大輔の日常
CR松坂大輔
第1話 現場
パシュン!パシュン!
大輔「岩上さんこんにちはー!」
岩上「おー、大輔くん!今日はどうした?」
大輔「いやいや、検査前のチェックに来るってこの前言うてたじゃないっすかー。」
岩上「せやせや、言うとったなぁ。大輔くんの顔見たらパチンコ行きたくなって全部忘れてまうわぁ!」
大輔「勘弁してくださいよぉ、人をどんだけパチンコ好きや思ってるんすかぁ。岩上さんには負けますわぁ。」
大輔の仕事は住宅会社の施工管理。いわゆる現場監督だ。現場監督の仕事はかなり多岐に渡るため説明は省略するが今日は明日に控えた建築基準法の検査の前の自主チェックに来ている。
大輔と話しているのはこの現場の請負大工の岩上さん。ガッチリ体型の50歳過ぎのおじさんだ。ちなみにパシュンという音は釘を打つ音だ。現代の大工は皆が想像するようなカナヅチで釘を打つことはほとんどなく、大きめの銃のような機械で釘を打つ。コンプレッサーからホースを通して供給される圧縮された空気を利用して打つ仕組みだ。テッポウとも呼ばれているが呼び方に地域性があるのかはわからない。少なくとも大輔のいる関西の一部のエリアではそう呼ぶ人が多い。
大輔ぐらい慣れてくるとこのパシュンの音の間隔で現場の請負大工が誰か分かると言っているらしいが後輩には嘘だと思われている。
岩上「どうなん?最近勝ちよるん?」
大輔「全然っすねぇ。ずっとあのパチンコ屋に貯金しっぱなしですわぁ。」
岩上「ははは!俺も一緒やわ!なかなか引き出されん貯金やけどな!」
大輔「ほんまに、金利もマイナスちゃうんか思いますねぇ。」
大輔が現場に来ると大工の岩上は手を止め缶コーヒーをくれる。このあたりは大工によるが全く手を止めない大工や現場監督が来ると絶対に仕事を見せない大工など様々だ。
大輔も慣れたものであまり手を止めて欲しくない大工の現場に行く際は休憩時間を狙って行く。だいたいどこの大工も10時と12時、そして15時に休憩を取ることが多いためその時間に現場に寄るようにしている訳だ。
グビッ!グビッ!
岩上「なぁ、聞いたか?津波さんこの前、万枚出したらしいで。」
大輔「まじすか。あの人あんまりパチ屋行ってるイメージないんですけど好きなんですねー。」
岩上「あんまり長い時間おらんらしいわ。数千円使ってあかんかったらすぐヤメて帰るらしい。俺らにはできへんわぁ。」
大輔「すごいすね。僕らもうほとんど勝ちたいより打ちたいが勝ってるんでそんなスパッとヤメれんすね。」
岩上「ははは!ほんまそうやな!店着いてすぐ出てもきっちり全部飲ませて帰るもんな!やっぱ俺らはあかんなぁ。」
津波さんとは別の現場を担当している大工さんだ。普段からパチンコをする話はほとんど聞いていなかったので大輔は少しびっくりしている。むしろ普段はFXがなんやらーとか言っているような人なので忙しい人だ。
万枚とはパチスロでメダルを1万枚以上出すことである。最近は低貸しと呼ばれる5円スロットなどがかなり増えてきたが、最もポピュラーなのが1枚20円で貸し出しして遊戯する20円スロットだ。どこのパチンコ店にも交換率というものが設定されている。パチンコやスロットは1,000円単位でパチンコ玉やスロットメダルを貸し出すシステムとなっており、遊戯台の横のサンドと呼ばれる機械にお札の入り口がある。ここに1,000円を入れると50枚のスロットメダルが貸し出される。このスロットメダルでパチスロ遊戯を行い、メダルを増やしたり減らしたりするわけだ。1,000円で50枚貸出を行う店で客が50枚の交換をした時に1,000円の景品を渡す場合、その店の交換率は等価交換となる。この割合が店によって様々で貸し出し時に1,000円をサンドに入れても46枚しか出てこない店もあれば、貸出時は50枚でも同じ50枚を交換した際に900円分の景品しか貰えない店もある。だいたいが等価交換店ではなく貸し出し時や交換時に店側が有利になる交換率をつけている店舗が大多数だ。
