第4話
窓のそばにベッドが一つ、サイドテーブルと上にランタン、衣装ケース、それに書き物用の机があるだけの簡素な宿屋の部屋で、フルカは目覚めた。
フルカの朝は早い。今日は初めて冒険者としての依頼を受ける日なので早起きしたのだ。
普通はこういう朝早く起きる時というのは、宿の人に起こしてもらうものだが、フルカはそんなことはしなくとも朝、起きたいと思った時間に起きれる。
なぜなら、全裸だから。
フルカはベッドから降りると、んー、と一つ大きな伸びをした。
フルカは当然寝る時は全裸派なので布団はかけない。それでも風邪は引かない。
なぜなら、全裸だから。
「よーし、行くぞ!まずは朝メシだ!」
フルカはそう言うとドアを元気よく開けて階下へと降りていった。
◇
フルカは早速歩いて冒険者ギルドまで行くと、依頼書の貼られた掲示板を、冒険者の頭越しに背伸びして眺めてみた。しかし・・・・・・
「あー・・・・・・なんか全然わかんねえなあ・・・・・・」
一応、書いてあることは読める。書いてあることは読めるのだが、初心者はどういう依頼を受けた方がいいのかとか、依頼を受けるにあたってどういうところを見ていけばいいのかとか、そういったことがまるでわからないのだ。
「うーん・・・・・・?」
冒険者がごった返す中、フルカが首を傾げていると、
「あ、いたいた!フルカさん!」
そう声をかけられた。
振り返ると、そこには男にも女にも見える中性的な容姿の、白髪に水色の目をした少年がいた。
「なんだ、ルリか」
「何だとは何ですか!・・・・・・その様子だと、やっぱり困ってるみたいですね」
「ああ、どんなヤツ選んだらいいのかわかんなくてな」
「そんなこったろうと思って教えに来ましたよ」
そう、ルリはきっとフルカが依頼のことについて困ってるんじゃないだろうかと思って朝早くからギルドに来たのである。
「おー、教えに来てくれたのか」
「というか、もうパーティ組んで一緒に依頼を受けるつもりで来ました」
ルリはフルカをギルドまで連れてきて登録させたらもう放っておくつもりでいたのだが、考え直してやっぱりフルカとパーティを組むことにしたのである。フルカのことを放っておく方が心配で、何やらかすかわからないから目の届くところにいようと思ったのだ。ルリはややおせっかいで心配性なところがあるのである。
「おっ、なんだお前仲間になってくれるのか!ありがとう!」
「いえいえ、これも何かの縁ですから。・・・・・・とりあえず、話を戻しますけど」
「うん」
「そもそもフルカさん見るところ違いますよ。フルカさんが見るのはこっちの方です」
「お?」
ルリが指を差した方を見ると、『F級向け』と書かれた掲示板があった。
「クラスごとに受けられる依頼が決まっているんです」
「なるほど」
「いや講座で説明されたでしょ?聞いてなかったんですか?」
「あー、そういえばそんなこと説明されたような・・・・・・」
そんな会話をしつつ、そっちの方の掲示板に移動して眺めている時に、ふとフルカがこんなことを聞いた。
「そういえば、そのFとかEとかって何なんだ?どこの国の言葉だ?」
「ああ、これはこの世界の言葉ではないみたいですよ?」
「え?」
「何でも、異世界から来た人たちの提案で、その世界の文字を使うことになったらしいです」
「異世界・・・・・・」
「ええ、時々違う世界からこっちの世界に来ることがあるんですよ。異世界人って呼ばれてますね」
「へえそんな奴らがいるのか。一度会ってみたいもんだな」
「けっこういるから、すぐに会えると思いますよ」
「なるほど、それは楽しみだ。・・・・・・ところでルリは何級なんだ?」
「ああ僕はE級です。まだまだ新参なんですよ」
そんな会話をしつつ、フルカはルリおすすめの依頼を受け、早速それをこなしに向かったのであった。
