な『魔の源たる地』が広がり栄える光景。

 そして凶悪なそれらを前に。剣を手に、弓を手に、『魔法』をその身に。必死の覚悟で立ち向かう小さき者達の姿。


 いずれも〝現実〟の物とは掛け離れた、驚愕に値するべきもの。

 しかし、その驚くべき光景を映すスクリーンの数々を取り巻かせながら。その最中に在るその作業服と白衣の人物はと言えば、それらには差して興味を向ける様子は無く。

 一つの地図、図面が映し出されるスクリーンに。少し考える様な仕草と合わせて視線を落としている。


「抑える点は6~7か所、そう複雑じゃない。無理をすれば飛んで向かってすぐだろう」


 そのスクリーンに視線を落としながら、その人物は何かを算段らしき言葉を呟いている。しかし同時に、その色は何か微かに面白く無さげだ。


「いや、でも――〝あの人〟の今の帰属はそうだったね――」


 だが直後にはその人物は、何かを思い返すようにそんな一言を紡ぐ。


「うん――それが〝楽しそう〟だ。私にとっても、あの人等にとってもね」


 そして、人物は少し抑揚の付いたものにその声色を変え。何やら少し楽し気な様子でそんな一言を紡ぐ。それは何か良い遊びでも、心躍る探検でも思いついたかのようなそれ。

 そして人物は、手元に新たにスクリーンを一つ出現させ。そこに起動したキーボードタッチパネルを片手だけで軽快に操作。何らかの手順を行う。


「――うん、いいね。これが皆さんを導くための――旅路の〝軌道〟だ――」


 そしてその人物は、謳い紡ぐかのように。静かにしかしまた楽し気な声色で、そんな一言を発し上げた――




 月が煌々と煌めき、星々が瞬き。その日その『世界』は、淡い明かり照らされ良き夜空に恵まれた。


「……っ!」

「っぅ……」


 しかしその穏やかな月下の元に。反した只ならぬ様相の者達が居た。

 大半は草原が広がり、所々に存在する小高い丘や小さな森、林や木立で飾られる、本来ならばのどかな光景であろうその中を。

 砂埃を巻き上げて蹄を鳴らし、自然にできた轍の上を荒々しく駆ける一頭の馬が在り。

 その背には、跨り必死に手綱を操る人影と、また馬の背に必死にしがみつく小さな体があった。


 手綱を預かり握る姿は、若い青年のもの。

 歳は二十歳程か。

 少し毛先長めの美麗な黒髪のショートカット。その元に覗くは、女と見紛う端麗な顔。

背丈はあるが、纏う冒険者向けの軽防具姿の上からでも、その体躯が少し華奢である事が分かる。


 そして青年の体の下で、その彼に庇われるような形で必死に馬の背にしがみついているのは、一人の少女。

 歳は16~7程。

 まず目を引くは、白銀を基調に微かに青み掛かった、惚れこむまでの長く美麗な髪。しかしその元に覗き見えるさらなる特徴に、見たものの驚きはすぐに上書きされる。

 そこに覗くは青い肌。人のそれとは異なる、不気味さと美麗さを併せ持った、妖しい魅力を放つ青肌。さらに耳元、長い髪を掻き分けて除くは、同じく青色のしかし笹のように長い耳。

 少女はダークエルフだ。

 この世界では細かくいくつかに分かれるエルフ種族の中でも、青い肌を特徴とする〝クォース・ダークエルフ〟と呼ばれる一種族であった。


 そして彼と彼女を乗せて駆けるは、優美なまでの芦毛を誇る完成された馬体の馬。馬は、青年の相棒であった。



 その三者はそれぞれ三様に美麗なその顔を、しかし等しく険しく染めている。

 それぞれが浮かべるは、焦燥、危機、そして恐怖。


「っ……」


 その内のダークエルフの少女が、その頭を小さく振り向かせ、己を庇う青年の体越しに後方を見る。

 その向こう、己達の後方に見えたのは。荒々しく土埃を立てて走る、数十を越える多数の生物の群れだ。

 シルエットはダチョウに似るが、しかしそれらが持ち見せる特徴は、明確な爬虫類種のそれ。この『世界』では『陸竜』と呼ばれる、馬と並び騎乗用途に広く用いられる生き物だ。

