君のところへ

@ichiri3168

僕は、ただ君に

「結婚してください」

僕の死に際に聞こえた最後の声だった。




描いた夢は叶わないことが多い。それは大きい夢でも小さな夢でも同じことが言えるだろう。

僕の夢は大富豪になることでも、国民的大スターになることでもない。 

ただ幸せな家庭をを築きたかった。あの人にもっと生きていてほしかった。



何もかもが失われたあの日からおそらく1度も笑顔を見せていない。

仕事の帰りに見かける、幸せそうに買い物に行く家庭や子供が両親に手を引かれて

歩く姿を見るたびに羨んではそんな自分が嫌になっていた。



家に戻っても彼女が住んでいたであろう家具や彼女の備品は揃ってあるもの

彼女がこの家に返ってくることは2度とない。

このまま寝てしまうのも怖く、帰ってこないあの人を何時間も待ち続けるがやってくるのはぼんやりとした朝に浅い眠りの際に起きる頭痛だけだ。



あいつを殺してやりたい。こんなふうになってしまったのは今から3ヶ月ほど前の

話だった。



彼女の就職先が決まった。生命保険会社に務め、電話越しの対応を主とする仕事らしい。仕事場の彼女の上司に何度かあったがそれはそれは優しい方だった。

しかし日に日に彼女の帰りは遅くなりとうとう帰って来ない日も増えてきた。

流石におかしいと思い

「仕事大変でしょ?少し出かけてリフレッシュしようか」僕が声をかけると

「いかない」

ただそれだけだった。

きつそうに出勤する彼女を僕はとても心配した。

そして我慢できずに彼女の上司に連絡した。

「最近、彼女の帰りが遅いんです。あのー何も知らない私が言うのもなんですけど

そんなに仕事が追い込んでいるのでしょうか?」おそるおそる尋ねると

「大崎さんは仕事熱心ですからねー」と言い残し通話を切られた。

僕は怒りを覚えた。こいつは今、会社に居ない。遊んでる。というのも、こいつの周りのガヤガヤとした声、これは会社じゃない。

昼休憩を見計らい僕は彼女に電話をかけた。

「上司の人に代わってくれない?」

彼女に尋ねると

「今日、来てないんだよね」

当たり前だ。クラブみたいなガヤガヤとした場所にいるんだから。

「そうなんだ、急にごめんな。帰りは何時くらいになりそう?咲が好きなプリン買って待ってるからな」そういって電話を切った。

しかし、この夜以降彼女と連絡がつくことはなかった。 



       自殺だった。


原因はやはり上司によるパワハラだった。

自分の仕事を押し付け、脅し、勤務外にも

働かせた。新人を理由になんでも押し付けたこいつは苦しむこともなくのうのうと生きている。

こいつを殺してやりたい。そう思ったのは

このときから始まった。




なんのやる気もでらずダラダラとテレビを眺めていた。もう生きるのをやめたい。

(そうだ、もう殺してしまおう)

そう思いついてからの行動は早かった。

僕は1日かけてその会社に張り込みそいつが

出てくるのを待った。

3時間後、日が沈み始めたころそいつはでてきた。僕は、見つからないようにそいつの背後に

近づき、後頭部をめがけて金づちを振った。

案外、早く気を失い騒ぎを立てることなくそいつを抱きかかえて車に乗せた。

こいつは簡単に殺すわけにはいかない。できるだけ苦しませてから殺す。このとき僕は理性をなくしてただただ復讐以外見えていなかった。

 



家にそいつを運ぶとまず紐で縛りつけそいつが目を覚ますまで待った。いっときするとそいつは

声をあげた。

「なんだ、これは!」

「君は、何をしたか分かっているのかな?」

「知らない、なにかに追い込まれてたんじゃないのか」

「なにかってなんだよ、お前のせいだろ」

続けて「最後に言い残すことは?」

「ほんとに、すまなかった。だから…許して」

僕はその言葉をきいてフッと吹き出し、刃物を

振りかざした。

そこから先はあまり覚えていない。

気付いたときには、部屋は血だらけの状態で

そいつは顔がだれか分からないくらい傷だらけになっており、すでに死んでいた。

それから数日後僕は殺人犯として逮捕され、

死刑が宣告された。





それから僕は、狭い牢獄の中で孤独と戦いながら生きていた。

できることなら、早く死刑が執行されて消えてしまいたかった。

その時、

「番号303番!こちらへ」

やっとこのときがきたか・・・

しかし、連れて行かれたところは処刑場ではなく、ある1室だった。

そこには机が一つおいてあり、その上には3つに折られた紙が置かれていた。

それを開くと、




            こうたくんへ


それは死んだはずの咲からの手紙だった。いや、正式に言えば彼女が残した遺書だった。



       




   こうたくんへ

   こんなかたちでほんとにごめんね

   せっかく就職が決まったから誰にも相談できなかったの

   ほんとに辛かったよ

   こうたくんだけ残しちゃってほんとに最低な彼女だよね

   それでもこうたくんと一緒にいる時間は他の何よりも幸せだったよ

   私が言うのもなんだけどこうたくんは長生きしてよ

   今までありがとう、さようなら。大好きだよ

                          咲より




気づくと涙が止まらずその場にしゃがみこんだ。

「さあ、時間だ。行くぞ」

「行くって、どこにですか」

「今日お前の執行日だ」

・・・長生きしてね

とっさにこの言葉が浮かんだ。

結局僕は何もできずに君のところへ行くよ。

  


1歩1歩歩くたびに心拍数が上がってきている。

部屋に入るとそこは温度が低く感じ鳥肌が立ってしまうほどだった。

台に登り紐を首にくくりつけ、上から袋を被せられた。


「最後に言い残すことは?」

 

ああ、あいつはこんな気持だったのか・・・

 

「ただ、君にあいたい。愛してる」

  


ドアが閉まる音がして、本当に最後だ。

彼女との思い出がフラッシュバックする。走馬灯だ。

  



「結婚してください」

僕の死に際に聞こえた最後の声だった。


「いいよ」小さく答えると自分が立っていたはずの床がなくなった。

その瞬間真っ白な世界とともに僕は永遠の眠りについた。

















誰か人が立っている。女の人だ。・・・咲だ。

「もーこっちにきちゃったのー?早すぎるよ」

「ごめんな、こんな彼氏で」

二人は手を繋ぎ、光のある方へと歩き出した。

  









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