白薔薇と彼と僕と俺

月ヶ瀬 千紗

1話

ピーンポーン。

玄関のチャイムがなる。モニターに映っているのは大きな荷物を持った黒髪ショートの女性。

「はぁい」中高音程度の声の少し高い男性がインターフォンに返事をすると、「ちょっと、夏目行ってきなさい」とだるそうにソファーに座っている夏目と呼ばれた高身長の男性に玄関に行くように促す。


「新しい入居者さんのご案内だよー」眠そうに間延びした声で先導する彼の後ろに着いていく黒髪ショートの女性。彼女を夏目はリビングのソファーに座らせた。

「はい、鍵。あと規約」「おう、サンキューフーカ」フーカと呼ばれた先程インターフォンで返答した男性は、ふふっと笑うと夏目の隣に座った。


「あい、これが鍵。あとこれ規約。後で読んでサインしといて、あーあと名前聞いていい?」夏目は非常に適当に入居手続きを進めていく。

「水希シノと申します」書類を受け取った水希は少々不安げに自分の名前を名乗った。インターフォンの声の主が男であったということ、そして管理者である男が酷く適当なことに驚きと不安を感じていたのだ。


「おっけー。あ、俺は夏目コウ。で、こいつが東野フウカ」そして相も変わらずに適当に自己紹介を済ませた夏目。東野はそんな彼の態度に困りながらも「こう見えて夏目は悪い子じゃないの。質問したらちゃんと答えてくれるわよ。夏目はここの管理人で、あたしは副管理人なんだけど、なんか用があったらいつでも声掛けなさい」と優しく水希に声をかけた。


「んじゃ、部屋行くか。フーカ、荷物もってやれ」水希は軽く東野に会釈をして、荷物を持ってもらうことにした。東野は見た目だけでは女のように見えるが、実は体を鍛えており、体力には自信があるのだ。

3人で2階へと登って行く。階段から3番目の扉の前で立ち止まると、部屋のドアを開ける。


「さっきの鍵はここの部屋の鍵。無くすなよ」

夏目は無愛想にそう告げると東野に部屋の隅に荷物を持たせ、今度は隣の部屋の住人について説明を始めた。

まず左の部屋。夏目はドアをノックし、夏目たちはしばらく部屋の前で待ったが誰も出てくる気配は無い。

夏目がドアノブに手をかけると、ドアノブが動いた。鍵が開いているようだ。


「新入り来てるぞ、藤咲」

ドアを閉めてベッドの方へそう声をかける。布団がモゾモゾと動く。夏目はベッドの方へ歩いていくと横に置いてある椅子に座り、はみ出ている手を握った。

「せめて挨拶ぐらいは、出てこいよ藤咲」「やだ」

床は散らかっていて、何かの書類やどこかの診察券、ティッシュやカッターナイフ、包帯やガーゼなど様々なものが散らかっている。

「また切った?」

薄暗い部屋の中、手首なんてはっきりは見えない。ただ藤咲特有の傷跡の触り心地を指先で敏感に感じた。



「夏目さん遅いですね……」そんな最中廊下で水希は夏目を心配していた。東野はその様子を見て、水希に「あー、隣の部屋に藤咲くんっていう男の子が住んでるんだけど、ちょっと色々あってお部屋に篭もりがちなのよ。夜のパーティーの時は出てきてくれたらいいけど……ま、その時挨拶しましょうか。あなたはお部屋に戻りなさい。もう片方のお隣はあたしだから。よろしく」と告げると、水希が部屋に戻るのを見届けた。

水希が部屋に戻ると不安そうな顔をして藤咲の部屋のドアをじっと見ていた。「あたしが出る幕じゃないわね」と呟くと部屋の前から立ち去ろうとした。



「ごめん、なさい……」藤咲は夏目に握られた手をブルブルと震わせながら、小さな声でぼそっと言った。夏目はその声を聞いて「怒ってないよ、怒ってない」と何度も彼の手首を撫でながら小さな声で告げた。するとだんだんと手の震えが収まり、藤咲は布団の中から顔をひょこっと出した。その顔には涙の跡と微量の血液が付着していた。


「藤咲、今日の夜は新しい入居者さんのウェルカムパーティーがあるんだ。無理にとは言わない。少しでも来てくれたら嬉しい。」藤咲は口では何も言わなかったが夏目の言葉に対して浅くコクっと頷き、少し微笑んだ。

「じゃ、俺は部屋出るから、無理せずにな」夏目はそう言い残して部屋から出ていった。



「どうしたんすか?」藤咲の部屋のドアの前から立ち去ろうとしていた東野を宮野が呼び止める。東野はハッとして振り向き、宮野の方をじっと見つめて、どう答えるべきか考える。

「何も無いわよ。さっきまで新入りさんの案内をしていたところなの。あなたも自己紹介あとでしに行きなさい」と先程までの出来事を適当に誤魔化した。宮野は納得したようで、「そうですね。後で夕食の時にでも」と言い残すと自分の部屋へと戻って行った。


丁度宮野が部屋に戻った時、夏目が藤咲の部屋から姿を現した。「どうだった?彼は」その問いに対して困った顔で首を横に振る夏目。「東野、俺の部屋で話そうか」そう告げると、2人は足早に夏目の部屋に向かった。



「今日はダメそうだった。部屋も、お前に頼んで整頓手伝ってもらったのに、散らかってた。手は、この通りだ」左手に付着した藤咲の乾いた血液を東野に見せた。東野は小さなため息をついて、夏目にウェットティッシュを渡した。

「後であいつの手当手伝いに行ってやってくれ。多分そうでもしてやらねぇとあいつは……」「夜のパーティーすら出てこない、でしょ?」東野の言葉に夏目はこくりと頷き「頼んだ」と言い残して椅子から立ち上がった。

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