第2話 ステータス


「ところで、お二人のお名前は?」

「ワイは士郎、こいつも士郎」

「は、はぁ……」

「でも、ワイもこいつもややこしいねん」


貫禄のある男は右目に青あざを作って主人格の士郎に質問した。主人格が私に「会社に出勤してた真面目な方がシロ、性格がねじ曲がっている方がクロでいいんちゃう?」と提案してきたので、それでいいと返事した。


そもそも私は、彼の心が完全に壊れる前に生まれた人格。主人格よりも精神的な耐性が高く、真面目で社会適応力も優れている。彼のわがままなんて、あの気合田ホームズの戸塚課長に比べれば、かわいくさえ思える。


「それで、これから何をさせようと思ってたん?」


手のひらサイズの芋を差し出されたので、クロと半分にして食べながら男の話を聞く。


「都市を経営してもらいたいのですが、実は問題がありまして……」


貫禄のある男の名は「ゴマス・リ・ヤーロ」といい、揉み手をしながら私とクロに説明を続けた。


この都市は噴水広場を中心に、東西南北に伸びた4本の道が都市を囲む巨大な市壁までつながっている。そして、その4本の道を軸とした4つの街とそれを管理する派閥があり、その4派閥の長を従わせないと都市経営に着手できないらしい。


ゴマスが管理するのは中央商業区だけで、他の4派閥同士が仲が悪く、内輪もめをしているせいでこの都市は現在508位という最下位に甘んじているそうだ。


「ん~~~~っ、お! そうや」


腕を組んで考え込んでいたクロが、何かひらめいたように私を振り返り、「シロ、分かるねんな?」と尋ねてきた。


「いったい何を?」

「説得に行ってほしい、言うてんねん」


ふーむ、なるほど、クロが思いついたのは私――シロに全て任せるってことね。

だが、甘く見ないでほしい。こう見えても、私はブラック企業で平然と働けるほどのタフなメンタルを持っている。


「では、行ってきます」


何も考えずに北の通りを選んで向かってみた。


──約1時間後。


「ただいま」

「どやった?」

「無理でした」


いやー、無謀すぎた。簡単に追い返されて、管理している人にも会えずに門前払いされてしまった。


「まあ、ワイはだいぶゴマスから話を聞いて色々詳しくなったで」


クロによると、この世界は金がすべてであり、犯罪に対する刑罰は罰金、島流し、死刑の3つしかない。また、特定の神を信仰することはなく、自然のどこにでも神様がいるというアミニズム的な信仰が主流だそうだ。


「あと、さっき気づいたんやけど」


クロに言われ、視界の右下にある「▲」マークを上にスワイプすると、画面のようなものが現れた。


これは、ステータス画面?



───────────────

シロ:女:12歳:魔法少女

筋力1.000、瞬発力1.000、耐久力1.000、魔力1.000 (+30.000)

所持金 0マイル

固有スキル:七色魔法 Lv1

スロットスキル:白い衣、悪意感知、鑑定 Lv1

能力スキル:魔女の大鍋

───────────────



筋力や魔力はすぐにイメージできるが、固有スキルやスロットスキルの意味がいまいちわからない。七色魔法はどのように使うのだろう?


「ふーん、ワイより全然マシやん」

「クロのステータスはどうなってるの?」

「これや」


クロが画面を見せてくれる。どうやら、この世界の住人にはステータス画面が見えないようだ。元いた世界から来た人間同士は見えるのか、それとも同じ人格から分かれたから相手のステータスが見られるのかは謎だ。



───────────────

クロ:男:15歳:マスター

筋力1.000、瞬発力1.000、耐久力1.000、魔力1.000

所持金 0マイル

固有スキル:擬人化付与 Lv1

スロットスキル:鑑定 Lv1

能力スキル:なし

───────────────



「ふたりとも低い……のかな?」

「いや、意外とそうでもないんよ」


クロが「鑑定スキルを使ってみたらわかる」と言う。なるほど、たしかに……。



───────────────

ゴマス:男:38歳:エリア長

筋力0.510、瞬発力0.398、耐久力0.899、魔力0.251

所持金 1,213,253マイル

───────────────



ゴマスと比べると、自分たちのステータスの方が高い。他の人に鑑定スキルを使っても、あまり大きな差は見られなかった。


「元いた世界よりも、ずっと弱肉強食の世界やわ」


クロの言葉に頷いた。この世界では金がすべてで、ゴマスのような存在が幅を利かせているのも納得できる。でも、私たちって一文無しだよね……?