 その用途の通り、多数の陸竜の上にはいずれも騎手である人間の姿が見える。

 いずれもその手には得物を持ち構え、姿格好は防具類を纏う戦いを想定した人間のそれ。そして何より、いずれもがその様相は荒くれといったそれを見せ。そしてその顔と眼は獰猛なまでに険しく、〝狩り狙う者〟の眼を作り、極めつけには明確な殺意を少女達の側へと向けている。


 そう、その正体は明確な『追っ手』。ダークエルフの少女達は、ある理由から今まさに追われる身であったのだ。


「ミューへルマ、身を晒さないで!」


 そんな追手達の様相に恐怖したダークエルフの少女――ミューへルマと言う名の彼女に。次には頭上より、青年の警告の言葉が降り来る。そして青年の腕で強引に、彼の体の影に押し戻された直後。

 彼等の側を、何かが明確な殺気を宿して飛び抜けた。


「ッ!」


 それは矢撃。今まさに己達を追いかける追っ手たる荒くれ達からの攻撃の手。それは一つに留まらず、いくつもの矢が背後後方より襲い来る。


「く、クユリフ……!」

「大丈夫!だろ、エンペラル!」


 ミューへルマは青年に、クユリフと言うその名を呼び縋る様に声を絞り上げ。青年は焦燥の中でも宥める言葉を降ろし返す。そして次にはそう別の名を呼びながら、愛馬の背を一撫でする。

 それは彼の愛馬の名。言葉を受けた愛馬のエンペラルは、それに当然と言うようにブルルと鳴き猛ると。その駆ける速度を上げた。

 矢撃の猛攻はさらに飛び来るが、エンペラルは臆する事無く駆け続ける。


「このまま、なんとか引き剥がして……――!」


 エンペラルの加速により、追っ手達との距離は徐々に開き始め。

 愛馬の力強い走りを信じ、このまま追っ手を振り切り逃げ切る事に一縷の望みを見出す。


「――ッ!?」


 しかし次の瞬間にクユリフは、そして愛馬のエンペラルはその眼を同時に向く。

 そして咄嗟に、クユリフがダークエルフのミューへルマの体を抱き込み抑え保つと同時に。エンペラルは騎手の手綱による命を受けるまでもなく、その駆ける脚を急遽の動作で止め、蹄で地面を引きずり削り急停止した。

