いつの間に現れたのか
いつの間に現れたのか、三人の男が外にいる。こちらに向かい、歩いて来ていた。
ひとりは、かなりの巨漢だ。さっきの力士ほどではないが、百八十センチを優に超える身長と、岩を連想させるような体格の持ち主である。耳は潰れ、餃子のようになっている。髪は短めで、いかつい顔には凶暴そうな表情が浮かんでいた。トレーナーを着て、手袋を嵌めている格好からは、先ほど見てきた連中と似たものを感じる。恐らく、こいつも防刃のベストとグローブを付けているのだろう。
もうひとりは、見たこともないような不気味な風貌をしていた。背は僕と同じか、やや高いくらいだ。しかし肩幅は広く、ガッチリした体格である。頭の毛は綺麗に剃られていた。鼻は曲がり、片方の目の周りは妙に歪んでいる。明らかに普通ではない。殺し屋のような雰囲気を漂わせ、こちらを見ている。
最後のひとりは、ただのサラリーマンにしか見えなかった。メガネをかけてスーツを着た、中肉中背の中年男だ。顔つきも、ごく平凡なものである。電車の中で会ったとしても、次の瞬間には忘れているくらいありふれた風貌だ。彼を見て、こんな殺人集団の一員だと誰が思うだろうか。
「向こうから来てくれるとはありがたいな。翔、鈴、行くぞ。奴らをブッ殺して、さっさと家に帰ろう」
言うと同時に、明が先頭を切って外に出て行く。僕と鈴も、それに続いた。
「あんたら、一体なんなんだよ!」
外で向き合うと同時に、鈴が叫ぶ。憎しみを込めた目で、男たちをじっと睨みつけている。先ほど泣いていた姿からは、想像もつかない。
もっとも、僕も気持ちは同じだった。雰囲気から察するに、この男たちは集団の中でも上位にいるはず。ならば、何のためにこんなことをしでかしたのか……彼らの口から聞きたかった。
しかし、返ってきたのはふざけたものだった。
「うーん、説明するのは難しいな。あえて言うなら、ハンター兼アーティストってところかな」
サラリーマン風の男が答える。その口調は、本当に軽いものであった。あれだけのことをしておきながら、言葉に重みがまるで感じられない。まるで、ゲームのルールを説明している主催者のようだ。
鈴の表情が、さらに歪んだ。しかし、男は構わず語り続ける。
「自己紹介といこうか。私の名は坂本。こっちのでかい方が花岡、スキンヘッドの方が黒川だ。我々は、人の生と死をテーマにした芸術作品を作るサークルに所属しているんだよ」
そう言って、ニヤリと笑って見せた。どこまでふざけた連中なのだろうか。
僕の思いをよそに、坂本と名乗った男は一方的に語っている。
「君たちは……飛鳥翔くんに、工藤明くんに、直枝鈴さんだよね。ずいぶんと派手に殺ったなあ。うん、殺り過ぎだよ君たちは。大したもんだ。さすが、あの大事故を生き延びただけのことはある。実に見事だ」
「その生き延びたうちの三人を殺したのは、あんたらじゃねえか」
静かな口調で言葉を返したのは明だった。彼だけは、冷静さを保っている。この状況下では、その冷静さが頼もしかった。
すると、坂本はうんうんと頷いて見せる。
「そう言われると、返す言葉もないよ。でも、いいじゃないか。君らには関係ないしね。ところで提案だが、我々は君らを殺す気はない。いろいろ忙しくてね。悪いが、このまま立ち去ってくれないか? 後の始末は我々がしておく。君らは想定外の強さのようだが、我々には勝てないよ。おとなしく立ち去るんだ。そして、今夜見たものは全て忘れたまえ」
「ざけんじゃない!」
怒鳴ったのは鈴だ。体を震わせながら、坂本を睨み付けている──
「あたしは、お前らを絶対に許さない! お前らのしたことの報いを受けさせてやる!」
「そうか。じゃあ死んでもらうしかないな。殺せ」
坂本の声が引き金となった。その場にいた全員が、一斉に動き出す──
僕は、サバイバルナイフを振り上げる。花岡と呼ばれたガタイのいい男が、向こうから突進してきたのだ。掴まれる前に、ナイフで切りつける──
しかし花岡は、僕のナイフの一撃を前腕で難なく受け止めた。この男は防刃ベストを着ているだけでなく、腕にもプロテクターを仕込んでいるのだ。