話を戻して津波さんが出した1万枚というスロットメダルはなかなかの迫力である。
世のスロッターはこの万枚を目掛けて遊戯をしていると言っても過言ではないぐらい万枚のインパクトは凄まじい。なにせ等価交換であれば万枚は20万円になる。そこらへんの新卒の月給前後の金額が1日で手に入るので笑いが止まらないだろう。人に言いふらしたくなる気持ちもわかるし、聞いた人がまた別の人に話したくなるのもわかる。そして話を聞いたスロッターたちが羨み、挑戦して大輔や岩上のようにパチンコ屋へ貯金を繰り返すのである。
岩上「さっ、そろそろ仕事しよかな!」
大輔「そうですね。僕もサッとチェックだけして帰ります。手止めてしまってすんません。」
岩上「ははは!ええよ、ええよ!こんな話しとったらえらいパチンコ屋行きたくなってもたわ!早く仕事終わらせて行こかな!」
大輔「好きっすねー。パチンコのことばっか考えて怪我するんだけは勘弁してくださいねー。」
岩上「大丈夫!大丈夫!」
...
大輔「じゃあ岩上さん、チェック終わったんで帰りますねー!あとよろしくお願いしまーす!」
岩上「おう!お疲れさん!また寄ってよ!」
...
大輔「ふぅ、岩上さんいっつもパチンコの話やなぁ。あ、たまに競馬もするか。でもほんま好きやなぁ、あんな楽しそうに話されたらなんか俺も行きたくなってきたなぁ。はよ帰って行こかな。」
プルルルル...
大輔「もしもし?」
北町「おう、大輔!」
電話の相手は大輔が小学生から付き合いのある北町だ。現場監督の仕事上、日中に電話に出られることは大輔の友人には周知されているためこうして普通に電話がかかってくる。
北町「今日、晩飯食いに行かへん?」
大輔「あー...」
大輔は即答できなかった。
いつもノリのいい大輔なら即答で誘いに乗るところが返事に詰まったのである。
理由はもちろん...
北町「あれ?珍しいやん。なんかあるん?女子と遊びに行くん?」
大輔「いや、そういうんじゃないねんけど...」
迂闊だった。ついさっき決意したところだ。今日は早めに仕事を切り上げてパチンコ屋に行くと。
その決意と同時に着信が来たため、つい電話に出てしまったのだ。断り文句の準備が足りない。大輔がパチンコ、パチスロ好きなのはもちろん北町も知っている。しかし大輔はパチンコ屋に行きたいことを理由として友人の食事の誘いを断りたくないのだ。正直に言えば北町も笑って済ませるだろう。たがそこは大輔にも美学があり、パチンコなんかで友人の誘いを断ることは友人を蔑ろにしている、優先順位を低く見ていると思われることが嫌なのだ。
大輔の脳がフル回転する。おそらく今日の仕事で使う思考以上に脳に負荷を掛けてスマートに断る理由を探しているのだ。
頭が熱くなる。先程までヘルメットを被っていた暑さとは違う感覚だ。脳を動かし、その運動量から熱エネルギーが出ている、そんな感覚から来る熱さだ。
早さも重要だ。スマートに断るには当然、事前に入っている予定でないと辻褄が合わない。しかしそこは不純な動機であることが邪魔をするのかなかなかスッと思いつかない。返答を長引かせると北町に変な気を使わせてしまう。それだけは絶対に避けたいのだ。
...
大輔「今日、じいちゃんの通夜やねん。」
北町「まじで」
大輔の日常 CR松坂大輔 @daisuke0011
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