◇
「なあルリ。私は冒険者っていうのは魔物や盗賊と戦って倒したりするのが仕事だって聞いたんだが」
「ええ、そうですね。その理解で大体合ってます」
「私ら今何してる?」
フルカとルリの二人は今、おにぎりを握っていた。
「・・・・・・おにぎりを握ってますね」
「何でだよ!なんで米握ってんだよ!これが冒険者の仕事か!?」
フルカは珍しくツッコんだ。
フルカとルリの受けた依頼は、ある老夫婦がやっている食堂の手伝いである。ギルドの近くにあって、職人気質のお爺さんと、人当たりのいいお婆さんの二人でやってる、年季の入った食堂だ。
その食堂では冒険者向けのお弁当や忙しい人向けにおにぎりの路上販売などもしており、その手伝いの依頼を受けたのだ。
ということで、フルカとルリは今、お弁当とおにぎりの乗ったテーブルの奥でおにぎりを握っているのである。
「最初はこんなものなんですよ。猫探し、泥さらい、街の食堂の手伝い。冒険者だってこういう下積みからやっていかないと。
そもそも、冒険者ギルド自体も最初はこういう依頼から初めていったんですから。冒険者ギルドも最初はそういう依頼を積極的に集めて、それをこなして、街の人たちの信頼を少しづつ勝ち取るところから初めていったんですよ。初めは街の何でも屋みたいなものだったんです、冒険者ギルドも」
「ほーん・・・・・・」
「特にフルカさんはそんな格好ですから。普通の冒険者よりもさらに街の人たちの信頼を勝ち取るために頑張らないとダメですよ」
「そういうもんか。ま、人の役に立つことができるならいいか」
こういう会話をしながら、おにぎりを握っていき、通りすがる人に『おにぎり一ついかがですかー!』と声をかけていく。
フルカは全裸なので、人目を引いた結果、売れに売れた。
そのうちにお昼になった。
「そろそろ休憩にしてはどうかのう?」
食堂のお婆さんが、人当たりのいい笑顔を浮かべながら二人にそう声をかけてくる。
「そうですね、そろそろ休憩にしましょうか。・・・・・・あっ、でもよく考えたら、僕たち昼食用意してないですね」
「よく考えたらそうだな。どうする?」
フルカとルリの二人が顔を見合わせているとお婆さんが
「ああ、そんなん気にせんでええ。うちで用意したからのう」
とニコニコしながら言ってくれた。
「マジかよ!ありがとなばあちゃん!」
「ちょっとフランクにしすぎですよ!すいません、ありがとうございます・・・・・・」
「いやいや、いいんじゃよ」
フルカとルリは、おばあさんが出してくれた、鮭と昆布の佃煮の入ったおにぎりと、漬物に豚汁というお昼を食べた。
「そういえば、この料理・・・・・・おにぎりと言ったか?簡単な料理なのになかなかうまいな」
「そうなんですよ。これも異世界人が持ってきた料理らしいんですけど、なかなか美味しいですよね」
「うん、うまい!このトンジルってやつもツケモノってやつも美味いな!」
「そうですねえ、最近寒くなりましたから、特に豚汁が美味しく感じますね。漬け物もよく漬かってるし・・・・・・」
さて、おばあちゃんの料理も堪能したところで、また手伝いに戻る。
と、その時だった。
「さっきから見てたが、お前ら、くだらないことやってるな」
いつの間にか目の前に立っていた男からそんなふうに声をかけられた。
「・・・・・・?何だお前は」
「フルカさん」
「なんだ?ルリ」
「・・・・・・コイツ、魔族ですよ」
「はあ!?」
言われて、フルカは男をじっくりと観察してみた。金髪で、ニヤニヤとバカにしたような笑みを浮かべている。パッと見たところでは、普通の人間にしか見えない。
「私の目には普通の人間に見えるんだが・・・・・・どうやって見分けたんだ?」