それに気づいた瞬間、花岡は僕の腕を掴んでいた。
直後、目に映る景色が一回転する──
花岡は、腕を掴むと同時に投げ技を使ったのだ。一瞬の投げにより、僕の体は地面に叩きつけられていた。全身に走る強烈な痛み。生まれて初めての経験だ。息がつまりそうになった。
今になって思うと、僕は強運に助けられたのだ。もし叩きつけられた場所がアスファルトだったら、勝負はそこでついていただろう。だが、叩きつけられたのは土の上だった。
また、相手の投げが綺麗に決まったのも幸いだった。もし背中でなく、頭や首から落とされていたなら、僕は死んでいただろう。
だが、花岡の投げは上手かった。今ならわかるが、彼は柔道をみっちりやってきたのだろう。その投げは上手かった。上手かったがゆえに、僕は背中から落とされたのだ。
大丈夫だ。
僕はいじめられっ子だったんだ。
もっと酷くやられたこともある。痛みには慣れっこだったじゃないか。
耐えるんだ。
投げられた直後……ほんの一秒にも満たない時間に、僕の頭の中をそんな思いが駆け巡る。必死で動き、立ち上がろうとした。
だが、花岡は倒れた僕にのしかかる。襟首を掴み、一気に絞め落とそうとする。柔道の技には、服の襟を絞めることにより相手を絞め落とすものがあるのだ。
無我夢中だった。消えそうな意識の中、僕は花岡の顔面に手を伸ばしていた。半ば本能的な動きだった。
顔を掴むと同時に、自分の親指を彼の眼球に押し込む──
すると、花岡は驚愕の表情を浮かべた。次の瞬間、苦痛に顔を歪める。獣のように吠えながら、僕の手を振り払う。同時に、襟の絞めが緩んだ。あと一秒遅かったら、絞め落とされていただろう。
片目を潰された花岡の顔に、今度は鈴の蹴りが放たれる。彼女の全体重を乗せた後ろ蹴りだ。花岡の顔面に、鈴の足裏が炸裂した──
ノーマークの状態で、顔面に後ろ蹴りをまともに食らったのだ。後ろ蹴りは、足技の中でもトップクラスの衝撃力だ。花岡は血を吹き出しながら、仰向けに倒れる。
だが鈴は追撃の手を緩めない。倒れた花岡の体をサンドバッグのように蹴り、さらに踏みつけた。
僕も起き上がり、一緒に蹴りまくる。
花岡は顔を手で覆い、倒れている。
だが、鈴は攻撃をやめない。殺意に満ちた表情で、何度も蹴り続ける──
その時、僕の心の中に、ある気持ちが生まれた。鈴を羽交い絞めにして、倒れている花岡から力ずくで引き離す。
「鈴! もうやめるんだ! とどめは僕が刺す!」
すると、鈴は憤然とした表情で僕を睨む。だが、言い続けた。
「君は殺しちゃいけない。殺すのは僕がやる。君はこれ以上、手を汚しちゃいけない」
そう、この闘いで僕は悟ったのだ。
相手の流した血に、真っ赤に染まってしまった両手。それは、どんなに洗っても綺麗にはならないのた。
彼女の手だけは、血の色に染めてしまってはいけない。
すると、鈴の表情に変化が生じた。僕の意思が伝わったのだろう……彼女は顔を歪めながらも頷き、後ずさって行く。
僕はすぐに振り向いた。花岡は顔を手で覆い、うめき声を上げている。まさか、ただの高校生である僕らから、こんな手酷い反撃をくらうとは思っていなかったのだろう。既に戦意を喪失し、顔は血まみれだ。
そんな血まみれの顔めがけて、僕はナイフを振り下ろしていった。
何度も、何度も──
やがて、花岡は動きを止めた。
その死を確認すると、僕は立ち上がる。
呆然としている坂本に向かい、鈴と共に歩いて行った。
・・・
明は迷うことなく、坂本に突進して行った。
敵味方入り乱れての乱戦時のセオリーを、父ペドロより教わっている。そのセオリーの中に、一番弱い敵から片付けていく、というものがある。そのセオリー通り、まずは坂本から仕留めにかかった。
だが、黒川と呼ばれていたスキンヘッドの男に阻まれた。見たこともないような奇妙な構えで、明の前に立ちはだかる。
異様なものを感じ、明はとっさに立ち止まった。この男、ただ者ではない。これまで、戦場のごとき修羅場を潜り抜けてきた勘が告げていた。目の前の男は、他の連中とは格が違う。
