君のトキの話

@uomaru0623

君のトキの話

 この国では昔から、『時計の儀式』という儀式がある。壊れた時計に、人間の心臓を移植するというものだ。

 なぜ、壊れた時計なのか。それは今に至るまでの間に本当の意味は忘れ去られてしまったが、今では古い文化財を守る意味があるらしい。

 そんな重大な役に、トキが選ばれた。

 トキは僕の幼馴染、ツキの好きな人だ。トキは、三年前から交通事故で植物状態である。

 僕はツキの事が好きだ。ツキはいつも明るくて、元気な子だった。可愛いし、気は効くし、めちゃめちゃいい子だ。

 でも、トキが植物状態になってから、全てが変わってしまった。

 ツキは短かった髪を何か願掛けするように伸ばし始め、ずっとトキに付きっきりになった。ツキの顔からは笑顔が消え、体はつまようじの様に細くなった。

 ツキは今でもトキの事が好きなんだろう。きっと、僕の事なんか眼中にない。それでも、僕はツキにもう一度笑って欲しくて、どうにか笑って欲しくて。

 もし、僕にできることがあるなら何でもする。だから、神様どうかお願いだ。ツキがもう一度笑えるように、この世界を変えてくれ。

 なんてお願いしても、世界は今日も変わらず動いている。

 そんなある日、ツキがいつもの様に、僕と一緒にトキの部屋に居た時だった。スーツを着た人たちがやってきて、僕たちに話しかけた。

「トキサトトキさんの病室でお間違いないですか?」

「はい。そうですが。」

「こちらを。」

男の人が一枚の紙を僕たちに渡した。

「これは?」

「こちらはトキサトさんの『時計の儀式』の契約書になります。」

「えっ?」

「トキサトトキさんは、この度、『時計の儀式』に選ばれましたので、これからトキサトさんの病室を移させて頂くべく、参上致しました。」

そう言うと男たちは、トキを外に運び出した。

 僕たちはよくわからないまま病室を追い出された。


 病院のベンチに、僕たちは座った。

「ねえ、トキ君、『時計の儀式』に選ばれたんだってね。」

「うん。」

「これで、トキ君、生きられるよね。」

「うん。」

「トキ君が……。そっか、『時計の儀式』に……。」

その時、ツキは笑った。泣きながら。大粒の涙を流しながら。

 そんなツキを見て、僕は、泣きたくなった。

 あー、やっぱり、ツキを元気にすることが出来るのは、トキだけなのかと。僕には何もできないのだと。

 「ツキ。」

「何?」

「嬉しい?」

「もちろん。」

「そっか。」

「アオは嬉しくないの?」

「わかんない。実感がない。」

それを聞いた、ツキが空を見上げた。

空では雲が漂い、鳥が羽を広げて、飛んでいる。

 「夢じゃないといいな。」

「うん。」

 嘘だった。全部夢であって欲しかった。だって、トキが時計となって甦ってしまったら、きっとツキはその時計を愛するだろう。そんなの嫌だ。今こそ、ツキに見てもらえないのに、それがもっと見てもらえなくなる?冗談じゃない。ツキは僕を見るんだ。最後にツキと結ばれるのはこの僕だ。