「講座で教わったでしょ!ほら、魔族の目の中には独特な紋章があるんですよ。それで見分けるんです」
「あー、そういえばそんなこと言ってたな」
言われてよーく男の目を見てみると、確かに、独特な紋章が目の中に浮かんでいた。
「ということはマジで魔族か・・・・・・やべーじゃねーか!何、ひょっとしてこんな街中まで攻め込まれるほど人類ってやべえ状態なのか!?」
「いえ、そんなにやばくはないんですけど・・・・・・」
「けど?」
「どうやら、魔族の側に転移系の魂技を持ってる奴がいるらしくて、こうして街中に魔族が突然現れることがあるんです」
ルリはそこで言葉を切り、キョロキョロと辺りを見渡すと、通りがかった通行人を引き留めて言った。
「そこのあなた!魔族が出たので、ギルドと衛兵に連絡お願いします!」
「は、はい!」
「街の皆さん!魔族が襲来しました!近くの建物に避難してください!」
ルリが声を張り上げてそう警告すると、通行人は慌てて近くの建物へと駆け込んだ。
後に残ったのはフルカとルリと、弁当といくつかのおにぎりと米びつの乗ったテーブルだけだ。
テーブルの向こうにはニヤつく魔族が立っている。
「援軍が来るまで、ここは二人で持ち堪えますよ!」
「おう!」
テーブルを挟んで、魔族と睨み合う。
魔族の男は、不敵な笑みを浮かべるとゆっくりと二人の方へ近づいてきた。
「フッフッフッ、くだらないお前らに、この俺様の華麗なる魂技をお見せしよう・・・・・・」
身構える二人を全く気にすることなく、優雅な動きで一歩一歩近づいていくと、米びつから米を一握りつかむと────
おにぎりを握り始めた。
「・・・・・・は?」
「どうだ見ろ!このおにぎりを!お前らの握ったくだらねえおにぎりと違ってこの上もなく美しいだろ!」
「た、確かに完璧な三角だ」
「誰よりも速く、そして美しくおにぎりを握れる・・・・・・それが俺様の魂技!『ライスボール・マスター』だ!」
「・・・・・・何だその能力!?」
「フハハハハハ!見ろ!どんどんおにぎりが握られていくぞ!お前らのくだらねえおにぎり握りとはちげえだろ!」
「くっ、くそう!」
「なに悔しがってんですかフルカさん」
「フハハハハ!」
「お前はなに勝ち誇ってんだよ!よくその能力で攻めてこようと思ったな!?」
「だ、だが!」
フルカは傲慢に笑う魔族をビシィッと指差し、こう言った。
「おにぎりにおいて大事なのは美味しさだ!見た目や速さだけで味が伴ってなければ意味がないぞ!」
「何ですか?これ料理マンガですか?」
「くくくく、それについても抜かりはない。食ってみろ」
「そんなに言うなら食ってみよう」
「ちょ、食うんですか!?魔族が握ったおにぎりを!?やめた方がいいですって!」
ルリの制止も聞かずに、フルカは男の握ったおにぎりを食べ出した。そして次の瞬間、手で口を押さえて震え出した。
「うっ」
「どうしました!?毒でした!?毒おにぎりでしたか!?」
「美味い!」
「美味いのかよ!」
「はーっはっはっはっ!どうだ!これが俺様の力だぁー!!」
髪を掻き上げ、勝ち誇って高笑いをあげる魔族の男。
「くそう・・・・・・」
敗北の衝撃に打ち震えていたフルカだがやがて意を決したように立ち上がると、
「このままでは終われない!うなれ私の全裸!」
という謎のセリフを吐くと、米びつから米をつかんで、魔族の男に負けず劣らずの速度で握り始めた。
「な、何だと・・・・・・!こっ、これは、速いだけではなく美しい!貴様、この俺様の魂技に生身でついてくるとは・・・・・・何者だ?」
「全裸だ!」
「なるほど全裸か。どおりで・・・・・・え?全裸?」
「・・・・・・ちょっとなにやってるんですか。とっとと捕縛しますよ」
フルカと魔族が話している間に、ルリは魔族の左側からこっそりと迫っていた。
「悪いけど気絶してもらいますよ、魔族さん」
