第十三話 朝からザワザワ

「…と、いったところが最近のアナだ。その書類にも詳細は書いてある。給仕部隊の仕事も楽しんでくれたみたいでな。今でもたまに参加してるみたいだぞ」

「そうかい。まあ、元気があんならそれで良いさね」


 夜遅くに、書斎の方から聞こえる声が二つ。しんとした廊下に、かすかに聞こえてくるほどの声量で響いている。どうやらアナの近況について話しているような言葉が並べられており、窓が割れていない所を見ると、今回はちゃんと扉から入ってきたみたいだ。リセの陰は見えず、どうやら外させているようだ。


「それにしても、アナに精霊術の適性があるなんてねぇ…」

 茶を口に運びながら呟く。テーブルの上には茶置きの皿の他に、ポットといくつもの書類が広がっていた。そのうちの一枚を手に取って、女は言葉を続けていく。


「しかも、風かい。まぁた、中々に自分勝手な奴を…」

「アナは純朴だからな。風ほどの気ままさが丁度いいだろう」

「確かにねぇ…他の元素やつらじゃ、少し難しいかもしれないね」

 クスリと笑って書類を机へと投げる。ひらりと舞って他の書類の上に落ち着く。

「それでも精霊は変な奴らばかりだからねぇ…シルフにでも気に入られたりすりゃ、だいぶ面倒なもんだよ」

「それはそうだな」

 軽く笑って目を伏せる魔王。二人して茶を飲む。


「お前にとっては、複雑かもしれんが」

 そのまま伏し目がちに零す魔王。彼の言葉があまりにも想定外のモノだったからか、それを聞いてキョトンと、目を丸くする勇者。

「なんだい、気を遣うなんて珍しい。明日は槍でも降るんじゃないかい?」

 けらけらとおどけて笑う。


「人の気も知らんで、お前と言う奴は…」

 魔王は呆れた声を、ため息に乗せた。

「…大丈夫さね。アナの力は、アナのものだ。ワシの気持ちも、たとえ故人であっても、何人なんぴともそれを脅かしちゃいけないものだってねぇ」

 次は勇者の言葉に、魔王が目を丸くする。


「忘れたわけではないようだな」

「忘れるもんかい。でもまあ…寂しくは、あるもんだねぇ」

「やけに素直だな。槍でも降るんじゃないか?」

 したりと笑う魔王に、勇者は面白くない顔をした。

「感傷にくらい、浸らせろ」

 フッと笑った魔王が少し態度を改める。


「知っているかもしれんが、ダンジョンが発生した」

「ああ、南西のやつだね、わしんとこにも情報が入ったさね」

 特に驚くことなく淡々と続けるフェイ。

「そうだ、人間たちに侵されるかもしれん場所だな」

「そうなってもお前は気にしないだろうに」

「体裁と言うものがある」

 それで、とフェイが切る。

「アナに行かせるのかい?」

「いや、まだ早いだろう…」

 そうかい?と疑問を投げる。


「どうでもいいさね、アナがどうしたいかさ。お前は提示するだけ」

「それでもなあ…少し嫌な予感もする…」

「過保護すぎるさね、お前は。わしからしたら軽く馬鹿にしているようにも感じるとも。もう少し、アナを信じてやりな」

 ぐう、と唸る。しかし、少し考えてまた喋る。

「そうだな、信じよう」

「なるようになる。心配なら用心を付けるだけで良いさね」

 窓越しから月明かりに照らされた薄暗い部屋で、二人の笑い声がこだまする。誰にも知られぬ小さな茶会。陽の昇る頃には勇者の姿は去っていた。


 翌朝、アナは朝食を摂りに食堂へと向かっていると、一人の給仕から連絡を受けた。何やら、食後に書斎へと向かうようにと、魔王からの伝言らしい。

「なんだろ、朝から。忙しないなあ」

 給仕は会釈をすると、トンと消えてしまった。この瞬間を此処に来てから良く見ているが未だに慣れない、とアナは心ながらに思う。

「とりあえず、朝ご飯食べよっか」

 肩のガルフにかけると、キュー、と鳴いた。


 朝ご飯を済ませたアナは、書斎へと向かう途中に見知った顔に出会った。

「アゼット、おはよう」

 軍服を着て歩いているその背中が、声をかけられて振り返る。

「おう、アナ。久方ぶりだな」

 爽やかに笑うイケメン。まるで太陽のような笑顔に、アナは少し目を細めた。彼の隣には、アナには見慣れない女性が立っていた。

「そっちの人は?」

 アナが問うと、アゼットが答える前に女が一歩前に出て話し始める。