 急停止から、器用に態勢を立て直すエンペラル。その上でクユリフとミューへルマは、馬上で伏せていた半身を起こす。


「っぅ……!」

「ぁ……」


 そして上げたその視線の先に、絶望に近い光景を見た。

 彼等の行く手を阻みそこに居たもの。それは追撃して来ていた追っ手と同じく、陸竜に跨り雑な横隊に広がった多数の陸竜騎兵達。得物を手にした荒くれ達。

 そう。追っ手には別動隊が居て、ミューへルマ達は先回りされ挟撃されたのだ。


「――お悪(いた)はここまでだ、お嬢ちゃん達」


 その行く手を阻んだ追っ手の竜騎兵達の中から、何かドスの利いた。そしてどこか下卑た色の言葉が上がりくる。

 そして前の陸竜の中から、他より一回り大きい一体が踏み出て来た。

 その騎乗に座すは、屈強な体の一人の大男。

 淡い月明かりでも、その容姿顔つきは垣間見える。獰猛、荒くれを手本にしたような、岩のような厳つい顔。そこには大きな古傷の入っている。そして背負うは両刃の大剣。

 その様相から追っ手の一党の、頭目の類である事は明らかであった。


「痛い目は見せたくねえ、大人しくてくれや」


 次にそんな言葉を寄こす、頭目らしき大男。

 しかし薄明かりの中にも見える、ニヤニヤとした下卑た笑み。そして同じく嘲笑の明らかに含まれた、今しがたの言葉。

 そんな事を本心では微塵も思っていない事は、明確であった。


「こんなにも早く追手なんて……お前たちは雇われの傭兵か、あるいは賊の先兵か!?」


 そんな大男のそれを受けたクユリフは、険しい色をその美麗な顔に作り、馬上より叩き返す勢いで言葉を向ける。


「おいおい心外だな……俺様はグェルドっ。これでも『ガリバンデュル大帝国』、獣狼軍団の一番隊隊長をやらせてもらってるんだ。お見知りおき願いたいねえ」


 対するそのグェルドと名乗った漢は。少し困った様子で、しかし多分にふざけ嘲る様子を見せて、そんな己の身分立場を名乗る台詞を寄こして見せた。


「獣狼軍団……!母様を……故郷を襲った……!」


 その言葉を受け、震えしかし憎しみの色をその目に宿したのはミューヘルマ。


「おっと、ダークエルフのお嬢ちゃんは存じ上げてくれていたみてぇだなぁ」


 それにまた、グェルドは下卑た言葉で返す。


「帝国の本軍の軍団がここまで……!?侵略はそこまでの速さで……!」


 一方のクユリフは、また別種の驚きそして心情を苦くする言葉を零す。


「驚きってか。悪いが、あんまり長々とゴチャゴチャお話しする気は無いんでねぇ」


 対するグェルドはと言えば。それ以上細かい諸々に取り合う気は無いと、一方的にそんな断ずる言葉を紡ぎ寄こす。

 そしてまたニヤニヤとした悪辣な笑みを浮かべながら、その背に背負っていた大剣を抜いた。

 それに同調するように、前方そして背後で待機していた陸竜騎兵達も。下卑た笑みを浮かべながら得物を次々に抜き、バラバラと動き始め、ミューヘルマ達を囲い迫り始める。


 ブルヒヒヒッ――と。

 エンペラルが雄叫び、主の手綱を待たずに突如として踏切飛び出したのは瞬間。クユリフとミューヘルマは驚き、しかし慌てエンペラルの背に大きくしがみつく。

 己が体上の二人のそれを信じていたかのように、エンペラルはそのまま行く手を塞ぐ竜騎兵達に向け突進。

先手を打っての突進不意打ちから敵の包囲を捩じ上げ。今、己が背に跨らせる二人を脱出させる。それがエンペラルの咄嗟の判断、腹積もりであった。

 突進先の竜騎兵達は、突然のこちらの動きに驚き狼狽している。そこを抉じ開け突破することは、不可能ではないはずだ。

 しかし――突然の横殴りの衝撃が。

 エンペラルの馬体を、そして馬上の二人を激しく襲った。


「ッ!?――がぁっ!」

「ぁぅっ!」


 エンペラルの巨大な馬体がドシンと地面に投げ出され沈み。そしてクユリフとミューヘルマは受け身すら許されず、その身を地面に投げ出され叩きつけられた。


「おいおい、無駄な抵抗をしてくれんじゃねぇよ」


 そんなそれぞれに、頭上より億劫そうな声が降り掛かる。

 三者のすぐ傍には、専用の大型陸竜に引き続き座するグェルドがあった。

 配下の兵が狼狽する中、グェルドはエンペラルのその動きと企みにいち早く気付き反応。己が陸竜を操り飛び出し、エンペラルへの肉薄から陸竜に蹴りを繰り出させ。一撃を叩き込んだ。