「まずは金を稼がなあかん」


この世界での通貨は「マイル」と呼ばれ、稼ぐ方法はいくつかある。畑仕事や工場、魔獣狩り、ダンジョン探索、徴兵、食堂、宿屋、診療所、市場などが主な選択肢だ。すぐにお金を稼ぐなら、魔獣狩りかダンジョンが良いとゴマスが教えてくれた。


マルサイユ王国は城塞都市で、壁の外には魔獣がたくさんいるらしい。魔獣の肉は食べられるため、ハンターは簡単にお金を稼げる。

都市の地下にはダンジョンがあり、鉱物の採掘が行われている。ダンジョンは毎日新たな鉱物を生み出し、枯渇することがない。ただし、2階層以下には魔物が出現するため、採掘者と討伐隊がペアで挑むのが一般的だ。


徴兵は平時には行われておらず、マルトゥークと呼ばれる暑い季節のみ。外の魔獣が鎮静化するその期間には、都市間で資源を巡る争いが起こりやすくなる。この時期、都市の防衛を目的とした徴兵が行われる。なお、王国の法律では他都市の占領は禁じられているが、勝利した都市は相手の資源の半分を奪う権利があるらしい。


「とりあえず、ダンジョンに行ってみる?」

「行てらー、ワイはちょっと試したいことがあんねん」


クロに頼まれたので、ひとりでダンジョンに行くことにした。私は人から頼まれると断れない性格で、周囲の人に都合よく利用されがち。でも、あまり気にならないから大丈夫。


「でもその前に……」


先ほどから下半身がムズムズする。気にしないようにしていたが、もう限界に近い。


「どしたん? お鼻をつまみに行きたいん?」

「お花を摘みに、ね」


クロのボケにツッコミを入れて、ゴマスにトイレの場所を教えてもらった。各施設にトイレがあるようだが、近くに公衆トイレもあって助かった。


現実から目を背けてきたけれど……。


アレ・・が、ない。

そう、男性なら誰もが持っているアレである。

体は女性だから、無くて当然なんだけど。

なんだか変な気分。座っておしっこするなんて。


うーん、やりにくいな。

足を閉じてるからかな……うん、やっぱりそうだ。


ふわぁ……なんか広がってる気がする。

女の人ってこんな感じなんだ。


女体の神秘に少し触れたところで、トイレから出た。


ダンジョンの入り口は中央噴水広場の近くにあって、階段を降りると地下1階に受付があった。名前やダンジョンに入る目的、ソロかパーティーか、何階層に向かうのかを受付の人に伝える。


これは、遭難したり自力で戻れないときのためらしい。


今日はダンジョンがどんなものか知りたいだけだから、魔物を見てすぐに引き返そうと思っていた。


「こんなもんなんだ?」


魔物はゴブリンしか出てこなくて、とても弱かった。

1匹、多くて2匹しか出てこなくて、指から放つ雷のような魔法を2、3回当てるとすぐに動かなくなる。魔法っていうから、炎とか氷で攻撃するものだと思っていたけど、この雷のようなものしか使えないみたい。


ゴブリンを倒すと、透明な魔石が手に入った。米粒ほどの大きさだけど、10匹以上倒したから、今日のクロと自分の宿代には十分だろう。


あれ、ここってどこ?


そういえば、私って方向音痴だった。元いた世界でも地下街で普通に迷うのに、ダンジョンで一人でうろうろするなんて無謀だったかもしれない。


「……ぁぁぁぁぁ」


男性の叫び声が徐々に近づいてくるので、いつでも魔法を使えるように身構えた。


「どぅわわぁぁぁぁ~~っ!」


私がいる通路に、奥の角から現れたのは小柄なおじさんだった。酒樽のような体型で、立派なひげを生やしている。


ゴブリン5匹に追われていたので、魔法で迎え撃ち、3匹を倒した。残りの2匹は逃げていった。


「ふはぁぁ、助かった。礼を言うぞ、美しい娘さん」

「え? そそそっ、そんな美しいだなんて……」


本当に何を言っているんだか。

私は男だぞ(元だけど)。でも、面と向かって言われると、自分でわかってはいるのに恥ずかしくて、今、鏡を見たら顔が真っ赤になっているかもしれない。


「わしはボーリング、東街で鍛冶師をやっておる」


ボーリングさんは、依頼を受けてダンジョンの5階層にある貴重な鉱石で剣を作るために潜ったそうだ。しかし、雇った護衛が魔物に怯えて3階層で逃げ出し、命からがらなんとか2階まで戻ってきたらしい。


「どうじゃ? わしを地上まで護衛してくれたら、報酬を用意するが?」


ボーリングさんの提案に対して、実は「帰り道がわからない」と言い出しづらかった。結局、提案を受け入れて、一緒に地上へ戻ることにした。


「おっ、やっと出てきた」


クロがダンジョンの入り口で待っていてくれた。素っ気ない態度だけど、外はもう夜になっている。こんな遅くまで待ってくれるなんて、意外と優しい一面もあるんだなと思う。でも、素直じゃない性格を知っているので、その気持ちは心の中にしまっておく。


ちょっと待って、これは一体……。


「クロ、これは……」


クロがにやりと笑いながら言った。


「擬人化スキルを使ってみたんよ」


クロの後ろには、無表情の人間が10人、直立不動で立っていた……。



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