 「トキはいつ、時計になるのかな。」

「明日って、契約書には書いてあるよ。」

「そっか。明日か……。」

僕たちは、空を見上げた。空には相も変わらず、雲が浮かんでいた。


 僕は家に帰り、椅子に座って、コーヒーを一口飲んだ。

 明日にはトキが時計になる。

 実感がわかない。これが正直な感想だ。

 机の引き出しを開くと、そこには一枚の手紙が入っている。それは、トキが最後に書いたツキ宛の手紙だった。

 この手紙を書いた次の日、トキは交通事故に遭った。

 なぜそんな手紙が僕の元にあるのか。それは、この手紙を書いた張本人に聞いて欲しい。トキは手紙を書いた次の日、それを僕に渡してきた。

「渡す勇気がないから、渡しといてくれる?」

何て言って、こんな呪いみたいなものを押し付けられた。

 僕はそれを今日まで、ツキに渡せずにいる。

 何を書いたんだろう。

 そんな考えが僕の頭をよぎる。僕の頭の中で天使と悪魔が喧嘩する。

 見たい気持ちと見てはいけないという理性が、頭の中で交差し合い、僕の心を刺激する。

 見たい。どうしても。

 勝ったのは、気持ちの方だった。

 僕はトキが書いた手紙に手をかけ、封を切る。中からは一枚の紙が出てきた。どうやらそこに文章が書いてあるらしい。僕はその文章に目を通した。


 ツキへ

 急にこんな手紙を書くことを許してください。

僕は人生に絶望しました。もう生きていたくありません。その理由はいくつかあります。

 一つはもうとても疲れてしまったのです。先の見えない未来を思うことにとても疲れてしまったのです。未来はいつも僕の近くに居て、僕を不安にさせます。それはもう毎日です。それが僕とってとても辛いことなのです。

 もう一つ、と言ってもこれがほとんどですが、それは好きな人にどうやら僕ではない別の好きな人が居るようなのです。相手は男です。気持ち悪いですよね。ごめんなさい。それでも、スキなのです。どうしようもないくらいにスキなのです。彼の名前は出しませんが、彼はとても勇気ある男です。多分、目的の為なら、どんなこともするでしょう。そんな危うい所もダイスキです。

 でも、僕はその人を幸せにすることは出来ません。彼が望む幸せは、普通に結婚して、普通に子供が出来て、普通に死んでいく。そんな普通の日常です。僕は、それを叶えてあげることは出来ません。悲しいことです。とても悲しいです。僕は結婚も出来なければ、子供も産めません。いっそのこと、女ならよかったなと思うこともあります。でも、どんなに願っても性別が変わることも、体に化学反応が起こることもありません。辛いです。絶望です。

 だから僕は死ぬことにしました。

 そこで、ツキに最後のお願いがあります。昔、ツキは僕にスキだと言ってくれましたね。とても嬉しかったのを覚えています。僕にとってツキは運命の人ではないけれど、幸せになって欲しい人でもあります。君には、僕の事なんか忘れて、もっと素敵な人に巡り合って、幸せになって欲しいと思ってます。

 長くなりましたが、僕の願いはそれだけです。僕は二人に幸せになって欲しい。只、それだけなのです。

 トキより


 僕は不思議と涙が止まらなくなっていた。

 トキとの関係なんて、ツキが共通の友達くらいの関係なのにどうしてだろう。この手紙がとてつもなく愛おしい。

 トキに会いたい。

 僕はそう思った。

 そしてその夜、どうすれば、トキの願いが叶うのか、そればかりを考えていた。


 次の日。トキが時計になる日。トキの時が永遠になる日。その日は晴天で、清々しいほどの青空が広がっていた。

 僕はツキの隣で、トキが時計になる瞬間を眺めていた。

そして、その瞬間が来た。

 トキの心臓が、時計の中に組み込まれる瞬間だ。

 その瞬間、僕は席を立ち、前に飛び出した。そして、トキの心臓を奪い返した。

 「⁉」

「何やってるの⁉アオ!」

ツキが叫ぶのが遠くの方で聞こえた。

「ツキ、聞いて。」

「?」

「トキは死んだ。死んでしまった。これはもうトキじゃない。時計の中で体だけ生きていても、もうこれはトキじゃない。トキはもういないんだよ。」

「そんなことない!トキは時計の中で永遠に生き続けるの!」

「そんなの人間じゃないよ……。」

僕は呟いた。

「ねえ、ツキ、聞いて。トキはツキの幸せを願ってるよ。こんなことは望んでない。人で大事なのは体じゃなくて心でしょ?」

「……そんなの分かってるよ!でも、生きていて欲しいんだからしょうがないじゃない!」

「生きてるよ。」

「え?」

「もう会えないけど、目には見えないけど、トキは生きてるよ。だって、僕たちはこの世の中の全てをまだ知らないんだから。」

「……。」

僕は隠し持っていた、ナイフでトキの心臓を刺した。

 その時初めてトキは死んだ。


 そのことがきっかけで、僕は刑務所に入った。『時計の儀式』妨害した罪らしい。ここに入ってから、一切の情報を遮断されているから、ツキがその後、どうなったかは知らない。それでも、僕もトキと同じようにツキの幸せを願ってる。

 そんな全てを見透かすように、満点の星空が、全てを見降ろしていた。

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