 そして脱出の企みを挫かれ、エンペラル達は地面に投げ出されたのであった。


「クソッ!びびらせやがって!」

「小賢しいことしてくれてんじゃねぇよ!」


 驚かされた事に気を悪くした、配下の追っ手の兵達が群がってくる。そして兵達は腹癒せに、それぞれの操る陸竜の脚で、エンペラルの馬体を蹴り踏みつけ始めた。

 エンペラルからは痛ましい掠れた鳴き声が上がる。


「エンペラルッ!やめろッ!――ぐぁッ!?」


 愛馬のその姿光景に、起き上がり食って掛かろうとしたクユリフだが。その彼の身に瞬間鈍痛が襲い、彼の体は強制的に地面に沈められた。


「大人しくしてろ!」


 クユリフの体は、陸竜より降りてきたらしき、また別の兵に踏み圧されたのだ。


「っぅ……!」

「なんだよコイツ、女かと思ったら野郎じゃねぇか!」

「いやいや待てよ。ここまで上玉の女顔の野郎なら、むしろ好き者がこぞって金を出すぜ!」

「ヒヒヒ、まずは楽しませてくれよ……!」


 そして兵達が集って来て、クユリフの首根っこを乱暴に掴み上げてその顔を拝む。中性的で美麗な顔立ちのクユリフが男である事に気付き。兵達は好き勝手に下卑た言葉を飛ばし合う。


