第18話 大魔法使い
何がどうなっているのかわからないまま、クロに従って天幕の外に出る。
遠くで何か所も火の手が上がっており、その方向から騒がしい音が聞こえてくる。
「どこへ行くのじゃ?」
「──ッ!?」
この男性はいったい?
向かいの天幕がわずかに揺れ、中から一人の老紳士が現れた。白髪は風に流れ、杖を支えに静かに歩み寄るその姿は、長い年月を越えた知恵と威厳そのもの。
だが、それ以上に目を引いたのはその瞳――目の白い部分が赤く染まり、闇の中でじっと燃えるような妖しい光を放っていた。その赤光が放つ圧力に、視線を交わしただけで全身に鳥肌が走る。
「トルクの爺ちゃんにも命令が出てたで」
「なんじゃと? 儂はどこに行けば良いのじゃ?」
「ほら、あっちの方に」
「うむ? 何も見えないのじゃが……うっ」
クロが老紳士が振り返らないといけない方向を指差して、そちらを見ている隙に吹き矢で首あたりに小さな羽つきの針を刺した。クロ、いくらなんでもそれは汚いんじゃ……。
ところで、トルクと呼んでいたけど、もしかしてこの人って。
「目が覚めるまで時間がかかりそうだから、とりま、運ぼう」
「クロ様、この方を連れて行っても大丈夫なのですか?」
「問題ないやろ、ワイの予想ではこの爺ちゃんも利用されてるはずや」
クロがその場で小石兵を4体作ると、老紳士を担いだ。
「この爺さんを敵に回すとホント厄介なんよ。味方にする」
気を失って小石兵に運ばれているのはトルク・ランドールという人物。都市329の切り札であり、金城鉄壁の都市329の防衛の要である大魔法使い。
それなのにクロが恐ろしいことを始めた。
「でも、その前にちょっと仕返しや」
老紳士のまぶたの上に目を描いている。クロの画力がある意味、神レベルなのでとんでもない作品ができてしまった。いや、これって忘年会の2次会とかで寝落ちした人がやられるバツゲームで見たことがある……。
「ちょっクロ、そんな……ぷぷっ」
これを笑わずにいられるほど、私は笑いへの耐性が高くない。
「魔法使いが姿を消したぞー!」
「捜せ! まだこの近くにいるはずだ!」
「アカン、阿呆なことしてたら、連れ出したんバレた」
「クロォォォォっ!」
私とトルクがいた天幕から少し離れたところにいて、助かった。でも、辺りは布と棒で仕切りがあちこちあるとは言え、そこらに都市329の兵たちが寝ているはずなので、見つかったら逃げ切る自信がない。
やむなく【認識阻害】の魔法とトルクには近くにあった布を被せて、近づいてきた捜索隊をやり過ごす。でも、見つかるのは時間の問題だと思う。
「儂はいったい……おぬしらは誰じゃ?」
「ワイはクロ、都市329の解放を手伝えるけど、手を組まん?」
「ふむ、悪くない話じゃ」
今は質問に答えている暇はない。トルクの質問に対して提案で返すクロ。だけどその提案をすぐに理解し納得したトルク。ふたりとも要領がいいってレベルじゃない。
「今から【強制転移】でそなた等をこの場所から近くの森の中へ送ろう」
「爺ちゃん、残ったらまた洗脳されるんちゃう?」
「されるじゃろうな、しかし、逃げるわけにはいかんのじゃ」
「訳ありね、了解」
「次に会った時に儂にこれを見せるがよい」
「これは?」
「
懐から取り出したのは、小さな首のない人形……。かなり気持ち悪いけどクロもトルクも平然としている。
「準備は良いか?」
「ちょい待ち、ワイからもひと言、顔はちゃんと洗って寝た方がええで」
「うむ? よくわからんが承知した。それではいくぞ」
クロが余計なことを言うから、さっき見たまぶたに描かれた目のことを思い出してしまった。なんかたった数分でわからないことが山積みになっているが、とりあえず今は脱出に専念しなきゃ。
「いたぞ!」
「トルク様、いったい何を!?」
「刻まれし時の子よ、アルカナの名において、門を紡がん!」
トルクが【強制転移】の詠唱を終えた瞬間、景色が一変した。私たちはいつの間にか、暗く深い森の中に立っていた。ひんやりと湿った空気が肌を撫で、月の光が木々の間を縫うように差し込んでいる。微かに揺れる光と影の中、わずかに離れた草むらの向こうに目をやると、先ほどまでいた都市329の野営地がぼんやりと見えた。
だが、その光景は静寂とは程遠い。いくつもの火柱が空を赤く染め上げ、夜空を裂くように燃え広がっている。遠くから聞こえる怒声と叫び声が、冷えた空気を震わせていた。
「さて、いったん陣に戻って作戦を立て直すねんな」
「あのーいろいろと教えてもらいたいことが……」
「ええよ、帰りながら話そう」
クロから色々と教えてもらった。
都市329から父娘が亡命してきた夜、私は都市047から姿を消したそうだ。
私がいなくなって都市047はパニックになったという。クロはステータスで私を探したが、見つからないため、都市329に拉致されたと仮定していろいろと情報を集めたらしい。するとフラフラと市壁の上を歩く私を目撃されたのを最後に完全に消息を絶ったところから操られている可能性が高く、都市329のプリンザから受け取った組み紐がなんらかの洗脳アイテムだったのではないかと考えたそうだ。
そして、それから数日後に都市329がマルトゥークの季節を無視して攻め入ってきたそうだ。
侵攻を可能にしたのは、大魔法使いトルク・ランドールが開発した7体の【
そして、約半日の距離にある平原でクロ率いる小石たちの軍と正面から激突した。都市の外で迎え撃ったのはひとえに、大魔法使いトルク・ランドールの存在が大きい。彼のような常軌を逸した魔法使いクラスが相手だと、都市内の一般市民に被害を及ぼす恐れがある。それを避けるための壁の外を戦場として選んだが、予想をはるかに超える激しい戦いが繰り広げられることとなった。
戦況が膠着する中、敵軍の主力が放ってくる強力な魔法が小石たち圧倒する。そのとんでもない魔法の源を探ると、クロが良く知る白銀の髪を持つ少女がいた。彼女は戦場の中心で、大魔法を次々と解き放ち、クロの軍勢を蹴散らしていく。彼女が放つ魔法は雨のごとく降り注ぎ、平原を焼き払い、小石兵を大いに苦しめた。
クロに残された選択肢は、一つしかない。小石兵たちを大魔法の的にさせぬよう部隊を分散させつつ、それでも敵軍の進行を防ぎ、都市への道を閉ざし続けること。戦いは1日をかけて繰り広げられたが、戦況は明らかに厳しく、小石兵たちの限界が近づいていた。明日になれば、陣が崩壊し、敗北は免れない。そう悟ったクロは、新たな決断を迫られる。
その結果として導き出されたのが、私の目を覚まさせるという作戦だった。状況を覆す鍵は私自身にある――そう考えたクロは、全てを賭けた選択を取ることにしたのだ。
それを可能としたのは錬金術師フラメルが作った精神抵抗薬。吹き矢の先端が注射針のようになっていて、それで私やトルクの洗脳を一時的に解いたそうだ。ただし、効果は数時間しかないため、その間に洗脳を解く必要があるとのこと。
まあ、簡単な話、その洗脳の原因となっている右手首に巻いた組み紐を外せば済むので、私が先ほど目を覚ましたタイミングでクロが組み紐を外してくれた。
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