episode 4 恥ずかしい武勇伝
武勇伝は恥ずかしい 河坂美沙
私とショウが田舎の中学三年生だった夏休み、私はしばらくの間彼に忘れられていた。理由は二人の間にいたアサヒという女の子が入院したせいだが、彼がふもとの病院まで週に三度もお見舞いに出かけるものだから、私は彼や彼女との友達関係が消えてなくなったと本気で思うほどだった。
特に彼女のことは私がいつも勉強を手伝っていたし、よく「山に囲まれて朝日が当たらない家のアサヒちゃん」などとからかわれる彼女をなぐさめていたのも私である。そう、私だって会いにいきたかったのに、長く続く山道は危ないと親が許してくれなかったのだ。彼と一緒に行くならいいと言われたけれど、私にはそれを認めたくない理由があった。
「ミサさあ、アサヒのお見舞いに一度も行ってないよな。それでも友達か?」
アサヒが入院して二週間が過ぎた蒸し暑い日、私は毛虫が遊ぶ梅の木のそばでショウに捕まった。
「それは……、お父さんとお母さんが危ないからだめだって」
すると彼は、「ふうん。じゃあ一緒に行ってやるよ、俺が」と両親と同じ提案をしてくる。予想していた私が二人一緒に出かけていったら彼女が嫉妬しかねないと抵抗しても、彼には否定されてしまった。
結局ショウは私より両親に認められ、二人でアサヒのいる病院に向かう。私は一人ずつ会おうとか会わずに外で待っててとか彼女を傷つけない方法を提案した――一人ずつ続けざまに会ったら怪しまれる?――が、彼に考えを否定され続けて二階建ての古い病院に到着。彼女の病室は二階奥の狭い個室だった。
「おっす! 今日は顔色良さそうだな」
ショウが先に病室に入り、蒼い顔で笑みを見せかけた黄色いパジャマのアサヒは私の姿に表情を曇らせる。顔色がいいとは思えなかった。
「何だよ何だよ、わかったまた看護師に不満か? がまんしろって」
「だって……、ミサとは会ってないって言ったじゃん」
そんなに悔しいのか、見事に嫉妬した彼女が目に涙をためる。それを見た彼は笑顔で「落ち着けよ、アサヒ。ここには俺しかいないだろう? 途中のお墓を近道したから、幽霊はついてきてるかもしれないけどな」と、今度は私の考えではなく存在を否定するではないか!
「ショウ、病院でそういう話は……」
隣にいないふりをされた私は悔しさをこらえて静かにショウを止める。お墓ではなく苔むした階段を近道して三回も転びかけたけど、私は幽霊ではない。もちろんアサヒはうそつきを信じるはずもなくより顔をゆがめ、私は吐息を飲み込ん――え? 痛い悲鳴が空間を切り裂き、背中にかしゃがしゃかしゃしゃしゃっ、
がうばうっ! がわあっ!
振り返る、恐怖で声も出ない。かしゃがしゃは足音だった濃い灰色の犬が突っ込んでくる! 何か何かめちゃめちゃ怒ってない?
「下がれっ」
凍りついた私より先にショウが動いた。迫る犬は隣の家の秋田犬より小さくても怒りに支配され、私たちに狙いを定めてる! しかし彼が私の前に飛び出し、「がわわゔうぅー」って犬ではなく彼の声。一瞬ひるんだ暴れ犬に「ここには俺しかいないぞ! ほら俺だけだ、こっちにこい!」と叫んで一緒に廊下へ、後ろ手に扉を閉め……、
彼が存在を否定した私とアサヒ――私なんか存在だけでも否定されたの二度目だよ――は病室で二人おびえて抱き合っていた。あとは廊下からの混乱した声や物音を聞いただけでよくわからないが、彼は本人が言うには「壮絶な」戦いでお尻をかまれ、蒼いデニムに残念な穴があいてしまった。
ショウは応急処置に予備の白衣で私と帰りの山道を登った。
恥ずかしい武勇伝、である。
あの日暴れたのは、迷惑をくり返すある患者の家族が勝手に連れてきた飼い犬だった。大迷惑だしショウがけがさせられたけど、そのおかげで私とアサヒは抱き合い、もう一度仲良くなれたんだと思う。そうそう、彼は私の存在を犬ではなく彼女の前で否定したことを虫の声を聴きながら謝ってくれたからね。
まあ、良かった……かな。
ただ――、まだ私に嫉妬できるほど元気だったアサヒは二学期になると病状を悪化させ、卒業の春が来る前に息を引き取った。みぞれ降る葬列には信じられないことにあの犬が割り込んできたが、何とショウを見たとたんおびえてしっぽを巻いたのである。これだけは書いておかねばならない。
終わり
* * * * *
▽小説「キスしたあいつの武勇伝」はまだ終わっていません。
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