「アナ様、お初にお目にかかります。わたくし、戦闘部隊第一部隊配属のミルコと申します。普段はアゼットの元に配属されております。以後お見知りおきを」

「あ、ああ。よろしくね」

 アナの返事の後に、微笑を返す。


「それで、アナ様は何処へ行かれているのですか?」

「あ、そうだ。アルに書斎へ来いって言われてるんだった」

 その言葉に二人は少し驚いた様子を見せる。

「アナ様も召集を受けているのですか?」

「アタシも、ってことは二人も呼ばれてるの?」

「そうだな、俺たちも今向かってるところなんだよ。何やら緊急なようでな~。まあ大方、国境付近のいざこざだと思うぜ」

 アナはその言葉に首をかしげて問う。


「いざこざって?」

「色々あるけど、やっぱ領土の関係だな。へーかはそこまで気にしてねえんだが、人間が魔界に踏み入る口実を作るのはよくねえって、他の二国が言ってんだ。急を要する問題がそれくらいしかねえから、まあ、予想通りだろうな」

「そうなんだ」

 ミルコが一つ訂正を、と言って続ける。

「他の二国と言っても、魔王様の御兄弟であらせられますから。しかし、兄であるフェリド様はやはり厳しく人間を見ているからか、国境に関しても厳格であると聞き及んでいます」


 ふーん、と流し気味に聞く。

「聞いてねえな?」

「いや、なんかよく分かんなくて」

 テヘヘ、と頬を掻く。呆れた顔をしている。

「まあいいや。そろそろ行こうぜ。へーかも待ってるだろうからよ」


 書斎に入ると、珍しい顔が並んでいた。

「あれ、ディミと、シャンメリー…?どうしたの、二人とも」

「いえ、私もよく分かりませんが召集を受けたので」

「ん~?僕は、知ってるよぉ~」

 フフン、と鼻を鳴らす。得意げな気分を存分に見せてくる。

「研究室長はそうでしょうね。大隊長から言われてるだろうし」

「ううん~、今回は、主からぁ~」

 驚いた様子を見せたディミだったが、直ぐに取り直した。


「では、皆揃ったな」

 魔王が口火を切って話し始める。

「集まってもらったのは他でもない。南西の国境付近でダンジョンが発生した」

 皆が驚く中、アナだけがキョトンとしていた。

「ダンジョンって、なに?」

「そうか、アナは知らねえのか。簡単に言うと、自然発生した迷宮だ」

「迷宮って、自然にできる物なの?」

「良いところに気がついたな。ダンジョンは、隠されてんだ。昔に作った奴らが見つからねえように様々な方法でな。だけど、地殻変動だったり、自然環境の変化で急にその場所に発生する、ってのが分かってる」

 それを聞いて疑問に思う。


「そんなにして、何を隠すの?」

「そりゃおまえ、お宝だろ。財宝も情報も、今まで眠ってたものが一気に出てくる。今までの常識が通じねえこともあるんだ。魔物もめちゃくちゃ居る、超デンジャラスな場所なんだぜ」

 半ば脅すように喋るアゼット。その後、魔王が続ける。


「そうだな。とても危険な場所、かつ、内部構造は毎回ランダムであるため、対処を一つ一つ変えていかなければならない。端的に言って面倒な場所だ」

「ふーん、じゃあ、放置しておけばいいんじゃない?」

「さっきも言っただろ。国境付近の問題」

 あ、と気づいた様子を見せるアナ。


「なんだ、話していたのか」

「来る途中で、少しだけですけど」

 魔王の言葉に返事をするミルコ。

「それなら、話は早いかもしれないな。シャンメリー、頼む」

 はいはぁ~い、と呑気な声で返事をすると、部屋の照明を落とす。


「皆さんご注目~」

 シャンメリーが指さした方がライトアップされ、壁に画像が映し出された。

「なにこれ!?」

「これは魔水晶クォーツだよぉ~。話が脱線しちゃうから、アナちゃんにはまた今度教えてあげるね~」

 そう言って一つ咳払いをして話し始める。


「今回発生したのはここ。トルッカの街より南西に進んだ先にある岩場。普段は大きな岩が密集してて、岩石種ゴレムが暮らしている鉱石地帯だよぉ~」

 次に指していた場所より、少し下を指す。

「発生箇所自体は国境にかかっていないんだけど、道が補正できないとか、色んな要因で国境が曖昧になっているから、人間が入ってくる可能性があるんだよねぇ~」

 そう言って、白い線が引かれているところをなぞる。

「岩石種はけっこう温厚だし、そんなに入ること自体は難しくないと思うよ。すでに準備も進めているしさぁ~」

 

「断空はどうなってんだ?」

 アゼットが手を上げて口を挟む。

「良い質問だねぇ~、アゼち。断空もあるにはあるんだけれどね、人間も超える術をを持っていることは知っているだろぉ~?」

 ああ、と返事をする。

「普通は境界師しか使えないけれどさ、魔王様の見立てだと、どうやらこの岩場の周辺国家は使えるかもしれない、ってさ」

 全員が魔王の方を見る。


「そうだな、あくまで懸念材料だが…我が国で他に人間界と面している場所では、国境を明確に定めることが出来ているが、この場においてはそれが出来ていない。故に、ダンジョン発生というランダムな要素を虎視眈々と狙い、国境を脅かす準備はしているだろう、と考えたわけだ」

「そりゃ、考えすぎじゃないっすかねぇ」

 こら、とミルコに小突かれるアゼット。痛がる。

「そうだな、だが考えうるということは、あり得るということだ。用心にこしたことは無いだろう。そこで…」

 魔王は改めて話し出す。


「今回のダンジョン攻略はアゼット、お前に一任する。小隊を編成し、迅速にダンジョンを攻略した上で、この領土の印を付けてこい」

 アゼットに杭を一本手渡す。

「まじですか!?よっしゃぁ~!!」

 大いに喜ぶアゼット。

「そんな嬉しいもんなの?」

「最近暇していましたし、それに、魔王様直々にお願いされることはそうそうありませんから」

 ミルコもなんだか嬉しそうに喋る。

「すでにマルシェラ率いる技術研究部隊が、入り口の発見と解析自体は済ませている。中にあるであろう財宝も、いくつか取り分にしていいぞ」


 気前良く話す魔王。それを見て、

「あのさ…」

 と、アナが気まずそうに声を上げる。

「どうした?」

「アタシはなんで呼ばれたの?」

 それを聞いて思い出したかのように笑う。


「おお、そうだった。忘れるところだった。実はだな、アナよ。お前もダンジョン攻略に参加してみないかと考えていたんだ」

「アタシが…!?」

 そうだ、と肯きで返事をする。

「まだ少し心配ではあるんだがな。ダンジョンの発生はランダムだ、この先またいつ出てくるかは分からんからな。せっかくの機会だと思ったんだが…」

 少し、考える。そうしてすぐに答えを出す。

「アタシ、行ってみたい!」

 そうか、と微笑を浮かべる。

「良かった、では同行するということで頼むぞ」

 そう言ってアゼットの方を見る。


「了解っす。アナ、逸れんなよ~?」

「うるさいよ」

 笑って冗談をかます。アナも軽口で返す。


「…なるほど。そこで私ですか」

 静かに聞いていたディミが口を開く。

「そうだ。聡くて助かるぞ、ディミ」

「お褒めに預かり光栄です」

 深くお辞儀をして返す。


「ディミがどう関係してるの?」

「お前と共にダンジョンに潜るのだ。戦闘部隊とは別でお前を近くで守る者がいた方が良いと思ってな」

 なるほど、と納得した様子を見せるアナ。

「ディミは機転が利くし聡い者だ。何よりアナ、お前を慕っているようだからな」

「そうなの?」

 と言ってディミの方を見る。

「あ、主様…」

 少し恥ずかしそうにしている。


「ハハハッ、すまない。内緒であったな」

 いえ、と照れた様子で返す。

「じゃあ、よろしくね、ディミ!」

「ええ、こちらこそ。よろしくお願いしますね」

 アナへ微笑みをかけて返事をした。


「それでは、これよりダンジョン攻略に取り掛かる。アゼットの小隊編成が終わり次第、中庭に集合をかけ、出発しろ。トルッカを過ぎた辺りで案内の給仕を置かせてある。それに続き、速やかに攻略を果たせ」


 全員、胸に三本指を当て敬礼をする。アナも真似して敬礼した。


「おーし、全員揃ってるな。それじゃあ…」

「いっくぞ~!!!」

 飛び出してきたマカロンにぎょっとする一同。アゼットが困惑して問う。

「お前はなにやってんだ?」

「何って、私も付いていくんだよ~!!!」

「馬鹿が!!許可するわけねえだろ!!」

「ええ!?」

 アナが呆れて話しかける。

「マカロン、遊びじゃないよ?」

「分かってるもん!!!」


「シャンメリー、どうするの?」

「良いんじゃなぁ~い?主様もマカロンに関してはけっこう甘いとこあるし、一日もかからないだろうしぃ~?」

 問いかけに関して、気だるげなように喋る。

「やった~!!」

「ただ、帰ってきたらビスキー姉にこってり絞られるだろうけどねぇ~」

 ガーン、と驚いた顔をしながらも、結局ついてくるようだ。


「それじゃ、気を取り直して、出発だ!!!」

 高らかに声を上げ歩き出すアゼットに、部隊の者たちも続いていく。アナもディミとガルフと共に、後に付いて行った。

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