「クユリフ!エンペラル!やめて、お願い!――ッぁぅ!?」


 そんなクユリフとエンペラルを襲う暴虐を見せつけられ、ミューヘルマは張り裂けんばかりの声で懇願の言葉を発し上げる。

 しかしそれは無慈悲にも聞き届けられず。次には乱暴で不快な浮遊感と、首回りを圧される感触が彼女を襲った。


「鳴くんじゃねぇよ、耳に悪いぜ」


 彼女を捕まえたのは陸竜上のグェルド。その太い腕がミューヘルマのか細い首に回され、彼女を乱暴に吊り下げている。


「離して……っ」


 必死に藻掻き抵抗を見せるミューヘルマ。しかしそれは屈強なグェルドを相手に、蚊が刺す程の効果も果たせていなかった。


「そう嫌がってくれるなよ、心配はいらねぇぜ。俺はガキ過ぎるのは好みの真ん中からは外れるが、趣の範囲は広いんだ」


 そんな腕中で無駄な藻掻きを見せるミューヘルマに、グェルドは何か含みのある言葉を並べ利かせる。


「俺の玩具の一つとして、たっぷり楽しんでやるからよお!」


 そして、今までで一番の下卑た笑顔を岩のような顔に浮かべ。その悪辣で醜い欲に満ちた本性を現し、そんな悍ましい一言をミューヘルマに浴びせた。



「痛って!……なんなんだよこれ!」


 そんな暴虐がまかり通る光景の側で。そんな違った悪態の声が上がったのはその時だ。見れば追っ手の兵の一人が、地面の何かに足をぶつけ躓き、喚いているようであった。


 ――それは、異質な何かであった。


 二本の鉄製の細い支柱のようなものが、等間隔で置かれる木板に支えられ、東西に延びている。それは東は向こうの森にまで伸び。西は丘の稜線の向こうまで伸びていた。

 まるで、長大な柵が倒れてしまったようなそれ。それが、二条。


 実の所は、ここまでの逃走追撃劇の間。ずっと傍ら近くにそれは伸びて存在していた。

 しかし決死の逃走劇の最中に、ミューヘルマ達はもちろんそれも気にかける余裕も無く。グェルド達も追撃に集中していたことから、ここまでそれに興味を示すことはなかった。


「ちょっと前から伸びてるよな、どっかの領地の柵かぁ?」

「こんなもん柵の変わりになるのか、そもそもこの辺に領なんか無えしよ?グェルド隊長!これなんなんすかね?」


 兵達は、そこで初めてその謎の伸びる何かを気に留め。騒がしくそんな言葉を己が頭目に向けて尋ねる。


「あぁ?知らねぇよ、なんかの朽ち果てた跡だろぉよ?」


 しかし妙ではあれど、ただの鉄と木の物体に、グェルドはまるで興味を示さず。未だ藻掻くミューヘルマの口を塞ぎ、くぐもった声を上げさせる。


「オラァ!もう仕事は済んだんだ!くだらねぇ事気にしてんな!帰って酒と戦利品でお愉しみだぁ!」


 そして妙な物体への興味などすぐに消え失い。グェルドは荒々しく下卑た雄叫びで、配下の兵達に向けて張り上げる。

 それは本日の仕事の成功を祝い。酒と『戦利品』、ミューヘルマ達で『愉しむ』事を促す言葉。

 それに兵達は同調し下品に騒ぎ笑い上げ。最後に締めとして、グェルドは一層の雄たけびを上げようとした。



 ――――――ッ。



 ――それを遮り。〝それ〟が聞こえ届いたのは、瞬間だ。


「……あ?」


 声か?鳴き声か?悲鳴か?いずれとも着かない。

グェルド達の雄叫び上げようとしたそれを、阻み塗り消し。聞こえ来たのは、高いとも低いとも着かない、異質な〝音〟。


「な、なんだよ……?」

「な、なんだぁ……?」


 喜び叫び高ぶっていた場に、割り入った正体不明の横やり。それに、兵達は狼狽の色を見せ始める。



 ――――――ッ。



 再び聞こえたそれ。


「……笛?」


 それに、兵達の中の誰か一人からそんな声が漏れる。それは、確かに一種の笛のようにも聞こえた。


「お、おい……他にもなんか聞こえねぇか……?」


 さらに、一人の兵がそんな言葉を漏らし訴える 確かに〝それ〟は、微かにだが聞こえ届き始めていた。

 何か、リズムを踏むように金属を鳴らす音。

 何か、金属がぶつかり奏でる、不気味な賑わいの音。


「な、なんだよぉ……」


 不気味なそれ。正体の知れぬ、しかし確かな嫌な気配。届いたそれに、兵達の間に徐々に狼狽が伝播し始める。


「おめえ達!何をビビッてやが……ッ――」


 そんな配下達の不格好な姿に、グェルドは少し苛立ち。叱りつけ活を入れる怒声を上げようとした。


「――た、隊長ぉ……ッ!?」


 しかしそれを遮り、今までとは違う明確な狼狽と驚愕の声が上がった。

 発したのは一人の兵。その兵は明らかな動揺困惑の色で、今の場より西方を指さしている。

 だがそれを辿る必要も無く。その場の全ての兵達に、そしてグェルドの目にも。

 〝それ〟は見えた。

 正しくは見る事を拒否する事すら認められぬ域で、見せつけられてしまった。