ほぼ同時に、黒川は一瞬にして間合いを詰めて来る。まず、手が動いた。まるで正拳突きのような動作……だが、これはフェイントだ。逆に素人ならば引っ掛からなかっただろう。しかし、明は素人ではない。それがゆえに、反応し思わず払いのけようとする。
その瞬間、黒崎は厶チのように速く、しなやかな前蹴りを放った。速さを重視した蹴りだ。
明は、その前蹴りを躱しそこねた。爪先が、みぞおちに食い込む。息がつまるような衝撃を感じた。速さといい威力といい、格闘技をかじった程度の人間の技ではない。間違いなく、武術に長年打ち込んできた者の技だ。常人なら、この一撃で倒れていただろう。鍛え抜かれた明の肉体にも、強烈なダメージを与えた。思わず動きが止まる。
黒川は、その隙を逃さない。しなやかに伸びる目突きが明を襲う──
だが明は、とっさに顎を引きつつバックステップした。父とのトレーニングの日々で培ったものが、零コンマ何秒かの攻防の中で最適な動きを教えてくれている。放たれた黒川の指を、額で受ける。
直後、明は素早く前転した。勢いのついた浴びせ蹴りを放つ──
明のかかとが、凄まじい早さで黒川の顔面めがけて振り下ろされた。
しかし、黒川は簡単にこれを見切る。型通りの回し受けで、振り下ろされた明のかかとをあっさりと払いのけたのだ。
明の動きは止まらない。次は足首への関節技を狙っていく。黒川の足元に着地した明は、両手で黒川の左足首を掴んだ。そのまま足首の関節を極め、破壊しにかかる──
そんな明の攻撃に対する黒川の反応もまた、尋常なものではなかった。一瞬で足を引き抜いたかと思うと、次の瞬間に下段突きを放つ。
試し割りなどでよく見られる、空手の下段突き……相手の頭が床に固定されているような状況では、凄まじい威力を発揮する。高段者の下段突きは、コンクリートブロックすら粉砕できるほどの破壊力を秘めているのだ。
黒川の下段突きが命中すれば、明の頭蓋骨は陥没しているはずだった。だが、その下段突きは途中で止まる。
黒川は凄まじい痛みを感じ、自らの左足を見る。すると……いつのまにか、彼のアキレス腱は切られていたのだ。
ニヤリと笑う明。どこから取り出したのか、彼の手には折り畳み式のカミソリが握られていた。明の本当の狙いは、これだったのである。足への関節技を狙えば、黒川は必ず足を引き抜こうとするはず。そこにカミソリを当て、アキレス腱を切断する──
明はすぐに立ち上がり、背後に廻りこむ。その動きに対し、黒川も裏拳を叩きこもうとする。
だが、ほんの一瞬遅れた。切り裂かれたアキレス腱の痛みが、技の出がかりを邪魔したのだ。
一方、背後に廻り込んだ明は、黒川の口を掌でふさぎ顔を上げさせる。と同時に、カミソリで喉を切り裂いた。
黒川の喉から、大量の鮮血がほとばしる──
「あんたは強かったぜ。格闘技の試合なら、俺の負けだったろうよ。でもな、こいつは試合じゃねえんだぜ」
死体と化した黒川にそう言い放つと、明は最後に残っている坂本の方を向いた。
怯えたような表情の坂本に向かい、ゆっくりと歩いていく。明の勘は、この先の展開がある事を告げている。闘いは、まだ終わりではない。
もう一波乱ある──
・・・
僕は坂本と向き合い、ナイフを構えた。
奴は震えている。感じている恐怖を隠せていない。ついさっきまで、坂本は余裕の表情だった。自身たっぷりの様子で、微笑みすら浮かべていたのだ。なのに今では、誰が見ても分かるくらい、はっきりと怯えている。
花岡という男は死んだ。僕が殺したのだ。黒川という男はたった今、明が片付けた。
結果、ひとりぼっちになった坂本。奴は、どうしようもなく弱々しく見える。急に体が一回り小さくなったようにさえ感じた。
こんな奴に、あの三人は殺されたのか?
僕は怒りよりも、むしろ当惑を感じた。それほど、目の前の坂本は情けなかったのだ。
しかし、まだ終わりではなかった。
「お前ら、いい加減にしろ! ガキだと思って情けかけてりゃ、いい気になりやがって!」
坂本は、不意に喚き散らした。と同時に、懐から何かを取り出す。
それは、黒光りしている拳銃だった。
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