第11話 26歳・男性・会社員・神力による恣意的殺害

「おはようございまーす」


「おはようございます」


 7時30分。フィオラは出勤するなり同僚の黒髪ロングの下級神に挨拶する。他の同僚も来ているが、皆デスクへ向かって何らかの仕事を処理している。

 本来の始業時間は8時30分なのだが、どうあがいても間に合わないのでみんな早く出勤している。そういうことになっている。


「はあ……今日も一日、適当に魂をそのへんの異世界に投げていくかねえ……」


「フィオラ、それ、今日は出来そうにないって。ほら」


「んーーー?」


 フィオラは自分のデスクに貼られている付箋を見る。見てすぐに破り捨てそうになりこらえた。


「今日は1日、私の所で特別転生者の面談と能力付与の補助を行うように……!?マジ……!?」


「やったじゃない。電遊神様直々のお誘いよ?」


「特……別……転生者……!?」


 前話でも説明したと思うが、特別転生者とは死んで罪を背負ってきた通常の転生者とは違い、神によって選ばれ世界の秩序を保つために送り込まれる勇者候補生。小世界へ直接渡ることの出来ない神々の名代とも言える存在である。

 その魂強度は穢れて異世界転生コースに堕ちてきた落伍者とは違い、極めて強靭である。それに、神による瑕疵ある殺害を経ているために余計魂がブーストされている状態となっている。

 当然、強い能力を選びたい放題なのだが……その分、能力を付与する神の負担は計り知れないのでおいそれと作るわけにはいかない。上級神にとっての決戦兵器と言えよう。


 そんな奴への能力付与をやれ、というのは「消滅しろ」と遠回しに言われていることに他ならない。


(どうして……!?こないだの飲み会で私は何か粗相をしたか……!?あれか?急にタバコ吸ってこいって言ったあたりだから……)


「だ、大丈夫?あまりの栄誉に身が打ち震えてる?」


「打首の恐怖で身が震えているの間違いよ……」


「でも、特別転生者を任されるってそういうことじゃない。貴女、いつどこでそんなに善行を積んで来たの?」


 というのは実際に能力付与を行ったフィオラの主観であり、能力付与など任せてもらえない下級神達はその危険性を把握していない。

 能力付与を、それも特別転生者のを任されるということは魂の強度が相応にあると認められたというのが一般的な見解だ。

 それは2つの意味で違っているのだが、フィオラ自身も知る由はない。


「もし、私が消滅したらここの私物全部両親に送ってくれる?」


「何で消える前提で話を進めているのよ……」


 明かした所で余計な嫉妬を買いそうだったので、フィオラはとっととユニティの下へと向かった。どうせ消えるなら早い方がいい。






「というわけで、特別転生者を作ろう!」


「ヤダーーーーーーーーッ!!!!!」


 部屋を開けたら開口一番コレだったので心の準備が不十分だったフィオラは叫んでしまった。


「まあまあ、これから僕と一緒に妹様を倒して中級神へとランクアップするんだろう?だったら特別転生者の作り方ぐらい学んでおかなきゃね!」


「初耳なんですけどぉ!?というか妹様を倒す気でいらっしゃる!?」


「うん……それ言ったら他の上級神から見放されたけどね……」


 何の相談も無しに自分が先手を取ろうとした結果がこれである。


「というわけで、まずは肩慣らしだ。フィオラ、適当な魂に適当な能力与えといて適当に妹様へぶつけようぜ」


「何もかも適当じゃないですか……お電話お借りしますね」


 ユニティの席に置いてある受話器を取り、番号を入力する。


「は、はい!?こちら転生課ですが……!?」


 すると、非常に焦っている黒髪ロング下級神の声が聞こえてくる。これに関しては上級神の電話から内線を飛ばしたフィオラが悪い。


「私よ私。ごめんね、ユニティ様かと思った?」


「後でタバコ1カートンおごりなさいよ……それで、何の用?」


「アメンボ確定したやつの魂1つ、ユニティ様の部屋に連れてきてくれない?なるべく好戦的なのがいいんだけど」


「どうしてまた……まあいいわ、ちょっと掛け合ってみるから」


 電話を切ったところでユニティが小世界を1つ持って指差しているのが見えた。それは、割と高頻度でアメンボを送っている馴染みのある世界であった。


「ここね、実は妹様のホーム」


「あ、そうだったんですか。確かMMORPGの世界でしたっけ?何でまた祖神の妹君がこんなところに……」


「うーん、妹様の生い立ちは少し複雑だからなあ……さて、何はともあれ妹様がどれだけ強いか試してみよう。はいこれ、この世界での妹様の能力値レベル。参考にしてね」


 そうして渡されたカードには何らかのアイコンと数字がびっしりと書いてあった。ゲームに疎いフィオラには何のことだかさっぱりだ。


「あの、これ100しか書いてないんですけど……これってゲーム内だとどのぐらい強いんですか?」


「ん?ああ、それ限界カンストだね。最も、その世界の12%の人はそこまで鍛えているし、妹様はダルいの一言で高難易度レイドは行ってないから上位20%にも入らないって自己評価は割と妥当だね」