 ――光。強烈な光源だ。

 今宵の主役であるはずの淡い月明かりを、その主張を。冒涜のまでの域でひったくるような強烈すぎる光源。

 生き物の目?ランタンの灯り火?そんな物でない事は、嫌でも理解できる、理解させられる。

 それが。今先に一度興味より外した、東西伸びる妙な鉄と木板の伸び伝う向こうより見えたのだ。

 そして大きく明確になる、金属のリズムを踏む音、ぶつかり合う音。



 ――巨大な、只ならぬ何かが近づく音。



 兵達は、最早嫌でも理解した。明確な危機が迫っていると。


「……なんだよ、ありゃ……」


 そしてついに、グェルドも目を剥き視線を奪われ。呆けた声を上げてしまう。


「!」

「あれ、は……?」


 クユリフやミューヘルマも、気付きその視線を向ける。



 世闇の中に太陽の如く瞬く光源。その背後に、シルエットが見えた。

 巨大で長大な影。突然変異の巨大大蛇、地を這う龍、いや……己が意思で動く要塞。

 それ見た全ての者の脳裏に、そんな数々の例え推察が浮かび。しかし次には否定されて行く。


「……ぁ……ぅぁ、うわああッ!?」


 そしてついに、兵の中の誰かから叫び声が上があった。

 それが起爆剤となり、一瞬直後には兵達全体に伝播。兵達は飛び出し逃げ出すべく、四方八方へ慌て散り慌てふためき動き出す。

 いやしかし、それは遅かった。


 遠目のシルエットにも分かるその長大さに反して、その速度は異様だった。おそらく馬よりも早い。

 兵達が慌てふためいていた間に、その強烈な光源は目の前まで迫り、兵達の視界を奪い。

 その巨大で長大な気配がついに鼻先の域へと訪れ。そして――



 ――――――ッ。



 最終宣告の音色が、劈くまでのそれで伝わり一帯を支配。


 そして狼狽混乱の果てに進路をあやまり、もしくは逃げ遅れた兵達は、陸竜騎兵達は。



 ――その〝鋼鉄の巨体〟に喰らわれた。



 ついに到来襲来した鋼鉄の怪物。

 それは不可解な物体であった鉄線に沿い、傲慢の域で押し進んだ。

 兵達は知らなかった。その不可解なそれが、怪物を誘う導であったことに。己達に、死を運んで来る導であった事に。

 そしてその内、その押し進む先に身を晒してしまった兵達は。ことごとくその怪物の進撃の先に、喰らわれる末路を辿った。

 その異質な足回りに喰らわれ巻き込まれた者は、残らず挽肉となる最期を迎え。

 その胴、鼻面の直撃を喰らった者は。面白いまでに彼方へ跳ね飛ばされ、拉げ崩れ潰れて地面に散らばる。

 慌てその足で、あるいは跨る陸竜を走らせ。鋼鉄の怪物に追い立てられながらも逃げる者が居た。

 しかし嘆かわしいかな、その者達もまた直後には追い付かれ、その足回りに喰らわれ、あるいは跳ね飛ばされ拉げ壊れる末路を辿った。



「……は、ぁ?……ど、どうなって、やが……」


 鋼鉄の怪物の、その導の上に幸いにして無かったグェルドは。

 しかしその姿に。そしてその進撃による、配下達の塵屑よりも凄惨な末路を目の当たりに。陸竜の騎上で未だ呆け愕然としている。


「……っぷぁ」


 その影響でグェルドの手の力が緩み。ミューヘルマは引き続き吊り下げられたままながらも、その塞がれていた口を解放される。


「……これは……?」


 そしてしかし、驚愕の最中にあるのは彼女も同じ。

 鋼鉄の怪物は、足音なのか――ガタンガタン、という金属でリズムを踏むような音を立てて。その長大な体をミューヘルマ達の視線の先で、流し運ぶようにように進む姿を見せつけながらも、徐々にその速度を落とす様子を見せる。

 そして、――シューー――と大きな吐息でも吐くような音色を上げて。

 鋼鉄の怪物は、ミューヘルマ達の先で、雄大なまでに寝そべる様に動きを止める。

 そこで初めて分かったのは、その長大な体がいくつもの縦長の胴の連なったものだという事。そして濃い緑色や、斑模様でその胴は彩られている事。


「……!」


 直後ミューヘルマは、その分かれた胴の一つに。その横腹にあるものを見た。

 それは何か単純ながらも紋章のようなもの、そして文字のようなもの。暗がりでも分かる、紋章は白地の四角い土台に赤い丸を描くもの。

 そして。



 ――陸上自衛隊――



 鋼鉄の怪物の胴には、そのような文字列のようなものが記されていた。


「ッ!」


 そしてさらに瞬間。ミューヘルマは頭上に気配を、そしてそこからの視線を感じ取る。

 視線を上げ、見えたのは。



 鋼鉄の怪物の上に、堂々たるまでの様子で構え。

 こちらを見降ろす、一人の者の人影であった――

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