魔王、勇者を拾う。
かふぇ猫。
邂逅、或いはプロローグ
非日常とは退屈しないものだが実際に対面すると、そうでもないものである。
例年より強く降ったらしい雪にそう感じながら、街灯に照らされる整然とした道を歩いていく。
人間界の方に出てくるのは久方ぶりだが、以前とあまり変わらないからか、そこまで戸惑うこともなく足を運ぶことが出来る。定期的に近くの地方にある街には自ら足を運び人間たちの情報を見聞きするようにしているが、今回は前回から時間が開いたこともあり、まとめるモノが多い。
これだったら部下の一人くらい連れてくるべきだったか、いや、
我が城の周辺ではこれほど積もることが滅多にないため、景観が銀一色になるのはいつぶりに見ただろうか分からない。吐く息がまるで雲のように質量を持ちかけているほど空気が冷え、少し手が
それにしても、冬季だからと言っても、ここまで冷えていたか。
そんなことを考えていると、声が耳に入ってきた。掠れるような声だ、二つ先の建物に挟まれた細い路地から聞こえてくる。少しずつ、少しずつ小さくなっていく。近づき路地を覗いてみる。子供が一人倒れている。咄嗟に駆け寄る。
何日も風呂に入っていないのだろうか…髪も肌も汚れがかなり多く、髪に関しては傷みきっている様子だ。次いで、肌には汚れているにも関わらず、目に見えるほど生傷が多く、特に火傷と打撲の
立場上、多くの怪我人を見てきたが、これほどの物はあまり記憶にない。
「これは、
苛立ちと怒りを吐き捨てる。思わず拳に力をこめるが、少女の
「童、無事か。まだ口は利けるか」
問うた言葉に返事がない…いや、蚊の鳴くような声が聞こえてきた。
「だ、誰だ…あんた…」
血を吐く。身体を起こそうとしているが、ほとんど力がこもっていない事が見て取るように分かる。無理をするな、と制止する。
「私は魔界の北国を統べる魔王、アルデバラン・ヴァーミリオン。口が利けるのであれば上々だ、もう喋るな…聞きたいことは、回復してから聞く。まずは我が城に連れていく。拒否は受け付けん」
そう言って連れていくように子供の身体を浮遊の魔法で浮かせる。少し骨の軋む音がした。できるだけ揺らすことなく慎重に運ぶことにする。
「…魔王だと?ハハッ…!」
途端、少女は気が触れたように笑い始めた。
「アンタが魔王か…あんたが…!!」
怒りと憎しみのこもった目で我を見つめる。魔法を振り切ろうとして身体に力を入れるが肉も骨も悲鳴を上げている。これ以上動かせば、その身体が使い物にならなくなることは明らかであった。それでも力を入れることはやめなかった。
「アンタを、アンタさえ殺せば…!!!」
鬼気迫るその剣幕に少したじろいだのを逃さず、少女は浮遊の魔法を振り切って地面に投げ出される。強く、そのまま少し転がった。
「ああああああ!!!!!」
痛む身体を顧みず、転がった勢いのままに飛び掛かってくる。少し躊躇う。
私の名を聞き、狂ったように激昂したこの童に戸惑いと少しの申し訳なさを感じる。私が、この少女がこのような扱いを受けている原因なのだろうか…しかし、彼女とは面識すらない。であれば、そう…私という存在が何らかの遠因となり、彼女を傷つける口実となってしまったのかもしれない…
申し訳なさで、胸が裂けそうな思いを抑えながら、彼女の怪我を治すこと優先するために、拘束の魔法に切り替える。
相殺しきれない勢いは衝撃となり、少女の肉体へと吸収されていった。少女はそれっきりピクリとも動かないが、幸い掠れるような呼吸音は聞こえる。おそらく気を失ったのだろう。
「ようやく、落ち着いたか…さて」
その場に魔方陣を展開する。痕跡を消す魔法と、空間移動の魔法を同時展開して即座にこの場から離れる。街から数km離れた森へ飛び、そこからまた数km、また数kmと飛んでいく。
「早く救護部隊へ任せたいが、これが最良か」
慎重に、丁寧に運んでいく。普段よりも遅いその移動は、せめてもの申し訳なさから来るものなのかは、自らも与り知らぬものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます