食堂での衝突
食堂は常時開放されている。理由は二つある。
一つは、妖魔の生態は不明なところも多いが、襲撃は昼夜問わず行われる事から、夜間の作戦も考慮に入れている為。
もう一つの理由は、種族によって夜行性のアビト族もいる為だ。
食堂で提供される料理の味は決して良いとは言えず、無難な味付けにまとまっている。
それもそのはずで、草食、肉食、雑食が入り乱れた上に、文化圏による味付けの違いもあるのだ。誰もが満足のいく結果は諦められたらしい。
アビト族は種族により草食、肉食の傾向はあるが、草食系のアビト族が肉食できないわけでも、肉食系のアビト族が草食をできないわけでもない。
正確には、肉食は植物を、草食は肉を、体内で消化吸収する事が出来ないため、魔力のみ抽出して消化できないものは吐き出す事になる。
「ガトレ様は何を食べるんです? 軍人にとって食事に重要なのは、魔力補給効率が高い料理かと思いますけど」
一方でヒト族は魔力以外の補給が不可能な為、食べた物は全て吐き出す事になる。そして、アビト族では必要となる排泄が不要だ。
「そうだな……」
迷うフリをしながら、ガトレは食堂を見回す。
食堂は無人ではなく、食堂を運営する
まだ慣れてはいないものの、ガトレはこの状況がしばらく続くものと考えて無視を決め込むことにした。
「流体固形食だ。私はあれ以外の料理を多量に取れない」
流体固形食とは、魔力を宿した植物の粉末を水魔法で長方形状に固めた、柔らかい食感の固形食である。ガトレはヒト族以外が食べているところを見た事がない。
「魔力効率はそこまで良くありませんね。私は
ナウアの視線を追うと、その先にいたのはガトレに見覚えのある小隊の面々であった。
一つの小隊に七名の小隊兵と一名の小隊長。食事を摂っているのは七名で、小隊長が不在のようだった。
「さっきも言ったが、私に食べ切れる量じゃない。変換効率が高くとも、食事の時間効率が悪いんだ」
「ガトレ様は健啖家ではないと。私もそうですね。背は高めですが体積は並です。体格が比較的大きい虎人には魔力総量も敵わないでしょう。当然、英雄にも」
ナウアは抑揚のない声でそう述べた。
どうやら、聞こえていないフリをしていたらしい虎人が耳をひくつかせる。
「そこの医圏管師よ。隣にいるのは英雄殺しの様だが、だからソイツは英雄は殺していないと言いたいのか?」
虎人が挑発的な表情でナウアに問う。
虎人の身体は大きく、背もガトレ達より高い。黄色と黒の縞模様が、細かに波打っている。
ガトレはナウアを庇おうと前へ出ようとするが、それより先にナウアの腕が、ガトレの前に伸びてきた。
「陰で噂話をされているのが不快なんですよ。堂々と真正面からぶつかればいいのに。ですが、あなたと真正面からぶつかったなら、きっとガトレ様は負けるでしょうね。そして、小隊兵一人にすら勝てない者に、英雄を殺せる道理もありません」
ガトレは自身が貶されつつも擁護されている事に感謝した。併せて、英雄に対する魔力不利という点が、ナウアがガトレに味方するに十分な根拠なのだと理解する。
「どんな道理を並べ立てたところで、上官の命令と思想に従う事は絶対である。そのヒト族が被告人として裁判が行われたのが事実である以上、最も怪しい者である事に違いはない」
「ですが……罪が確定したわけではありません」
ガトレは横に立つナウアの表情が、束の間ではあるが曇った事に気づいた。
まだ俺に対する不信が拭いきれていないのだろうか。ナウアの表情をガトレはそう解釈した。
「だからこそ、ガトレ様は英雄殺しの調査を行っています。各門頭の理解を得た上での事です。私自身、サジ=レイカン衛生門頭の指示で助手をしています。おわかりになりましたか?」
一方で、ガトレは自身を庇うナウアの行動自体に疑問を覚える。
助手としての行動の一つなのかもしれないが、この行為が直接、調査の進行に影響を与えはしないだろう。
「……上官の命令と思想に従う事は絶対である。失礼した。態度と言葉を控えよう。……英雄殺しが確定するまではな」
虎人はフッと笑うと視線を切り、食事を再開し始める。ナウアはまだ思うところがある様だったが、ガトレはナウアの肘を引っ張り、その場を離れる事にした。
「……イラつきますね。ガトレ様には同情しますよ。冤罪で全ての軍従属者からあんな態度を取られるなんて」
ガトレが食事を受け取り、机に戻った途端、待機していたナウアが愚痴を吐く。
「全てではないじゃないか。私は助手が味方で嬉しいよ。ああいった態度は、無視して耐える事を覚悟していたからな」
「そうですか。……なら、私も自重しましょう。当事者ですらないですし。どうぞ、食事を楽しんでください」
「楽しめる味なら良かったんだがな」
植物が原料である以上、流体固形食は苦味を多分に占めている。軍の大きな作戦が上手くいった時などは、糖が混ぜ込まれマシになる事もあるが。
「まあ、話し相手がいてくれるだけで気が紛れるよ」
「一人くらいは味方になりましょう。助手ですから」
ナウアのあくまでも事務的な態度を貫くところに、ガトレはだんだん愛着が湧いてきた。裏表の差が小さく、付き合いやすい相手だと感じ、笑みを浮かべる。
そこへ、駆け足の音を立てて近づいてくる者がいた。
「ガートー! 元気だーたー?」
「ああ、アラクモじゃないか」
掛けられたのは落ち着きのない陽気な声。
机を挟んでガトレの向かい側に立つのは、ガトレの胸より下くらいまでしか背丈のないアビト族であった。
特徴的なのは、動物的な見た目ではなく、後ろまで透けて見える赤い宝石で形作られた右腕を持っていること。この世界ではいわゆる、鉱人と呼ばれる存在であった。
「ナウア。どうやら俺の味方は他にもいたらしい。感謝しなければな!」
機嫌を良くしたガトレは流体固形食を一つ、噛まずに飲み込んでしまう。
「ぐっ!」
そのまま喉を詰まらせたガトレの口内に、ナウアは躊躇なく手を突っ込んで、流体固形食を無理やり押し込むのだった。
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