否定:英雄被弾

「自分が『救国の英雄』ソーラ殿を撃ち殺す事は、不可能だったと言えるでしょう! サジ=レイカン衛生門頭が疑問を覚えるのも当然の事です!」


サジは、ソーラをどのように殺したのかが気になっていると言った。その発言からガトレは一つの情報を得られた。


「皆様もご存知の通り、『救国の英雄』ソーラ殿は膨大な魔力を持っております。自分の様な一兵卒とは格が違うのです!」


それはガトレが実際にその目で見た姿であり、実感した事であり、情報として多くの者が納得できる発言であった。


「つまり、自分にはソーラ殿を撃ち抜ける程の魔弾を射出する事は不可能です!」


その発言は、この世界における魔力の常識に基づいたものであった。


「ぐゎらば! ヒト族は俺ら虎人族よりも肉体が脆弱だが、確かにソーラは特別だった! 保有した膨大な魔力が、鎧の役目を果たしていたからな!」


この世界に生きるヒト族やアビト族は、皆が魔力を保有している。そして、魔力が枯渇していない限り、その身は常に魔力に覆われている。たとえ、眠っている時でさえも。


「そうじゃ。魔力と術式は一人一人が固有のものを有する。その為に異なる魔力同士が衝突すれば、出力が強い方が残り、弱い方は霧散する」


故に、英雄は貴重な戦力でありながら、常に前線へと赴いていた。そしてそれを、統括部が良しとしていたのだ。


「是、サジ=レイカン衛生門頭が仰せの通り、自分の魔力では英雄殺しが敵わなかった。状況からそう判断を願う次第であります!」


サジの発言から、英雄の殺害方法が判明していないと察する事ができたのは、ガトレ自身、不思議に思っていたからだった。


ガトレは英雄が妖魔の戦力を削ぐ際の様に、精緻な術式を使用し膨大な魔力を注いだ大魔術を用いたわけではない。


使用したのは魔力をそのまま撃ち出す魔道銃であり、全ての兵士に配給されている基本武器だ。


「ピューアリア! お前が作った魔道具なのだから、何かわからないのだふ! それとも、また作ったモノは忘れたと言うか!?」

「うるさいニー。事件後にちゃんと調べたけーど、魔道銃グロリアリアには、なーにも変な改造はされてなかったニー」

「つまりお前は、英雄すらも殺せるような魔道具を作ってしまったという事だふ!」

「馬鹿な事を言うニー。元素術式すらニーから、そのまま使えば魔力を固定して放出するだーけ。一兵士が英雄を撃ち殺せる訳ないっていうのは、正当な判断だニー」


味方にするのを最初に諦めたピューアリアから援護を受け、ガトレは己の浅慮さを戒める。


この場では、誰が味方になっても心強いのだ。一見した人柄のみで頼りにならないと判断したのは、あまりにも愚かであった。


しかし、ここでピューアリアに擦り寄ってしまえば、どの様な印象を持たれるかはわからない。

ガトレはそう考え、法廷の動きを待つ事にした。


「ぐゎらばぐゎらば! であれば答えは俺でもわかるほどに単純よ! 被告人は英雄にも勝る膨大な魔力を有している。そういう事だろう!」

「コゲツ卿。登用試験の結果によれば、被告人の魔力は低くはないが並以下。英雄には遠く及ばない。英雄に劣らなければ、まだ選べる道もあったが残念な事」

「試験で手を抜いたんじゃないのか! どれ、俺が殺す気で魔力をぶち当てて、本気を出させてやろうか!」

「コゲツ門頭! さっき話した通り柵があるだふ! 千体殺しのコゲツと言えど、身を乗り出すのは辞めるだふ!」


戦闘門の門頭というだけあって、コゲツの魔力保有量は多く、戦闘力も高い。ガトレにはコゲツについて伝え聞いている知識があった。


いわく、妖魔が虎人族の領地に現れた時、三日三晩駆け回り、領地内の妖魔を討伐しきった。

それを成したのは大規模魔術によるものではなく、膨大な魔力を込めた肉体強化術式と、己の爪と牙による成果であったと。


「そんな事をする必要はなかろうて。魔力欠乏を起こすところまで魔力を使えば、身体は眠りに落ちるじゃろう」


魔力欠乏。それは、ヒト族の構成においておよそ7割を占める魔力が、5割になるまで失われる事で発生する症状である。


「ぐゎらば! サジ老の言う通りであったな! 俺は被告人に限界まで魔力を使用するよう求めるぞ!」

「ついでに言うとじゃ、被告人には訓練中、魔力欠乏を起こした記録があったわ。もちろん、英雄にはそんな記録が一度もない」


ヒト族の身体を構成する7割が魔力。これはヒト族で共通である為、通常、身体の質量が大きい程に、魔力も多く保有する事になる。


だが、それとは別の素養により、個々人が持ち得る魔力総量は異なる。英雄は特別、その要素が強かったというだけだ。


「なんと! そこまで事前に確認しておったのか! サジ老は食えん奴だ! ぐゎらば!」

「ほっほっほ。骨と筋ばかりの肉体じゃ。そりゃあ食えんじゃろう」


今のところ、サジはガトレにとって最も頼もしい存在となっていた。

懸念点や考えられる可能性は事前に潰してあり、真実へ辿り着こうという意志が感じられる。


そして、ガトレと同じヒト族でもある。

最も味方にしやすく、敵対を避けなければならない相手だろうと、ガトレはそう判断した。


「コンココン。ですが実際、英雄は死んだ。魔弾で殺したのではないのでしょう」


英雄は魔弾では死ななかった?

ガトレはそこに、英雄を殺した本当の手段を見出せる様な気がした。


確かに、自身の魔弾は英雄を撃ち抜いた様に見えた。だが、それが致命傷ではなかったのだとしたら。死因ではないのだとしたら!


「アミヤ卿! 恐れながら、仮説を申し上げます」

「ほう。それが信に足る説であるならば良き事。発言を許可する」


ガトレは活路を見つけ出すと同時に、追い込まれた様な気もしていた。

これから話すつもりの仮説は、自身を救うと共に、窮地に陥らせる可能性もあるものだからだ。


だが、このまま死刑になる未来を変えられないくらいなら、と、ガトレは眼前のアミヤを真っ直ぐに見据えた。


「感謝致します。自分がこれから申し上げる仮説は、自分が英雄殺しではない事を示すものです」


緊張を隠すのと、仮説に対する意志の揺らぎを見透かされない様に、ガトレは魔力循環器がある左胸に手を当て、体内の魔力の流れを素早く整える。


体中を魔力が駆け巡り、体温が上昇する。身体の節々が解れ、少なくとも身体面には、確信のない余裕が出てきた。


これなら、行ける。

ガトレはそう確信し、開口した。


「結論から申し上げます」

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