思惑渦巻く法廷
「まず、自分は妖魔に向けて魔弾を撃ちました。その射線上にソーラ殿が飛び込んで来たのです。自分にはソーラ殿を殺傷する意図はありませんでした」
「ぐゎらば! ぐゎらば! 味方の射線を横切る兵士がどこにいる! お前は俺が指揮する戦闘門でそのような教育を受けたか!?」
厳粛な法廷に似合わない豪快な笑い声を上げたのは、黄色と黒の縞が入った2mはあろうかという巨躯を持った虎人族。戦闘門の門頭、コゲツ=アンダルであった。
戦闘門の陸圏管に所属する軍人ならば、コゲツはどのような指示であっても従わねばならない上官である。
だが、ガトレは大人しく死刑を受け入れよと命じられたならば、その命令には反する気でいた。
「否、自分は受けておりません。コゲツ=アンダル戦闘門頭の教育に不行き届きはございません」
「ぐゎらば! ぐゎらば! 小隊兵にまで行き届いていたのなら、英雄がその程度の基本も守れぬ筈がなかろうが!」
「恐れ多くも否、実際にソーラ殿はその様に動いたのです」
ガトレとしては自身が見た光景をそのまま説明するしかない。
英雄を撃ち抜いた後、ガトレは他の小隊兵に拘束され、そのまま今日までの三日間、窓がない牢の中から出られずにいたのだ。
「自分はソーラ殿が死んだという事すらも、この法廷に来て初めて知りました」
牢の中にいる間、最低限の食事を与えられる以外の事は何もなかった。
拷問も尋問も行われず、その後の情報すら得られてはいない。
許されたのは、英雄を撃ち抜く直前の光景を思い返す事と、なぜ英雄はあのような事をしたのかを考える事、それだけだった。
「コゲツ卿。卿の教育に不備はなかったと被告人が認めた。これは良き事」
「ぐゎらば! アミヤよ。然りだ! つまりこれは、戦闘門に責任があったとは言えぬな!」
「はぁーあ。見え透いたお話ですの。ココンコン。万が一の責任追及を潰すなんて、虎人族は肝が小さいですのね」
コゲツを煽る様に発言したのは、黒い艶やかな毛並みを大きく露出させた、狐人のコクコ=リン。連合軍の財政を担う会計門の門頭だ。
コクコから出た鈴の鳴るような声が、コゲツとアミヤのやり取りに含まれた意図をガトレに気づかせる。
先ほど開廷の際、アミヤは英雄の偉大さと損失の大きさを語った。
このままガトレの主張が受け入れられず死刑となった場合、一兵卒の死では、同じ一人のヒトであるにも関わらず、英雄の死とは釣り合わない可能性があるのだ。
すると、その責任を、金銭か権力かその他の何らかに形を変えて、どこかに求めようという意図が働く。コゲツは、その所在が戦闘門にない事を明らかにしようとしたのだ。
「俺を侮るなよ狐めが。英雄を損失させた責任を戦闘門に押し付けて、補給を絞るのが目に見えてるわ」
「ココンコン。おかしな事を言いますの。英雄で事足りるから補給を渋るならまだしも、英雄が消えて補給を渋るなんて正気じゃないですの」
「ぐぅぅ!」
コゲツは言い負かされたようで、唸り声を上げながらも閉口した。その様子を見たアミヤの目が、ほくそ笑む様に歪んだのを、ガトレは見逃さなかった。
一方、コゲツを言い負かした狐人は、勝ち誇る様でもなく、ただ肩を竦めるのみだった。
「くだらないお話は終わりですの。ココンコン。被告人の語った状況は、英雄が取った行動とは思えないですの。信憑性が無いものとして扱うのが良いですの」
「否、コクコ=リン会計門頭! 信じられないかもしれませんが、事実なのです!」
「語るより示すが良いですの。根拠なき発言に理はないですの」
「示す……」
コクコの言う通りだとガトレも理解はしていたが、今のガトレは身一つでこの場に立っている。
根拠となる様なものは何も持っていないのだ。
つまり、自身の潔白を証明する事が出来ない。もしも、この状況自体が作られたものであるのなら、自分の死刑は予定調和であるのだと、ガトレはこの段階になって悟った。
「コクコ卿。それは酷だと言えるじゃろうて。この小隊兵は戦闘中に拘束され、その後は一切の情報を与えられなかったのじゃろう?」
絶望的な状況に一隻の助け舟が出されたかの様に思え、ガトレは思わず発言者を見上げた。
「おおっほ。怖い怖い。急にそんな見上げんでくれ」
柔和な笑みを浮かべる好好爺。ガトレと同じヒト族であり、負傷兵の治療などを領分とする衛生門の門頭、サジ=レイカンがそこにいた。
「サジ老よ! 英雄が殺されたというのに、反逆者を庇い立てるつもりか!? 同じ種族のよしみから来る憐れみだろうが、俺は決して許せぬぞ!」
「コゲツ卿、そう熱くなるな。庇い立ても何も、ワシはこの小隊兵が殺したというのが気になるもんでの」
「サジ卿、私が貴公に望むのは、端的な発言である事」