そう言ってルリは魔族に殴りかかった。しかし、魔族も黙って殴られたりはしない。
迫り来るルリの拳を、難なく受け止めた。
「なに!?」
「フハハハ!」
「ヤバい!コイツ意外と強い!」
「どうだ強いだろ俺様の魂技は!」
「魂技関係無しに強い!」
しかし、そんな意外と強い魔族も、全裸には敵わない。
「どいてろ、ルリ」
「なんだ?お前もこの俺様の魂技には────」
「ふん!」
「がはあ!」
フルカによる全裸の腹パンを喰らった魔族は蹲ることになってしまった。
「くっ、全く拳が見えなかった・・・・・・。これが全裸の力・・・・・・」
「そうだ、これが全裸の力だ」
「いや全裸の力ってなんだよ」
と、そこへ奥の方に引っ込んでいたから一連のゴタゴタを聞いていなかったのか、
「ちょうどいい時間になったし、そろそろ上がっても────」
とおばあちゃんが店から顔を出してきてしまった。
「おばあちゃん危ない!」
ルリが叫んで警告するがもう遅い。魔族は超速でおばあちゃんを捕えると、ポケットから取り出したナイフをそのおばあちゃんの首へ向けた。
「フハハハハ!油断したな!このババアの命が惜しければ、この俺様を────」
と、魔族がそれを口にする前に。
すでにフルカは魔族に迫っていた。
「────え?」
お世話になったおばあちゃんにナイフを向けられたことによる怒りと、全裸が、光の速さで移動することを可能にしたのだ!
フルカはナイフを持つ魔族の手を捻りあげると、ドスの利いた声で言った。
「────おばあちゃんを放せ」
魔族はそれでも一瞬抵抗するような表情をしたが、すぐに観念したような顔で言った。
「ふっ、まさか魂技『ライスボール・マスター』を持つこの俺様が、敗れるとはな・・・・・・」
「何でその能力で勝てると思ったんだよ」
魔族は駆けつけた衛兵に連れて行かれた。
◇
魔族が連行されていく後ろ姿を見ながら、フルカは何か考え込んでいる様子だった。
「どうしたんですか、フルカさん」
「なあルリ、魔族っていうのはみんなあんな感じなのか?」
「・・・・・・あんな感じとは?」
「あんなふうに、罪のないおばあちゃんを人質に取るようなクソみてえなことをするのか?」
フルカの顔を見ると、彼女は珍しく怒っているようだった。
「・・・・・・そうですね。魔族なんていうのは人間のことを下に見てますから。家畜とか道具とか、そんなふうにしか思ってないんです。だから同じように人質を取られて、人質ともども殺された冒険者の例はたくさんあります。・・・・・・もっと胸糞悪い事件が起きることもザラですよ」
「そうか・・・・・・」
フルカはしばらく黙ったまま、その場に立って、何気なく青い空を見つめていた。しばらく立ってから、口を開いてこんなことをルリに聞いてきた。
「・・・・・・なあ、魔族たちのボスって誰なんだ?」
「魔王です。奴ら魔族の頂点に立ち、それを取りまとめているのは魔王と呼ばれる存在です。ここにあいつを送り込んできたのも魔王でしょうね・・・・・・いやまあ、魔王がなにを思っておにぎり作りが上手い奴を送り込んできたのかは謎ですが・・・・・・」
「魔王、魔王か・・・・・よし!」
フルカはちょっと前までの真剣な表情とは打って変わって太陽のように晴れ晴れとした笑顔になると、こう宣言した。
「決めた!私、魔王を倒すことにするぜ!」
「・・・・・・は!?」
「魔王を倒す!それが一番人の役に立てる仕事だろ?だから私は魔王を倒す!」
「いや・・・・・・ええー?」
この衝撃的な宣言に、ルリはどう反応したらいいか分からずにただただ困惑するばかりなのであった・・・・・・・。
次回へ続く。
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