「ふうん……」


 ユニティの言っていることが何一つとして理解出来ていなくて困っていたフィオラだったが、運良くそこに助け舟が来る。

 屈強な身体を有した魂を引きずって来た黒髪ロングが入室したからだ。


「失礼します。ご注文の魂をお持ちしました」


「は、放せ!アメンボは、アメンボは嫌だ!」


「お客様、貴方は大変運がよろしい。貴方はアメンボ転生を回避出来ることになりましたから」


「へ……?許してくれるんですかい?気に入らねえやつは全部俺のナイフで殺してきたこの俺を?」


 とか言いながら魂はナイフを一舐めする。普通だったらこんなのエターナルの所へ送って廃棄世界と共に消えてもらうところだ。

 だが、彼は本当に運がわるい。栄えある実験台としてその身を役立てることが出来るのだから。


「フィオラ、どのぐらいで見とく?」


「3割が妥当かと。実力差が及ぼす影響が見たいので」


 フィオラはナイフ男に向かって手を翳すと、男の動きが急に俊敏になる。あまりにも急だったので男は舐めていたナイフで舌を切ってしまった。


「いでえええええええ!!!あ、でもすぐに治る」


「妹様の3割程度でこれですか……」


「それはあの世界の都合上だろうね。非戦闘時は急速に自動回復するから」


「成程。では人の子よ、次の世界で新たな人生を謳歌なさい。ですが、一つだけ条件を」


 フィオラはあらかじめユニティから渡されていた人相書きスクリーンショットを見せる。見ただけで力が抜けそうなツラの鶏を模した被り物が嬉しそうにジャンプしているものだ。


「この人間……人間?を殺しなさい。ご自慢のナイフとやらで、ね」


「お安い御用だぜ女神様!俺のナイフで首をはねたい!」


 そんな事を言いながら魂は小世界へと旅立っていった。いつも通り動画再生の準備を始めたユニティとフィオラを、残された黒髪ロングは呆然と見ていた。


「フィ、フィオラ……?あなた、一体……」


「君、ここでの職務は終わった。早々に去るがいい」


「は、はいいぃぃいいい!!!」


 上級神の圧に押され、黒髪ロングは這々の体でその場から去っていった。


「ええ……?ユニティ様、そこまで邪険にしなくても……」


「ただの下級神風情にこれからやることを知られるわけにはいかないもんでね。後で記憶処理も必要かな」


「私もただの下級神なんですが」


「君は特別なんだよ。ただの下級神ではない。さて、彼の動向でも観ようか」


 小世界を覗くとパンツ一丁の白い巨男が金色の神輿に乗りながら金をばら撒いている妹様を物陰から見ていた。その右手にはナイフが握られている。


「どうやら言いつけは守っているようですね……ところで妹様は何を?」


「いつもあんな感じで不審行為に勤しんでいるから気にしなくていい」


 そこは気にするべきところだろう、とフィオラは思った。


『おっと不審のにおい』


 しかし、男はあっさりと背後を取られてしまった。妹様の乗り物もいつの間にか金色の羊に変わっている。少なくともフィオラにその動きは見えなかった。


 その後も妹様を狙って暗殺しようとする男だったが、少しでも殺気を感じた時点で反応する妹様に気取られ失敗してしまう。花畑で体育座りをしている半裸の男はシュールすぎる。

 それよりも、バレても殺されていないのが不思議でならない。妹様流に言うと不審なのだろう。その妹様当人は仲間の冒険者にリンチされていたが、きっと不審が祟った故の扱いなのだろう。


 少し場面を飛ばすと、男はついに妹様の本拠地を突き止めたようだ。だが、侵入したところで妹様に見つかってしまった。背後に回られ、その首筋には薔薇をあしらった短剣が突きつけられている。いつもの被り物を外した状態でだ。


『けっ、結婚してください!』


 その顔を見た男は、何故か求婚してしまった。


『え……私なんかでいいの……?百合に挟まったり他人のパンを掠め取る不審者だよ……?』


「なんでちょっとまんざらでもないみたいな空気になってんだ……!」


「知らないよ!で、でもチャンスだぞ!このまま油断してくれたらもしかしたら……」


『でも人間との結婚はノーサンキュー。だって、人間って鳥を食べるじゃない』


 しかし、急に態度を変えた妹様は短剣で男の首を刎ねた。


『でも、私の主食スモークチキンなんだよね』


「心底どうでもいい!」


 ユニティは慌てて覗くのをやめる。以前のように咎められたくはないからだ。


「……とまあ、妹様の3割程度じゃこうなるって事だね」


「でも勝ち筋は見えました。さっき同等以上の冒険者にはなす術なく足蹴にされていましたからね。最も、そのチート付与に私が耐え切れるか……ですが」


「そうだね。というわけで最適な魂を見繕ってきた」


 ユニティの隣に魂が落ちてくる。冴えない一般男性といった風貌ではあるが、その魂は穢れが一切無かった。


「あ、あの……この魂は一体……?今まで見たこともない輝きを放っているような……」



「はぁ!?そんな事をしたらユニティ様ご自身の魂が……!」


「それが特別転生者さ。神自ら理不尽に殺す事によって、その魂に憐れみを持たせる。君の指摘通り、僕も無事では済まないから濫用は出来ないけどね……」


 魂が罪によって穢れるならば、その逆もある。何の謂れもない理不尽な死は魂の強度を高める事が出来るのだ。

 主人公となり得る異世界転生者がトラックに轢かれたりするのはそういうことだ。最も、普通に轢かれたらトラック運転手の人生を壊してしまうため、その限りではないのだが。


「さて、この魂を選定した理由はただ一つ。妹様の世界を構成しているゲームのトッププレイヤーだからだ。これ以上の適役は無いだろう」


 いよいよ来たか、とフィオラは覚悟を決めた。実を言うと先ほどのナイフ舐め舐め男への能力付与だけで非常に疲れている。それが、今度は妹様と同等の能力付与と来た。

 恐らく、今のユニティに能力付与は無理だろう。特別転生者の基礎作成はそれだけ魂を磨耗させる。フィオラからすらもユニティの魂が削られているのが見えるレベルだ。

 ユニティはきっと、どれだけ無茶をしてもフィオラなら能力付与を任せられると思っていたのだろう。買い被りが過ぎると思うが、それでも期待されたのなら応えるのが道理というものだろう。


「では……まずは妹様と同等のレベルまで……!?」


 能力を付与しようとした瞬間、全身が一気に持っていかれる感覚に陥った。それはもう止められる事はなく、力を制御出来ないフィオラはそのまま気を失ってしまった。






「オーーーーイ!死ぬなーーーー!」


「ゴホッ!?痛てえ!痛えよ!何!?」


 目を覚ましたフィオラは心臓マッサージの痛みで飛び起きた。


「よ、良かった〜〜〜!生きてて良かった〜〜〜!」


「こ、ここは……?あの、ユニティ様……胸がメチャクチャ痛いんですけど……」


「ごめんね!多分肋骨が何本かイッてるね!ほら!」


 ユニティが手を翳すとフィオラの胸痛は一瞬にして治る。心臓マッサージは確実に肋骨を折ってしまうが、死んでしまっては意味がないので意識を失っていると判断したら積極的にやろう。

 異性への救急救命をセクハラとか言う奴は命を奪わんとする死神なので耳を貸さない方がいい。救われた方が言うのも論外だ。


「それで……特別転生者はどうなりましたか……?」


「遺憾ながら初期状態レベル1で転生してしまった。その世界の冒険者としてやっていく身体能力も与えられなかったため、妹様の手によって元の身体に蘇生させられてしまった。おかげで僕の神力も戻ったわけだが……」


「ピィーッ、まったく。お前らが『英雄』とのパスを作ったせいで思い出しちゃったじゃないか。せっかく記憶を消してホーム世界でのびのび金稼ぎしていたのによお」


 いきなりフィオラとユニティの間に割って入ってきた鳥頭の不審者。二人は恐怖のあまり後ずさった。


「い、妹様!?」


「あー、皆まで言わんでいいよ。全部知ってるから。最強の転生者を作って私を排除しようとしたんでしょ?何でそういう面白いこと教えてくれなかったんだよ!」


 不審鳥はユニティの背中をバシバシ叩く。叩かれている方は今にも自決しかねない顔をしている。


「……ただ、私を排除しようとしたのにあの世界を選んだのは正解だったし、『英雄』のヤローを送り込んだのもまた正解だった。失敗要因は……ピィーッ、そこのの真価を発揮させられなかったことだね」


「!?」


「わ、私が……祖神様に……!?」


 ユニティに続いてフィオラも顔面蒼白になる。この不審者の言を信じるのは危険だが、口調自体はかなり真面目そうだ。


「私があの世界にいる間に仕留めておくべきだった。いいだろう、あの世界の理に囚われず制限解除した私の実力を見せてやる。どこでも好きな世界を選定するがいいさ!ピィーッピッピッピ!!!」


 言うだけ言って、不審鳥は去っていった。後に残されたのは茫然自失とした二柱の神だけであった。


「ま、まずい……!ナロウとエターナルとゲンファンにビンタされる……!」


「ビンタで済めば良いのですが……しかし、私と祖神様が似ているとは……」


「……あの不審者の言う事を間に受けてはならない。それよりフィオラ、ここからは覚悟しておくれ。きっと上級神どもから無茶振りをされまくるからね」


「まず、ユニティ様が無茶させたじゃないですか……とにかく、今日は安静にさせていただきますので早退します。ユニティ様も無事だと良いのですがね」


「きっと無事じゃないなあ!お互い、幸運を祈ろう!」


 フィオラは肩を怒らせて部屋から退出していった。実際、具合が悪かったのでパチンコも打たずタバコも吸わず家に直行して眠りについた。


 一晩寝てスッキリしたフィオラが出社すると、ユニティが全身打撲で入院したとの知らせが黒髪ロングから入った。理由を問われたフィオラだったが、知らぬ存ぜぬの一点張りであった。





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