自身を置いて飛び交う話に、拾えるものはないものかと、ガトレは必死に耳を傾ける。
これだけ不利な状況で、一度に全員を説得するのは不可能だ。まずは味方を増やさなければならない。その為に、余計な発言は挟まない。
「この小隊兵はどのようにして英雄を殺したのか、ワシが気になるのはその一点のみじゃよ」
サジはハリを失った細い人差し指を一本立てると、楽しそうに左右に振った。
「ふむ。サジ卿。私からも一点通告すると、そのワシという一人称は、私の顔と同じ鳥類が冠す名と同一であり、甚だ遺憾である事」
「ソイツはここで言う事じゃなかろうて。それに、格好がつく良い一人称じゃろう?」
「そう言われては無碍にも出来ぬ事。私が願うはこれからも益々使い込まれる事」
「老い先短いヒト族に無茶を言うもんじゃのう」
耳を傾けた事に後悔しそうになるガトレが反応を耐えていると、また別の声が上がった。
「戯れはそこまでにして頂こう! ここは社交場では無いのだふ! 我々が望むのはこの裁判の結末だふ!」
「エインダッハが言う通りニー。アリアはどうでもいいから早く終わってほしいのニー」
「ピューアリア! どうでも良いとはなんだふ! これだから発明中毒者は!」
吠える様な低い声と気怠そうな高い声。終わりを望むのは同じだが、その性質は異なる方向に伸びていた。
エインダッハと呼ばれたのは、ドーベルマン型の顔をした犬人族の雄である。身体はガッシリとしているが、肉はつき過ぎておらず細くしなやかであり、堅苦しい表情を浮かべていた。
「アリアが発明中毒なのは認めるニー。この場に相応しくないなら帰ってもだーれも怒らないかニー」
一方でピューアリアと呼ばれた気怠げな声を返す者は、中肉中背で顔には横に跳ねた3本の髭。黒猫の顔をした猫人であった。
「ピューアリア卿。もう少しお待ち頂きたい。究謀門の頭脳をこの場に留めることは申し訳なく思う事」
「わかったニー。終わるまで目を瞑って集中するニー」
その集中というのはどちらに向けてなのか、とガトレが思っている間に、ピューアリアが前方の柵に向かって脚を投げ出す。
「ニー!!」
途端にピューアリアは悲鳴を上げる。
足先に電撃が走り、投げ出した足は悲鳴と並ぶくらいに高く吊り上がった。
「ダッハッハ! 何をしてるんだふ! それはお前が作ったものだふ!」
「うるさいニ! 一度作ったモノは忘れてもいいニ!」
究謀門の頭脳と呼ばれ、門頭を務めるピューアリアの姿に、ガトレは内心で溜息を吐いた。
魔弾を放つ為の魔道銃を始め、数々の魔道具や戦術を発明してきた天才猫人。
これが……か。
ピューアリアは本人も意図していないところで、この場にいる誰よりも早く、ガトレが味方に引き込む事を諦めた者となった。
「皆様には周知済みですが改めてお伝えしだふ! 証言台と傍聴席の間にある柵は、感応結界術式が刻まれているだふ! 身を乗り出せば電撃魔術が発動し、魔術を撃ち込めばその身に返ってくるので気をつけるだふ!」
法廷内に注意喚起を行うエインダッハは、異言語の通訳や連合軍内外への広報などを担う、交報門の門頭である。
「アリアの作ったモノを、まるで自分事の様に話すニー。アリアが発明中毒なら、エインダッハは発明泥棒だニー」
「ピューアリア! 貴様! 吾輩を愚弄するか!」
「エインダッハ卿。私から願うは静粛である事」
「失敬! 会議を進めて頂こう!」
鳥人のアミヤ=パルト、虎人のコゲツ=アンダル、狐人のコクコ=リン、ヒト族のサジ=レイカン、犬人のエインダッハ、猫人のピューアリア。
この六名が、ガトレが所属する連合軍の軍部トップである。つまり、軍内における有力者なのだ。
ここまでの諍いも含めたやり取りにおいて、この六名を除いて何者からも発言がない状況から、ガトレは一部の者が門頭である事に信じがたさを抱きつつも、信じるしか無い事を理解する。
この中の誰かを味方につけられれば、状況は好転する可能性がある。最低限、死刑を免れる可能性が。
生き汚いと罵られる覚悟はある。
ガトレにはそれでも、自分の身を立てなければならない理由があった。
「では、再び私の進行にて進める事とする。先ほど、サジ卿は被告人がどの様にして英雄を殺したのかと問うた」
「うむ。違いないわ」
「被告人。貴公は英雄を殺していないと言う。であれば、英雄を殺せなかった理由を挙げてみせよ」
とうとう、自身の発言が求められた。
ならば発言せざるを得ない。
ガトレは両手を強く握り、唇を強くすぼめた。
未だ、好機と効果的な方針は見抜けていないが、話す中で模索していくしかない。
手を開き、敬礼。明朗に声を上げる。
「恐れながら申し上げます!」
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